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「あー、分かった分かった。魔銃は特殊武器だけど、扱ってそうな奴を知ってるから、今から連絡してやるよ。明日にでも寄ってくれ」
「助かる」
短く礼を言う。早めに連絡をしたいから少し待て、と断りを入れたバルトロは、早速立ち上がると、知り合いとやらに連絡をするべく部屋を出て行った。
通信機器は、現行寮長の部屋にしか無い。個人的に準備しても良いが、それなりに高額だ。無くて死ぬ程困る物でもないため、持っていない者の方が多い。
砦も同じで、緊急用にいくつか設置をされている。時間制で、家族に連絡を取ることができる制度もある。ルドヴィーコも、何度か家族に連絡を入れている。
「明日はそこに寄ってから菓子屋に行くか?」
「そうだな。場所にもよるけど。食べ物系統は最後に買いたいな」
茶を啜りながら、そんな会話を交わす。
蜥蜴姿の時は黙っていることが多いラウラは、こうしてルドヴィーコと“言葉を交わす”ことは、実のところ少ない。それでいて違和感は無かった。不思議だ。
「ケーキ、あるといいな」
こくこくと、何度も頷く。甘い物は好きだ。にんまり笑うと、隣から忍笑いが聞こえた。
「な、なんだ?」
「いや、嬉しそうだなって」
思っただけですけど? と肩を揺らしながら続いた言葉に、そんなに可笑しいことがあっただろうかと口を尖らせる。
「変わらないな」
何が、と訊ねる直前に、バルトロが戻ってきた。どうやら算段がついたらしい。
店舗の場所と、開いている時間。武器商人の名前。それらを確認して、菓子屋よりも先に寄った方が効率が良さそうだと判断する。
「次はいつ帰って来れるんだ?」
別れ際の何気無い一言に、密かな緊張感が見て取れた。最後の別れでは無いことを、確認するように。しかし、それを隠すように軽い調子で。
「さあな。というかお前こそ気を付けろよ?」
「違いない」
脳裏に浮かんだのは同じ人物だろう。
お互いに笑いながら拳をぶつける。
「蜥蜴さん、ジーノをよろしくな」
「言われるまでもない」
ふん、と鼻を鳴らす。頼もしい限りだ、と笑顔を向けられ、何故だか居心地が悪かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昼には列車に乗り砦に向かいたい、という希望から、次の日は早朝から慌ただしかった。
バルトロに紹介してもらった武器商人のところに寄り、魔銃を購入する。少し時間を貰えるなら専用に改造するよ、とイイ笑顔で言われたが、そこは丁重にお断りした。標準機能で十分だ。ましてや、魔力放出のためだけに使う銃である。
使い手が限られる品物だからか、注文も少ないのだろう。「せっかく腕を振るえると思ったのにー、残念だなー」とがっくり肩を落とす武器商人に見送られながら、次に向かうのは菓子屋だ。
チラシを片手に、目的地に向かう。
「結構入り組んだところにあるんだな」
大通りから外れ、人も少なくなってきた道を歩きながら、ルドヴィーコが小さく呟いた。独り言か、それとも話し掛けられたのか。微妙なところだ。
ラウラは返事をする代わりに、主人の肩の上でちろりと舌を出した。
「あれ?」
おかしいな、と頭を掻く。
「この辺りのはず、なんだけど」
パッと見、付近に店は無い。参った。
閑散とした通りでは、訊く相手もいない。
「いったん大通りに戻って確認するか」
ルドヴィーコは、蜥蜴に同意を得るように、鼻先をつついた。心得た、と顔を押し付ける。
大通りに戻ったものの、声を掛けようにも呼び止める暇が無い。足早に去って行く者たちを前に、これは無理にでも捕まえなければ、どうにもならなさそうだ、と理解する。
そうやって、改めて決意を固めた時であった。
「おにーさん、先程からどうされたんですか? 何かお困りのようですけど」
声に反応し、ルドヴィーコが身体を動かす。立っていたのは、一人の少女だった。街中でよく見掛ける服を身に纏い、気安い雰囲気を醸し出し、──それでいて、その所作は洗練されている。アンバランスな少女だった。
ラウラは、さっと視線を周囲に走らせる。どうやら少女には、“お供”がいるらしい。いよいよもって普通の住民ではない。おそらくはどこかの貴族の娘だろう。
何にも気付かなかったフリをしながら、「店を探しているんだけど、場所が分からなくて」とにこやかな……余所行きの笑みを浮かべる。
チラシの裏面を見せると、「ああ、この店! 少し前に移転したんですよ。ここは移転前の場所ですね」とすぐに合点がいったように手を打った。
「よろしければ案内しましょうか?」
「良いんですか? 用事の最中では? 場所さえ教えて頂ければ、自分で行けますよ」
「元々そちらの方向に用事があるので」
にこりと笑った彼女は、ルドヴィーコの返事を聞くこともなく、「こちらです」と歩き始めた。
何かしら腹に一物があるのか、と疑ってしまうのは、もはや性である。ルドヴィーコも、笑顔の裏で警戒心を強めている。それだけ、これまで二人が歩んで来た世界には、陰謀や下心がありふれていた。
しかし予想に反し、少女はルドヴィーコたちに多く話し掛ける訳でもなく、ただただ道案内に専念していた。
「あの赤茶の屋根の建物が、お探しのお店ですよ。あら、もうケーキは売り切れているみたいですね。売れ筋商品ですから」
多少残念そうな色を含ませた少女も、もしかしたらケーキが好きなのかもしれない。
それにしたって。
(ケーキ、無いのか……)
しゅーん、と項垂れたラウラを慰めるように「クッキーの種類が豊富そうだぞ。な、ラウラ?」とルドヴィーコがメニューを指差す。
「この店はクッキーも逸品ですから。ところで、そちらの蜥蜴さんもお菓子を食べるんですか?」
「ええ、まあ……」
不思議そうな少女に、曖昧に頷く。雑食の蜥蜴なのだ、と告げたところで、どこまで信じてもらえるか。仮に少女が信じたとしても、それ以上踏み込まれても困る。
「なんにせよ、美味しく物を食べられることは良いことです」
少女はにこりと笑った。真意を察したのかもしれない。その善意に素直に甘える。
「頼まれてたのは……どれだ?」
店の前に立つと、壁に貼ってあるメニューとチラシを見比べながら、ルドヴィーコが買う物を整理していく。ラウラもこっそりと気になるものを伝えた。結構な量になりそうだ。
「せっかくなので、私も買って行きます」
同じく店内に足を踏み入れた少女は、クッキーの入った籠の前で、楽しそうに身体を揺らしている。どれにしようかな、と口から言葉が溢れている。
可愛らしい小物が至る所に鎮座している店の中で、ルドヴィーコは少し浮いている。来客も女性がほとんどだ。
彼はしかし、それについては特に気にしていないらしかった。妙に肝が据わっている。多少の時間を要して商品を手に取ると、購入。
その後、少女もプレーンとレモン、ミックスベリーを手に取ると店員を呼んだ。それにしても、意外とたくさん買うものだ。
「ああ、今から楽しみです」
紙袋に詰まったクッキーを、本当に嬉しそうな顔で抱き締める少女は「お兄さんも、お目当ての物は手に入りましたか?」と笑う。
「お陰様で。ありがとう、助かりました」
「お役に立てたなら良かったです」
ところで。
少女は、ルドヴィーコの手元を指差した。
「よろしければそれ、見せて頂いても?」
「これを?」
「ええ、それを」
先程まで浮かべていた笑顔を引っ込めて、ひどく真面目な顔で頷いてみせる。いったいどうしたというのか。
まあ見られて困るものはない。ルドヴィーコはチラシを彼女に手渡した。彼女は店の情報が書き込まれた裏面、ではなく求人情報が記載された表面を真剣に読み始めた。
「お兄さんは、騎士様なのですか?」
「はい、まぁ……今年なったばかりで、まだまだ半人前ですが」
謙遜したルドヴィーコには頓着せず、少女は紙に穴が開くのではないかと心配してしまう程、ひたすらに文字を追っているようだった。その鬼気迫る様子に、ルドヴィーコも、そしてラウラも声を掛けることができなかった。
「今年、ですか。それでは、もしかして──」
しばらく待ったが、その続きが聞こえてくることはなかった。
何かを堪えるように、少女は目を瞑っている。
「──ごめんなさい、なんでもありません。あの、これ、頂いてもよろしいですか?」
微笑みは、若干強張っていた。ええどうぞ、とルドヴィーコは笑みを貼り付けている。
渡して良いのだろうか。面倒ごとの気配がするが。しかし既にチラシは少女の手の中だ。渡してしまったものは仕方がない。面倒ごとだろうが、乗り切ることが不可能、なんてことはないだろう。そんな自負がある。
去って行く少女の背を見送る。
「良かったのか?」
耳元で囁けば、ルドヴィーコは苦笑する。
「あの様子じゃ、俺が渡そうが渡さまいが、結果は同じだと思わないか?」
違いない。ラウラはくありと欠伸をした。
「疲れたか、蜥蜴っ子。列車で寝てろよ」
「嫌だ。起きてる」
列車の中でゆっくりクッキーを食べるのだ。そう主張すると、彼女の主人は可笑しそうに喉を鳴らした後、蜥蜴の背を人差し指で撫でた。
食欲の秋ですね。




