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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第5章 騎士団 休日編
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 真っ先に動いたのは、アレッタであった。

 彼女は「お騒がせして申し訳ありません、仕事に戻りますね」と困ったような微笑みを浮かべ、静々と頭を下げる。兄に対しても、「後でまたお話しましょう」と声を掛け、早速仕事に戻ったようであった。

 ランベルトとて、常識を(わきま)えた好青年だ。その彼が、このような騒ぎを起こしている方が、余程現実味が無い程である。眉を寄せた彼は、妹と同様、まず周囲の人間に謝罪を述べた。しかしアレッタに関しては、彼女の背中を一瞥し、すっと顔を背ける。

 そのまま朝の掃除に取り掛かった彼に、「大丈夫か」とルドヴィーコが声を掛ける。


「どうにも駄目だ、僕は。……あの子のことが関わると、どうにも」


 唇を噛み締めた彼の様子を見、ルドヴィーコは困ったように片眉を上げると、ポンと肩を叩いた。それ以上は何も言わず、黙々と仕事に取り掛かる。

 なんにせよ、一人で冷静になる時間が必要だ。微かに震える声に、ルドヴィーコはそう判断したようだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それを兄妹の確執だと、その一言で片付けていいのか。事情を知らないため、決めかねるというのが正直なところだ。

 どちらかが決定的な“悪”であったなら、どちらの味方をするかは、簡単なことだっただろうに。

 少なくともランベルトの人となりは知っているつもりであるし、半端な覚悟でこの辺境の地にまで来たのではないと思っている。

 妹のアレッタがこのような場所にまで兄を追ってきた理由は謎である──“たかだか”兄弟のためだけに、あの年頃の人間の娘が家を飛び出しこのような“野蛮”な場所に来るなど、普通ならば有り得ない──が、どうも悪い娘のようには思えない。


(なにしろ、ケーキを持ってきてくれたからな)


 キラキラと輝くケーキを前に、ラウラはごくりと生唾を飲み込んだ。

 ぺっちんぺっちんと尻尾を打ち付ける蜥蜴の姿に、ルドヴィーコは「そんなに楽しみだったのか」と苦笑する。

 楽しみだったに決まっている!

 その衝動のままに、ぽふん、と人型に変化した。ルドヴィーコの肩に両手を置き、「ケーキが美味いから悪い!」と主張する。


 ここ最近、十分量の魔力を供給されているラウラがどの形になるかは、割と自由だ。ただし竜に関してだけは、燃費の悪さと非常に目立つという理由で──それよりも厄介なのは、本能に押しやられて理性が控えめになることだが、ラウラはそれを問題視していない──、我慢することが多い。


 人型になったラウラは、ルドヴィーコの肩越しに、瑞々しいフルーツが乗ったケーキを覗き込んだ。ひどく美味しそうな見た目だ。それに甘い香りもする。

 フォークをケーキに入れたラウラの主人は、いつもより大きな一欠片を、ラウラの前に差し出す。

「そんなに食べたいなら──」

 そこまで口にして、不意に彼は口を噤んだ。

 どうしたのだろうと気にする前に、ケーキの誘惑に負けたラウラは、目の前の好物に食いついた。ようやく落ち着いたところで、──とても顔が近いことに気付く。


 その距離は、人と蜥蜴であった時には、一向に気にならなかった距離だ。というよりも、蜥蜴の身では、ルドヴィーコの身体はとても大きいもので、距離がどうのの問題ではなかった。

 人と人──同じようなサイズになって初めて、顔と顔が触れ合うような“ここ”は、妙に近いと感じた。



「…………」

「…………」



 双方が押し黙ると、外野の声が大きく響く。

 相対効果というよりも、外野があえて声量を上げている印象を受けるが。


「ちっ……美女と堂々おデートでございますかあ」

「いい気なモンだよなあ。まったく。こっちは出逢いすらねぇってのによー」

「ランベルトくんもかわいーい妹がいるしなー」

「なー」


 完全なる妬み口調である。“刺し殺してやりたい”という怨念じみた願いが込められている。

 背中に黒いものを背負ったかの集団は、「まさかジェラルドの野郎も美人のオトモダチがいるとかじゃねえだろうな」「俺はあいつを信じるぜ」とブツブツ呟き続けている。ジェラルドつきの妖精であるフィリンティリカの存在は、果たして“裏切り”に該当するのであろうか。蜥蜴が該当するくらいだから、アウトかもしれない。


 触るな危険、と言わんばかりの空気を周囲に撒き散らしている彼らの近くにいると、若干の身の危険を覚える。ルドヴィーコとラウラはほぼ同時に我に返ると、なるべく早くこの場を離れようと決めた。



 ケーキの礼を改めて言おうとミラに話を通せば、アレッタが厨房の奥から顔を覗かせた。

「先程は失礼致しました」

「いや……」

 どこまで踏み込んでいいものか。言葉を濁したルドヴィーコに、「兄とのことでしたら、お気遣いなく」と曖昧に微笑んだ。


「兄はこちらで、元気にやっておりますか」

 直接訊くのではなく、自分の目で確かめるのでもなく、アレッタは同僚であるルドヴィーコにそれを訊ねた。

「ああ、そうだな。元気そうだ」

 つい先日、女装するハメになり精神的に死に掛けていたことは徹底的に黙っておいた方が良さそうだ。ラウラと同じことを考えているであろうルドヴィーコの顔には、一切の動揺が無い。

 前々から思っていたが、彼はどうも自分の感情を隠すことが得意なようである。逆にラウラは、ルドヴィーコ曰く『蜥蜴でも人間でも表情豊か』らしい。人型だと特に分かりやすい、と彼が言っていたことを思い出しながら、ラウラはうようよと視線を動かした。


「……何かあったんですか?」

「なっ、何も無いぞ?」

 上擦った声は、あたかも何かあったと主張している。口を真一文字に結びながら、自分はやはりここでは蜥蜴の姿でいた方がいいかもしれないと思った。


 魔界人は単純明快だ。暴れれば事が済む。対して人間は腹芸ばかりする。ラウラは魔界人だから、腹芸は苦手だ。変なところで足を引っ張りかねない。

 これ以上突っ込んでくれるな、という思いを込め、うー、と威嚇すると、「蜥蜴っ子、それは何かあると言っているようなもんだぞ」とルドヴィーコが笑いながら(たしな)めた。物事をさらりと流すような笑いではなく、本当に可笑しそうだ。

 ラウラは頬を赤らめた。


「ええいもう、私は隠し事は苦手だ!」

 この際だ、とばかりに盛大に暴露してから、ラウラは蜥蜴の姿に変化すると、ルドヴィーコの肩に飛び乗り、首の後ろからアレッタを(うかが)い見た。

「なるほど、それで蜥蜴の姿をなさっているのですね。確かに蜥蜴の表情は読めませんから」

 頭の良い方法ですね、と(おだ)てられ、「そ、そうか? そう思うか?」と蜥蜴は尻尾を揺らした。照れ隠しのために、ルドヴィーコの服をかぷりと噛む。


「ところで、本当は何があったんですか? 危険なことでも?」

「……名誉に関わることだから、俺の口からはなんとも。でも、元気は元気だ。それに違いはない」


 しかしなぁ、とルドヴィーコの声の調子が少し変わる。踏み込むことにしたのか。ラウラは服を囓ることを止めて、顔を上げた。


「気になるなら、本人に直接訊けばいい」

 その言葉を受け、ごもっともですね、とアレッタは自然な口調で同意を示した。

「ですがどうにも、兄とは上手く話せません。昔は他のどの兄妹よりも、仲が良かったんですよ」

 寂しげな横顔に、問い掛ける。

「仲直りのために、ここに、わざわざ?」

「ええ。願わくば、……元通りに」

 祈るように溢してから、アレッタは真っ直ぐにルドヴィーコを見やった。

「おかしいって思いますか。普通の兄妹なら、ここまでしないだろう、と」

「……正直に言えば、そうかな」

 答えましょう、と彼女は告げた。強い意志を持った瞳が光る。



「私たちは、普通ではないからです。だから、普通ではないことをしなければ、絆を繋いでいられないんです。──兄はこの場所に、自分を捨てに来ました。私はそれを拾いに来ました」



「何故そんなことを、俺たちに?」

 ふっと彼女の表情が歪む。強さから一転、弱々しい顔を見せる。年相応の、真っ直ぐ進みながらも、先にある未知のものたちを怖がっているような顔だ。

「分かりません。誰かに宣言したかっただけかもしれません」

 幼さを覗かせながら、彼女はそれでも戦う人の目をしていた。




蜥蜴さん、照れる。の巻。

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