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コレットの家を後にすると、次はバルトロに会うためにハイディーン学園に向かう。彼は今、大学部の学生が通う寮に住んでいる。
いかに卒業生といえど、許可無く敷地内に入ることはできない。
受付に行き、許可証を貰う。これが貰えなくてヴィゴールとセルジュは揃いも揃って暴れたのだったか。本人曰く、未遂、とのことだが。
高等部の寮を通り過ぎると、その建物はすぐに見えて来た。事前に聞いておいた部屋番号を寮長に伝え、本人に連絡を取る。
下まで迎えに来ると言うので、しばし入り口で待つこととなった。
少し経ってから、バルトロが姿を現した。
「よおジーノ! 久し振りだな!……なんか、以前にも増して引き締まったな?」
「鍛錬の成果だ」
「ほーお。やっぱ騎士団ってのは大変なんだな」
感心しきっているバルトロに、(それは違うぞ。一人練習量が違う)とラウラは反論する。当然、届くことは無かったが。
もどかしい想いを、肩の上でへたり込む仕草で表現していると、「ん? どうした蜥蜴さん。旅の疲れか?」と心配された。やっぱり伝わらなかった。
「で、最近どうよ。隣国関係でなんかあったろ?」
会って早々の発言に、ルドヴィーコは苦笑した。「商会関係か?」と訊ねれば、「物が動けば、そりゃあこっちの業界では噂になるさ。情報は金を産む」と笑う。
伊達に商人の卵をやっちゃいないんだ、と口にした彼もまた、己の道を着実に進んでいるのだろう。
「そっちはどうにかなった、な」
言いながら、ルドヴィーコはちらりとラウラに意味ありげな視線を寄越した。
「ま、お前が無事で良かったよ。俺は危ない橋は渡りたくないからな。情報は仕入れるがノータッチだ」
両手を上げ、降参のポーズを取る。早くゆったりした暮らしがしたいなあ、とぼやく辺り、本質は昔と変わっていないらしい。
「危ない橋と言やぁ、ジーノ、お前殿下にお会いしたか?」
「いや……」
薬の引き渡しの件は、黙っておくことにした。それを察したのかどうか。バルトロは、ふうむ、と唸る。机に置いた物を無作為に弄っているのは、彼の癖か。
「あの人、怖いんだよなー。ジーノがいないからって、俺越しにアプローチ掛けてくんだよ。お陰様で、俺は最近身の危険を感じてる」
公の場で堂々とって訳じゃないからまだマシなんだけどいい加減どこかから睨まれそうだ、と肩を落とす彼は、本気で困っているように見えた。
「剣でも教えようか?」
「はは、俺が剣が苦手だって知ってて言ってるだろ、お前」
フザケンナ、と顔に書かれていた。
「親父に言うと、そこを上手く切り抜けてこそ一流の商人だー、とか言いやがるしよ。最近ほんと寿命縮んでる気がする」
やれやれと頭を掻く彼が、やけに疲れているように見え、ラウラは思わず訊ねた。
「大丈夫か?」
バルトロは、さして気にした様子も無く、自分の髪を掻き回している。おい、ともう一度呼び掛ける。無視するとはいい度胸である。
ぐしゃぐしゃになった髪の先を摘みながら、バルトロはようやく口を開いた。
「悪いジーノ。今日はもう帰ってもらった方が良いかもしれない。幻聴が聞こえてきた。俺は自分が思っているよりも、疲れてるのかもしれん」
幻聴! 幻聴呼ばわりとは、失礼な。
ムッとしたラウラは、八つ当たり気味に片手でルドヴィーコの首をピタピタと叩いた。使い魔の怒りを感じ取ったルドヴィーコは、落ち着け、と言うように頭を軽く押しやる。
「あー、バルトロ」
どこから話せばいいか、そしてどこまで話していいか。探り探り進んでいるような声で、ルドヴィーコがバルトロに話し掛ける。
「最近、蜥蜴っ子の新事実が、判明したんだ」
「……は?」
急になんの話だ。と訝しむバルトロに、「喋れることがわかった」と直球を投げれば、「うん?」と首を捻って避けられる。
理解にあたり、しばし時間を要するらしい。
しかしこれが一般的な反応のような気もする。誰が蜥蜴が喋り、あまつ人型になるなどと想像しようか。
なんの疑問視もしなかったルドヴィーコやコレットの方が珍しいのだ。
国境騎士団の面々も割と早くに受け入れたようだが、それでもしばらくは真偽を窺う気配が絶えなかった。ただ、あそこの騎士団は、“異色のもの”に対する耐性があるのだろう。そういったものがよく集まるのだ、と団長自身が公言していた。
目を白黒させているバルトロは、現実に戻ってきそうもない。
(ええい、まどろっこしい)
待つのは嫌いだ。
ラウラは主人の肩から滑空すると、途中でその身を人型に変化させた。
「おおお!?」
「幻聴でも幻覚でもないぞ。理解したか?」
腰に手を当て、胸をムンと張る。
バルトロは、ラウラとルドヴィーコを交互に見やると、数秒後、納得したように、あるいは諦めたように、ふう、と息を吐いた。
「そうだよな。ジーノと蜥蜴さんだもんな」
どういう納得の仕方だ、それは。
名を挙げられた二人は顔を見合わせ、眉を寄せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
狭い部屋に、数名が座れる椅子、ましてやソファなどという洒落たものは無い──そんな物を置くスペースが無いのだ──。低い机の上に茶を三つ並べ、カーペットに直に腰を下ろす。
冷たい茶が、喉を潤す。中に入れた氷が、カランと音を鳴らした。
「考えてみれば、まあそうだよなって思うんだけどなー」
未だに落ち着かないのか、バルトロはちらちらとラウラを窺っている。
「どういう意味だ?」
「魔法学の筆記で、最上級魔法の読解できる人間が、魔力は一切無いって言うのは変だと思ってたんだよ」
魔法の読解は、それを発動させる上で必須のものである。根底を理解せずして、充分量の魔力を注げば、当然失敗する。発動しないだけならまだマシだ。下手すれば魔力が暴走し、とんでもない“災害”になりかねない。
だからこそ、だろうか。
通常は、“身の丈に合わない魔法”は理解すらできないのだ。
実技が程々なら、筆記も程々。頑張れば多少の伸びはあるだろうが、その二つが急激に離れることは、まず無い。
「クエスティ家の長男ってことで、実力が伴わなくても魔法の理解できるのは、規格外だが不思議ではない、とも思ってたけど……普通に考えれば、“実は魔力ある”のが自然だよなー」
一服した上で、はー、と大きく息を吐く。
不思議そうに首を傾げるラウラに、ルドヴィーコがこっそりと「クエスティ家は、魔法に特化した血筋だから」と付け加えた。教科書に名が並ぶレベルで有名な話であるらしい。
言われてみれば、魔法学の授業中に、そんな話があったような、なかったような。寝ている時間も多かったので、記憶が曖昧だ。
ほーう、と気のあるような無いような返事をする。
「ところでバルトロ、お前のとこの商会って魔銃やらの武器も取り扱っているか?」
「うちは武器系統の取り扱いは少ないな。武器商人の伝はあるけど」
どうした、と話を促す友人に、魔銃の購入を検討しているのだと話す。
この件に関しては、ラウラも初耳であった。
魔銃と聞いて思い付くのは、先日、隣国より訪れたセフィだ。そういえばあの時、えらく魔銃を気に入っているようであったが。
「魔銃って、魔力を使って撃つモンじゃなかったか? 蜥蜴さんが使うのか?」
「や、自分用に。戦闘用じゃないんだけど」
首を捻るバルトロに、「最近、魔力量が増えたようで、身体が重い」と告げた。確かに近頃は、ラウラへの契約料を払っても、まだ余裕があるようだ。でなければ、あの時、セフィの魔銃は撃てなかったはずだ。
「身体が重いと、剣が鈍るからな。朝に数発撃って使い切ってしまいたいんだ」
「……なんだそれ」
流石のバルトロも呆れ気味だ。緊急時のために残しておくって頭は無いのかね、と零せば、身体の動きが鈍って窮地に追いやられたら本末転倒だろ、と言い返す。
その前に、魔力があると身体が重い、という考え方自体が、魔力を主として動いているラウラには理解し難い。
「それに緊急時には、蜥蜴っ子もいるしな」
だから大丈夫、と言われたら、ラウラとしても口を噤む他ない。
一般の方々は、蜥蜴がひとに変われば、動揺します。狼がひとになってもビックリするはずです。




