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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第6章 騎士団 坑道調査編
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「おい、ジーノ。本当に、ほんっとーに、これで行くのか……?」

「ああ、そうだよ」

「絶対後悔するぞ? 舌噛むぞ? 下手したら目的地に着けないぞ? 良いのか、本当に良いのか?」

「大丈夫だよ」

「なんなら私が乗せていっても……」

「ラウラは後のために温存しておいてくれ。大丈夫だから。──大丈夫だろう?」


 しつこいくらい何度も確認するラウラに対して、力強い返事を繰り返したルドヴィーコは、最終確認のように、自分たちが座るそり(・・)の先にいる大型の狼を見た。

 その場で大きく伸びをしていたアドルフォは、「大丈夫!」と元気良く答えた。


 先行しているジェラルドに追いつくためには、移動速度が彼より速くなくてはならない。

 そこで、犬ぞり、ならぬ狼ぞりである。

 しかし従順な犬と違い、引くのはアドルフォだ。不安すぎる。なにしろ前科がある──彼に振り回され、セルジュとヴィゴールは無駄に王都を走り回るはめになったのだ──。


 しかもその時と違い、大型バージョン。より本能に忠実になる。忠実になるとどうなるかというと、つまり──


 瞳がラウラを捉え、ギラギラとした輝きを持ち始める。戦いたい、という欲求をそのまま滾らせていく。

 今にも飛び掛からんとばかりに、唸り始めたアドルフォに、「耐えたらご褒美が出るぞ」とルドヴィーコが冷静に諭した。


 ご褒美、という言葉に、アドルフォの耳がピクリと動く。

 この姿になる前に、散々言い聞かせたことだ。


 ちゃんと坑道までそりを引いた時点で、極上のお肉を進呈。更に、小型狼の姿で“目的のもの”──ジェラルドと魔石──を見つけ出せたら、量を追加。

 常日頃から食い意地の張っているアドルフォには、魅力的な提案だったようだ。……単に単細胞なだけだろう、などとは、決して言わない。たとえ思っていても。

 加えて言うなら、坑道に入る前まで大型狼の姿にさせておき魔力を適度に放出させることで、万が一約束を破って坑道内で暴れても、早く魔力切れによってダウンするよう、計画していることなど──伏せておくに限る。



 その彼は、現在戦いたいという欲求と、食欲の間で揺れ動いているようだった。

 口からはだらだらと涎が溢れている。おそらくそのうち、食欲が勝つ。


 それから。


「頼むよ、期待してる」


 ルドヴィーコの静かな言葉に、アドルフォはぱたりと尻尾を振った。煽てに弱いようだ。──あの馬鹿にそんな言葉を投げるくらいなら、自分に言えば良いのに、と。少し面白くないな、と思わないでもないけれど。

 不貞腐れた蜥蜴の気配を敏感に感じ取ったのか、彼女の主人は、「ラウラは今は大人しく、な? 中ではお前が頼りなんだ」と笑い掛けた。……ま、まあ、悪い気はしない。尻尾をゆらゆら動かす。


「……なんなら私が引いていきましょうか?」


 同じく阿呆が移動の要であることに危機感を覚えているのか、若干顔が青いセルジュの発言に、慌てて「いい! お前も温存組だ!」と叫ぶ。

 セルジュがそりなんぞ引こうものなら、蛇行運転の嵐である。絶対、酔う。そんなのは御免被る。断固拒否。

 安全運転には定評があるのです! と主張するセルジュに、それは同種族だからこその定評だろうが! と更に言い返した。


「よし、しゅっぱーつ!」


 後ろのぎゃあすかしている仲間を無視して、アドルフォは走り出した。直後、グンと後ろに引っ張られる。騒いでいた二人は、流石に口を閉じた。下手をしたら舌を噛みそうだ。

 ラウラはルドヴィーコの懐に潜り込み、飛ばされないように備える。


 元々、そりが走るようなところではない。

 このためか、それともそのスピード故か、滑っているというより、飛んでいる。

 ガ、と音がしたかと思うと、そりが大きく揺れ、再び宙へ浮く。そりと自身を繋ぐのは、おまけに二本の腕のみだ。もはや何が起こっているのか、知る術は無い。おそらく三人が共通して持っていたのは『このそり、到着するまで持つのだろうか』という不安感だろう。


 想像以上だ。良くも悪くも。

 これなら、想定していたよりも早くに到着しそうだ。身体とそりが負荷に耐え切れたら。


 駆け抜ける。その傍らに何度か黒い影が見えた気がしたが、全てすぐに後方へ移っていく。

 危惧していた魔獣との戦闘は、全て回避しているようだ。アドルフォがそれを意識しているのかどうかは、わからないが。



「着いたあー!」



 狼が急に停止する。砂煙を巻き起こしながら、四本の足でその場に止まったアドルフォとは違い、そりは空に放り出される。


「あんの馬鹿狼が……!」


 悪態を吐いたセルジュと同時に、ルドヴィーコも空中で体勢を整え、そりを蹴った。ザザ、と音を立てながら地面に着地する。

 あぶね、と零れた声の反面、怪我は無さそうだ。ラウラは安堵する。


 ぼふん、と音が鳴る。自分の周りに広がる煙を払うように、小さくなった狼は耳の後ろをカリカリと掻いている。最後にぶるぶる、と身体を震わせた。


「ちゃんと着いたぞ! ご褒美!」

「帰ってからだ! まだやることがあるだろうが、お前!」

「私からのお説教もあることをお忘れなく」


 飛ばされた恨みも込めて、ラウラは怒鳴り返す。どうどう、と宥めるのは、一番危険な目に遭ったはずのルドヴィーコだ。

「さて、ここからが本番だ」

 防砂用のゴーグルの位置を調整しながら、坑道の入り口を睨む。ジェラルドは、もう中にいるのだろうか。あるいは追い越して来たとしてもおかしくはない──あんな移動中に誰がいたとしても確認できない──。


「アドルフォ、ジェラルドはどっちだ? 中か?」

「んー」くん、と鼻を動かす。「中……かな?」


 本当にこれを信じるのか、という目で、ラウラはルドヴィーコを見た。返すルドヴィーコの目は、信じるしかないだろう、と言っていた。

 だが悔しいかな、自分の探知能力より、アドルフォの探知能力が高いことも事実である。


 こっちだ、と真っ先に駆け出しながら道案内をしようとするアドルフォの後に続き、坑道に足を踏み入れる。

 以前入った時には、魔獣に対する警報音が、脳内でここぞとばかりに鳴り響いていたが、今は違う。やけに静かだ。それが逆に怖い。

「妙な気配ですね、まるで魔界のようだ」

 セルジュは眉を寄せた。「魔力補給の面では助かりますがね」と口にしてから、つまりはアドルフォの魔力も回復するという事実に気付いたのか、更に顔を顰める。

 確かに彼の言う通り、前よりも濃度のある魔力が満ちている。ラウラとしても、セルジュ同様“助かる”ことは助かるが、それは敵方(まじゅう)とて同じということである。

 やはりどうも面倒なことになっている。

 先頭を歩くアドルフォだけが鼻歌交じりだ。


 人の足音、息をする音だけが残る。

 いったいいつ、何がどこから出てくるのか。わかったものではない。

「なるべく早く合流したいな」

 友の身が心配なのだろう、ルドヴィーコがぽつりと零した。不意を突かれたら、果たして対処できるかどうか。ましてや、平時ではないのだ。坑道の状態も、彼が置かれている状況も。

 気を張り続けることは、精神的な隙を作り易くもある。


「割と奥まで進んでいるみたいだな」

 迷い無く先に進んでいく狼の後を追いながら、ラウラは肩の上で揺られながらチラチラと舌を出し入れした。


 アドルフォの尻尾が一際大きく揺れる。

 ──来るのか。

 大きく吠えた彼の前で、土が盛り上がり、鋭く長い角が突き出た。あれも見たことがある。格別に嫌な思い出がある。ルドヴィーコを斬り裂いた、あの形状の魔獣だ。

 案の定というべきか、小さい狼の身体がむくむくと膨らんでいく。──その前に、ルドヴィーコが動いた。

 一気に距離を詰めると、地面に足がつく前のモグラ型の魔獣の鼻先目掛け、抜剣、そのまま一閃を放つ。根元からスパリと切れた角を気にするでもなく、返す刃で魔獣本体を斬り裂いた。


 重い音を響かせながら、巨体が地面に沈む。一瞬の出来事であった。

 彼は剣を鞘に収めながら、黙祷するように一瞬目を伏せると、獲物を失いしょんぼりしているアドルフォへと目を向ける。


「先を急ごう」


 なにも無駄に暴れて、魔獣を誘き寄せる必要は無い。そう言いたげだった。

 不意に顔を曇らす。

「……あまり長時間いたくないな。どうもここにいると、身体が重くなる」

 人間に、濃厚な魔力は毒なのか。特に常日頃から、魔力があると身体が重いなどと言っている彼である。余計に気に食わないのかもしれない。

 主人の身体が鈍る前に、さっさと用事を済ませてしまおう。蜥蜴はふん、と鼻を鳴らした。




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