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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第6章 騎士団 坑道調査編
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 魔力の多い場所から、多い場所へ。

 もうこれで何度目かの移動だ。

 心が折れなければいいが、とジェラルドを見やる。幸運にも、彼は諦めた表情はしていない。まだ、大丈夫だ。

 道すがら、彼はぽつりぽつりと零し始めた。


「俺は、フィーがいなかったら、何度死んでいるかわからない」


 独白か、告白か。上手くいかなかった場合に備えているようにも思える。この地に、誰かの中に、自分たち(・・)のことを刻むような行為。


「最初に会った時も、俺は死に掛けていた」

「それはなんとも、穏やかではない出会いだな」


 ルドヴィーコが眉尻を下げる。それをいうなら、ラウラだって“穏やかではない出会い”だ。確かにラウラはあの時、死に掛けていた。危なかった。しかしそれは黙っておこう。ラウラにとっては少々恥ずかしい記憶だ。暴れ過ぎて死に掛けた、なんて。

 悟られぬようにと真面目な顔を作ったラウラとは違い、ジェラルドの表情は──恐ろしい程に淡々としており、なんの感情も浮かんでいない。


「今では、もう存在しない村だ。魔獣の群れによって、食い荒らされた。閉鎖的な村で、外界との連絡手段も無くて、助けも来ず。一気に、ひっそりと、焼けてなくなった」


 魔界では起こっても仕方ないことであるが、人間にとってはそうそう無いことなのではないか。あまりに無感情に語るジェラルドに対して、首を捻る。どうとも思っていないのか。


「俺も食われて、死ぬ直前だった。生きても地獄だ。そのまま死んだって構わなかったのに、あいつは俺を助けた。別に使命感があった訳じゃない。ただ可哀想で、痛そうで、同情したから助けた」

「恨んでいるのか?」

 まるでそのように聞こえ、ラウラは思わず訊ねた。ジェラルドは、戸惑ったように眉を寄せた。

「……そう、かもしれない」

「でも助けるのか」

「ああ」

 その返答だけは、迷いが無かった。


「フィーが初めて俺を助けた時、あいつは俺と同じくらいの大きさだった。俺が生き続けるにつれて、フィーは小さくなっていった」

 ──だからこれは正義感でも同情でも、まして愛情でもなく、ただの義務だ。

 言い聞かせるような言葉に、本当にそれだけか、と意地悪な質問を投げかけたくなったが、止めておいた。

 人間の心というのが複雑であることを、流石のラウラもここ数年で学んできていた。



「……ここも駄目だな」



 落胆が見え隠れする。それもそのはずだ。

「次が最後だ!」

 アドルフォが弾んだ声で告げる。頭の中は肉でいっぱいなのだろう。


「……もし」ルドヴィーコが言い難そうに口を開く「もし次の場所でも、合わなければ」

「諦める」

 きっぱりとした宣言だった。

「……他は、もう探した。自分で入れるところは、全て。それで駄目だったから騎士団に入った。別の場所に行こうにも距離が離れ過ぎてる。着くまでの間、フィーは持たないだろう」

 諦めざるを得ないのだ。諦めたくて諦める訳では無い。どれほど望んでも、どうにもならない時がある。


 ──しかし。


 その反面、ジェラルドは、まだなお諦めた顔はしていなかった。本当に、本当の“駄目”が訪れるまで、彼は諦めないと決めているようだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 最後の場所は、特に魔力の濃度が濃い場所だ。その分当然、魔獣も数を増し、力も強くなる。つまり危険度が高まる。だからこそ後に回したのだ。

 魔獣を斬り捨てながら、ハッと息を吐く。

 ここに来て、疲れが出て来ている。空気中の魔力を吸収しながら、再び身体を動かす。ルドヴィーコも、重苦しい魔力を前に顔を顰めている。頭痛でもするのか、たまに左右に軽く振っている。


「近寄るのも一苦労、ですね」

 セルジュが敵を薙ぎ倒しながら、額の汗を拭う。目的地は程なく見える距離にあるはずだが、うじゃうじゃと現れる魔獣の所為でなかなか前に進めない。うざったい。

 積み重なっていく死骸が邪魔で、身動きも取り難い。

「いっそ丸呑みにしてしまいましょうか」

「腹下すぞ」

 魔界人の本能が垣間見えた発言に反論しながらも、内心で同じことを考える。

 斬った先から、敵が出てくる。せっかく開けた道も、すぐに塞がってしまう。これでは埒があかない。


 舌打ちしたルドヴィーコが懐から魔銃を取り出し、二、三発を撃ち込む。魔力が溜まっていたのか。少しスッキリしたようだ。

 軌道上の魔獣が刹那消える。チャンスは今しかない、と左右から迫り来る魔獣の壁から逃れるように走り抜ける。

 最後尾を務めるセルジュのすぐ後ろで、魔獣がぶつかり合う。

 同じように、前方の道も塞がって来ている。

 先頭を走っているアドルフォが、「閃いた!」と叫ぶなり急に人型を取ったかと思うと、真横に跳躍し魔獣を巻き込みながら壁に強烈な拳を叩き込んだ。

 凄まじい轟音と共に、壁の一部が崩壊する。その穴から、道ならぬ道が姿を見せた。モグラの通り道か。


「見てラウラ! 近道!」

「あ……阿呆かお前! 崩れたらどうする!」


 見ろ、知性の薄そうな魔獣すらも、怯えて戸惑っているじゃないか! 両端の魔獣を指差し叫べば、「だってこのままだと前の道も塞がっちゃうしさー」とぶーぶー文句を言う。


「ごたごた揉めてる暇は無いぞ」

 冷静なのか無謀なのか、ジェラルドは言うなり我先に空いた穴に我が身を放り込んだ。

「あ、待てよー」

 これ幸いとアドルフォが後に続く。

 唸り声を上げるラウラの頭を、ぽんとルドヴィーコが叩く。行くぞ、と言われているようだ。気を取り直し、足を動かす。



 ──魔獣が追って来ないことが、少々不気味だった。

 その答えを知る機会は、意外と早く訪れた。



 それまでの坑道とは全く違う、広い空間。まるで円形闘技場を彷彿とさせる。

 ラウラたちが辿り着いた出入り口とはちょうど反対方向に、重厚な扉がある。どうもここはこれまでの粗野な印象のある坑道とは違う。


「あの扉の奥だ!」

 アドルフォが扉を指差し、にかりと笑う。

「しかし、いかにも何か出そうだな」

 ルドヴィーコの正直な発言に、確かにな、と頷く。


 一歩、二歩、三歩、……。迷い無く進み、中央まで歩く。

「ああ、ラウラ様、やっぱり来ますね」

 まるで調子を崩さないセルジュの声と共に、四方を囲むように人型魔獣が出現した。見るからに凶悪だ。道理で、小さな魔獣は追って来ないはずだ。


「おー、なんか不気味なヤツ来た! 俺、なあ俺! 行ってきて良い? 良いよな?」

 興奮状態の狼にヨシを出せば、一目散に走り抜けていった。ここは場所も広いし、多少乱暴なことをしても平気だろう。なにせ、暴れるために作られた空間のようだ。


 アドルフォは迫り来る太い腕を軽いステップで避けながら懐に潜り込み、顎に一撃をかます。

 これまで全力で“遊び”に徹していたようだから、良いストレス発散になるだろう。アレはもう気にしなくていい。どうせ勝つ。多少遊んで時間を引き延ばす可能性は高いが。


 さて、残りは三体だ。ラウラは嬉々としている阿呆から早々に顔を背けた。

「一体は私が貰っていくぞ。それとも二体相手取ろうか」

 肩を回しながらゆっくりと迫ってくる魔獣を見据える。これだけ広いと、ラウラとしても有り難い。多少本能に負けても誰かを巻き込まないのも良い。

 軽い気持ちで発言したことだったのだが、どうもセルジュに憤りを覚えさせたらしい。


「ら、ラウラ様は、私に、この私に、人間と共闘しろと仰るのですか! あんな馬鹿狼でさえ倒せる程度の獲物、私には倒せぬと!?」

「あ? いや……」

 そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけどな。

 ぱちり、と瞬きをして、前言を撤回しようかと思ったが、興奮しているセルジュは、それこそ頭を叩きでもしない限り平常に戻って来そうもない。わざわざそうするのも面倒だなあ、と思っているうちに、「私一人で十分ですよ!」と鼻息荒く、魔獣に向かっていく。怒り心頭の状態でも足音を立てないのは、習性故か。


「良いのか?」

 ルドヴィーコが、念の為に、という口調でラウラに訊く。

「……良いんじゃないか?」

 意地でも死なないだろう。狼に負けるなどプライドが許さないはずだ。それに彼も言っていたが、“たかが”あの程度の魔獣、だ。魔力切れを起こしているならともかく、今時点で負ける要素が無い。


「というか馬鹿正直に相手しなくても、残り二匹残して、扉壊しても良いんだけどな」

 ラウラの発言に、それはマズイ、と制止したのはジェラルドだ。

「文献によると、無理にこじ開ければ、坑道全体が崩れる仕組みになってる」

「調べたのか」

「元々、ここに潜って魔石を探そうとしていたからな。内部地図を細かく書いたものは見つけられなかったが、情報だけなら」

 それで王都や騎士団の書庫に入り浸っていたのか。地図は、もっと権限のある連中しか見ることができないのだろう。

 元々この坑道は、人が作ったのだ。

 ひょっとすると──あの不気味な、おおよそ自然のものとは思えぬ人型魔獣も。


「なら仕方ない、相手をするか。ジーノ達は見ているか?」

「まさか」苦笑する。「それじゃ、お前の相棒にはなれないだろ」

「俺も突っ立っているのは、御免だ」

 剣を構え直す。


「ヤバかったら叫べ」

「そうするよ」


 お互いの無事を祈るように、ラウラはルドヴィーコと手の甲をコツリと触れ合わせた。

(……うーむ?)

 ラウラは駆けていく二人を見、自分の手に視線を落とす。不思議な感覚だ。


 魔界人がこの程度の敵に負けないのは、もはや必須。人間はその範疇に非ず。

 なのにどうしてか、彼が負ける気がしない。

 確固たる安心感。それがいつの間にか自分の中に根付いていることが、不思議でならなかった。




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