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どうもランベルトの読み通り、ランベルトを悪者に仕立てたところで、引かないであろうことを読み取る。
説得する、などと言ったものの、取り付く島もない、というところだ。そのような話に持って行く隙を見せてくれない。それは、ルドヴィーコ自身が少なからず「歩み寄りを」と思っているからなのかもしれないが。
だが歩み寄った結果で、友人が苦しむことも望んではない。
何が正解であるのかは、歩いている最中ですらわからない。きっと、長い長い時を経なければ、わかりっこない。長い時間を掛けても、結果が伴わないこともある。苦しむだけの時も。
ランベルトが、自分一人の為だけではなく、相手を想うからこそ苦しんでいるのであろうことも、理解できる。
何故人間は、お互いがお互いを想う程に、すれ違うのだろう。
叫べば良いのに、とラウラは思う。はしたなく、情けなく、みっともなく、叫べば良いのだ。
そう思いつつも、ならば自分の胸に宿る気持ちをお前は軽々しく放出できるのか、と訊ねられると、答えは“否”である気がする。人間とは厄介だ。その人間に、自分も毒されたか。
──それも悪くない。ラウラはゆるりと尻尾を動かす。
さてどうする。主人をちらりと見やる。尻尾が首筋を擽ったのか、ルドヴィーコは目を細めていた。刹那、視線が絡む。
「ランベルトも──貴方の兄も、まだ混乱してる。今、急に踏み込んでも、彼の苦しみは解放されないと思う。二日後から三日間、ランベルトは休暇に入るんだ。その期間に、もし彼が貴方に話をするようなことがあれば……」
それは、彼も話す覚悟ができたということ──アレッタの覚悟を受け入れるということだ。
「それまで、そっとしておいてやってくれ」
「もし来なければ?」
アレッタが不安そうに目を揺らした。
「その時は、貴方の好きなようにすれば良いと思う。ランベルトも、俺も、ラウラも、みんな好きなように行動するから」
逃げるも、向き合うも。それを制限する権利など、それこそ誰にも無い。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ランベルトに話すのは、明日にしよう。
ランベルトにとっても日を改めた方がいいであろうし、ルドヴィーコもまた疲れている。そう決めて部屋に戻ると、薄暗い部屋の中には、既にジェラルドがいた。彼はルドヴィーコに一瞥をくれると、また手元の本を読み始める。
邪魔をするつもりはない。ルドヴィーコもまた、自分のベッドへの身を投げる。ラウラは着地のタイミングでぴょんと飛び、ルドヴィーコの胸元に着地した。
「よくやるな」
その言葉が、ルドヴィーコに投げ掛けられた言葉だと気付くまでに、多少の時間を要した。
「何がだ? 鍛錬?」
「違う」
ジェラルドは表情一つ変えぬまま「ランベルトのことだ」と告げた。
「何があったのか知らないが、込み入った事情があるんだろう。面倒そうなのに、よくも首を突っ込むものだと感心した。俺ならしない」
嫌味を言っている風でもない。普段、自分からは口を開かない男だ。何か思うところがあり話し始めたのだとは思うが。
ルドヴィーコは静かに言葉を返す。
「俺は、……俺も驚いているよ。自分はそういうことには、向かないと思っていたから」
そうだろうか。割と昔からお人好しだった気がするが。蜥蜴は首を傾げる。
「そうか?」
ジェラルドもまた不思議そうな目を向ける。
「普通なら、知り合って間も無い“他人”の為に、坑道にまで追って来ないと思うが」
「それは、」
口を噤んだルドヴィーコは、何故だか苦しげに顔を歪めた。その言葉の続きを口にしたくなかったのだろう、ゆるゆると頭を振る。
「──どちらにせよ。あの時のように深い傷を負うこともあるんだ」
物理的な意味でも、……精神的な意味でも。
「自分の身も案じろ」
再び本に視線を落としながら、ジェラルドはそう締め括った。
ぱちり、と。ルドヴィーコは、意外そうに目を瞬かせた。
──要するに。
「ああ……そうか。そうだな、肝に銘じる」
ふは、と笑いながら、蜥蜴の主人はそう言った。
「別に、私がいるんだから、大丈夫だぞ」
飛び跳ねながら主張すれば、ルドヴィーコはますます可笑しそうに口元を押さえた。なんだというのか。
(やっぱり人間は分からん)
ラウラは身体をぺたりと伸ばしながら、口を尖らせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジェラルドの休日、三日目。それはつまり、明日からランベルトの休暇期間に入るということだ。
彼には朝の時点で、アレッタとの話した内容については伝えている。ランベルトは静かに目を閉じると、「わかった」と一言だけ零した。
──空に向かって、魔銃を放つ。
大きな魔力の塊が空に消えて行く。
勿体無い、と少しばかり思わないでもない。あんなに美味しそうなのに。
それにしても。
込められている魔力が、少しずつ濃くなっている気がする。
まるで枷が外れたようだ。
カチ、と音が鳴った。“弾切れ”だ。
ルドヴィーコの横顔を盗み見る。その顔は、どこか安堵しているようにも見えた。
食堂で顔を合わせたジネストラ兄妹は、初日のことなどなかったかのように、あえて何事も無いように──まるで赤の他人のように振る舞った。
アレッタが無理に距離を詰めようとする様子も無ければ、逆にランベルトが近寄ろうとする様子も無い。停滞状態、と表現するのが正しいか。
何の進展も無いまま、一日が終わる。
「明日から復帰する」
夜、自室にて端的に事実を述べたジェラルドに「明日からまたよろしく」と返す。
「ランベルトはゆっくり休め」
いつも通りの無表情のままそう言った彼は、もう一人の同期の肩をポンと叩いた。
正直なところ、“ゆっくり”などできそうもない心境であろうランベルトは、ジェラルドの言葉に曖昧な笑みを浮かべた。
「そういえば」
ベッドに寝転がっていたルドヴィーコが、上体を起こす。二人の顔を──というよりは、ジェラルドの顔を見ながら、続ける。
「団長が、休日の内に鈍って無いか、明日の訓練を割とハードなものにするって言ってた 」
「……いつものアレは“ハード”には入らないんだね」
ランベルトの顔が引き攣った。心なしか、ジェラルドもうんざりした顔をしている。
「ルドヴィーコの鍛錬と同じようなものってことか? それは困る」
「段々平気になってくるけどな」
「慣れるまでやる気は無い」
確かに。ラウラは、うんうん、とジェラルドに同意するべく頷く。いくらラウラといえど、あの鍛錬内容は……無い。いつか自分の主人が体力馬鹿になってしまうのではないかと、わりかし本気で心配している。
試しに頭の中で、山のような体格のドナートと、ルドヴィーコの顔を取り替えてみる。
……嫌だった。
なんだか、魔界の阿呆を彷彿させる。よくよく考えてみれば、ドナートも阿呆寄りな気がする。いや、魔界のアレらと比べたら、比にならないが。人間としては、なんというか……豪胆、な方なのだろう。
案の定というべきか、次の日の帰り、割とピンピンしているルドヴィーコに反し、ジェラルドは無表情を保ちつつも汗をだらだら書いて酷く疲れた顔をしていたし、他の面々も同じような状態だった。合掌。
休日初日のランベルトは、休日を満喫したのかしていないのか、未だにひどく悩むように眉を寄せている。あれは妹と話し合いなどしていないだろう。
明日は定期調査がある。またあの坑道へと行くことになる。今回向かうのは、ルドヴィーコが所属する五班と、一班だ。ジェラルドは居残りとなる。ランベルトのことも気にはなるが、ルドヴィーコはルドヴィーコで、気合いを入れて望まねばならない。いつ何があるかわからないのだ、初回のように。
何かあったとしても蹴散らすだけだが、しかしあの坑道は暴れ難いしなあ、とラウラはくありと欠伸をした。




