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ランベルトは、基礎鍛錬を共に受けると、医務室に直行する。いくらルドヴィーコが彼と話したいからといって、通常業務を放り出すことはできない。
普段と同じように離れていくランベルトを捕まえ、「後で話があるんだけど、いいか」と訊ねる。
彼は答えることを躊躇うように目を細めた。ルドヴィーコの後ろからは、先輩騎士たちの怒号が響いている。線の細い彼は、やはりここには不釣り合いだ。けれど、ここにいる。その理由がある。
長い沈黙の後、ふ、と息を吐く。
「分かった。このままでいても、事態は僕の望むようにはなりそうもないから。──僕の妹は、頑固で困る」
「似た者同士じゃないか」
「本当に“そう”だったら良かったのにと思うよ」
瞳を揺らし、ランベルトは吐き出した。「それじゃあ、後で」彼はそう言い、離れて行く。
さて、とルドヴィーコもまた、自分の仕事に向き直る。蜥蜴はその肩で、グルルと一度だけ鳴いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
戦闘員向けの鍛錬終了後、汗を流すべく水を浴びた身体を雑に拭くと、ルドヴィーコは休暇中に購入した魔銃を手に取り、外に出た。ラウラはすかさず肩に飛び乗る。
屋外の鍛錬場まで足を進めると、銃口を空へ向ける。引き金を絞り、一発。隣国の王女一行にいたセフィと同等、あるいはそれよりも強い程度の魔力の塊が飛び出し、空の先で弾けた。無造作にもう一発、更に打ち上げる。二発目を追うように、三発目。
連続で打ち上げられるそれは、まるで式典で催される花火大会の一幕のようである。大輪の花を咲かせる訳では無いのが、唯一の欠点か。しかし、魔銃とは元来そういう使い方はしないものなので、致し方無いと言えよう。
ラウラが呆れ果てる程、無意味で贅沢な魔力の消費。やがて魔力切れを起こしたルドヴィーコは、撃てなくなった魔銃をしばらく眺めた。
「よし、良い感じだ。身体が軽くなった」
そんな馬鹿な、と言いたい。
「今試合があれば、好成績を残せそうなんだけどな」
ぐるぐると肩を回した彼はにっと笑った。それから覚悟を決めたように、顔を引き締める。豪快なウォーミングアップは済んだようだ。
「やあジーノ。やけに派手に何かをしてたみたいだけど。あれ、セフィさんが使っていた魔銃の?」
医務室に、ランベルトの姿はあった。彼は目が合うと、窓の外を指差しながら、苦笑する。
「よく分かったな」
「普通の弾丸とは違って、魔力で構成されていたから。それにしたって、普通は自分の真上には撃たないもんだけど」
そりゃあそうだ。ラウラだって思う。「せめて的を狙うとか」続いた言葉に、ルドヴィーコは「当てて壊しても勿体無い。元々、戦闘目的ではないから」と回答する。ランベルトは目を見開いた。
「違うの?」
「違う。単に魔力切れを起こしたいんだ」
ランベルトが呆れたように息を吐く。魔力ありきの職業に就いている彼からしたら、フザケンナの一言くらい浴びせても良い物言いである。しかし、彼はそうはしなかった。
「なんというか……ジーノらしいよ」
「そうか?」
「そうだね。断言できる」
イマイチ、ピンと来ていない様子のルドヴィーコであったが、この件に関しては、さして重要事項ではないというカテゴリー分けをしたのか、それ以上の質疑を行わなかった。
少し緩んだ空気を一変させ、本題に移る。
「ランベルト、お前がここに来たのは、妹が関係しているんだろう」
面食らったような彼は、「初めから、えらく直球だね」と驚きを滲ませた。
「回りくどく言っても、混乱する上に、無為に時間を消費するだけだ」
違うか、と目で問えば、ランベルトは肩を竦めて見せた。
「心の準備をする時間は得られるかも」
「もう十分時間があっただろ」
「違いない」
自嘲の混じった返答だった。「だとしたら僕は、与えられた時間を、全て逃げることに使っただけだったのかもしれない」と続いた言葉が
、その色を更に濃いものにした。
「どこから話したものか。全てが始まりのようにも思うし、全てが通過点のような気もするんだ」
ゆっくりと目を瞑った彼は、過去を掘り起こすように、顎を引く。
「そもそも何が問題であるのか、と問われたら、それはハッキリしている。──まず第一に、僕が妹のことを、一人の女性として愛してしまったことがある」
あまりにあっさりとした告白からは、一定以上の熱を感じ取ることはできなかった。意図的に抑えているのだとしたら、大したものだ。
「第二に、僕がジネストラ家の血を引いていないことが挙げられる」
言葉を発せず、表情ひとつ変えないルドヴィーコに、ランベルトは困ったように笑い掛ける。
「ジーノは、そのことは知っていたのかな」
「……まあ」
噂程度には、と言葉を濁す。貴族の間で広がる噂は、積極的に仕入れるようにしている。特に先日バルトロから仕入れた情報も多い。ルドヴィーコの友人である彼は──それを必要だと思ったからか、ルドヴィーコの身近のことを含め、“いろいろと”教えてくれた。
広まっている噂は、あまり良い噂ではない。全てが真実ではないことは明白であるが、しかしいくつかの真実は紛れているのだろう。全てが嘘の噂話というのも、なかなかあるまい。嘘を信じさせる秘訣は、真実を織り交ぜることだと言う。ならば人に広がる嘘には、真実が混ざっているのだろう。たとえそれが、曲解であったり、ひどく断片的であったりしても、真実ではあるのだ。
座って、とランベルトはルドヴィーコに椅子を勧めた。少しばかり長くなるかもしれない、と。
「さて、どこから話したものかな」
ランベルトは、先程の自分の発言を繰り返す。しばらく考えてから、「僕がジネストラ家に入る、少し前辺りからがよさそうだ」と結論付けた。
「僕の“本当の”血族であるスタイン家は、そう歴史古くも無い男爵家でね。ただその男爵家は既に無い。最後の当主は──これは僕の実父なわけだけど──、これが割と最低の男だった」
必要とあらばいくらでも重くできるであろうその話を、ランベルトは割合平坦に、まるで又聞きした昔話を諳んじるかのように語り始めた。
多方面からフザケンナと言われているジーノさん。