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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第4章 魔界 過去編
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「団長に報告してくる。ラウラは彼らと一緒にいてくれ。積もる話も……ある、よな?」

 無い。そんなものは無い。

 大体魔界人が顔を合わせたところで始まるのは、手合わせだ。昔話なんて柄じゃない。


 ──だから、ついていく。


 とは、言い出せない“何か”が、その時のルドヴィーコにはあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「事情は分かった。魔界人、なぁ」

 そりゃあ強そうだな、と笑い飛ばす。相変わらずの豪胆だ。それだけか、と声を掛けたくなる。自分も人のことは言えないが、しかしルドヴィーコとドナートでは立場が違う。

 その気持ちは眼差しに表れていたのか、ドナートはにんまり笑う。

「ここは元々、“訳あり”連中が集まるところだからな。──な、ソフィアよぉ」

「そうですね」

 ドナートからの意味深な振りをさらりと流すのは、副団長たるソフィアも、美麗な見た目に反して肝が据わっているからだろう。例によって頑丈そうなゴーグルを付けているため、目から感情を読むことはできないが、平然としていることは分かる。

 配属先がここで良かった、と喜ぶべきところなのか。他の場所ではこうはいかなかったはずだ。


「だがな、ルドヴィーコ=クエスティ。ひとつだけ確認する」


 空気が変わる。答えをひとつ間違えれば取って食われる、そう感じてしまう程の、威圧感。

 ギラリと光った獰猛な眼差しが、ルドヴィーコを射抜いた。

「お前の使い魔は、魔界の姫だと言ったな。もし魔界の連中が、人間界に攻め込んだら、お前はどちらにつく」

「──どちらにも」

 不思議と、迷いはなかった。

「俺の相棒は蜥蜴だけです。彼女の隣に並びます。それだけははっきりしています。……可能な限り、大切な人達を護りたいとは思いますが」

「場合によっては、俺に歯向かうということか」

「はい」

 目を背けそうになる。その衝動を堪えて、真っ直ぐに前を見た。ここで引いてはいけない、と本能が告げていた。

 額に汗が浮かぶ。その状態で、しばらく。


「──がっはっは! そうかそうか!」


 威圧感が消えた。はっ、と息を吐く。「大丈夫ですか?」と無表情なまま、ソフィアに訊ねられ、首肯で応える。声を出す気力は、まだ無い。

「結構、結構! そのくらい気概がある方が良い! その時が来たら遠慮無く掛かってこい、全力で潰してくれるわ!」

「いや、それは、ちょっと……」

 もしこの山のような男が目の前に立ったら、潔く逃げよう。ルドヴィーコは心に決めた。意気地無しと言われようが、構わない。この人は殺しても死なないような気がする。そんな相手に奮闘するのは不毛だ。正面きって剣を振るうことだけが戦いではない。


「しかし、何故貴方はそこまで使い魔に執着を?」

 一人大笑いをする上司に目を向けながら、ソフィアは訊ねた。

 意識して自然な笑顔を作る。昔からよくやっていた。朝飯前だ。

「理由は重要ではないのでは。知ったところで何が変わるわけでもない。団長も気にしてないようですから」

「……確かに全く興味が無さそうですね」

 会話に入ってくる素振りすら見せないドナートを、二人揃って眺める。興味が無いことには、とことん何をする気も起きないらしい。だから机の上に、あんなにも大量の書類が溜まっているのだ。


「そういえば」

 ジャンカルロから預かっていた薬を取り出す。任務が終わった今、自分が持っているのもおかしな話だ。ガイルから受けた『もしも自分たちが失敗した時』のことも含め──けれど誰が受け渡し人だったかという情報は伏せて──薬を受け渡された時の話をすれば、ドナートは受け取った薬を顔の前に掲げた。彼の太い指が薬の入った瓶を持つと、えらく小さく見える。

 ふん、と強い鼻息。

「お前が持ってりゃいい」

 世界的にもかなり貴重な薬だというのに、ドナートはそれを、ルドヴィーコに向けて無造作に放る。慌ててキャッチしたので事なきを得たが、落としていたらどうするつもりだったのだろう。


「“殿下”がお前に託したっつーことは、そういうことだろうよ」


 薬を渡しに来た相手がジャンカルロであったことは、話していないはずだが。おそらくクルトから報告が上がっていたのだろう。あるいは、“別ルート”で情報を仕入れる先があるのか。

「そいつは、この国、いや、世界一の万能薬だ。大切に持っておけよ」

 渡された意味を、噛み締めろ。そう言われているようにも思った。

 手の中にある小瓶を見下ろす。こちらの胸中を知ってか知らずか、厄介な枷を嵌められたものだ、と苦笑する。


「……報告は以上です。それでは、俺はこれで」


 旗色がよろしくないことを勘付き、さっさと退室することを決める。手の中に潜めたソレは、自分には妙に重く感じる。

 ルドヴィーコは団長室の扉を閉めると、しばらくの間、瞑目した。



『何故貴方はそこまで使い魔に執着を?』



 頭の中で、繰り返される言葉。

「ほんとに、なぁ……」

 答えは、出ているようで、出ない。もう少しで掴めそうな気もするのに。長く息を吐くと、前を向く。

 ともあれ相棒を迎えに行かなければ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 扉の前で立ち止まる。音は聴こえなかった。人の気配も感じない。


 ──扉の向こうには、誰もいないかもしれない。


 その可能性も、考えていた。それならそれで、仕方がない。

 少しの覚悟を胸に、開け放つ。果たして、白銀の髪を持つ少女──いや、もう“女性”と称すべきか──は、そこに立ち尽くしていた。髪がふわりと揺れる。縦長の瞳孔を持つ金眼が、ルドヴィーコの方を向いた。

 身体に付着した血液は、既に乾いているようだ。頰に固まった赤を貼り付けた彼女に、しかし恐れは抱かない。単純に、そこにいたことに安堵する。


 ──ただ、それはそれとして。


「この惨状はなんだ?」

 壁が若干、傷付いている。その近くにはひしゃげた椅子が落ちている。あれは修理しても、もう使えないだろう。他にも大破した物が多数……。

 問われたラウラが慌て始めた。


「私じゃないぞ! いや、三割……? くらいは私だが、それ以外は違う!」

「ふーん。犯人は帰ったのか」

「……あ、あぁ」


 自分じゃない、と言いつつも、同郷だからなのか、それともなんだかんだで暴れたメンバーに自分が含まれているからか、ばつが悪そうな顔をしている。

 部屋を確保した時から、こうなることは半ば予測できていたので、今更どうというわけではない。修理費や家具の購入費は給料から天引きされるだろうが、致し方ない。


「じゃあま、さっさと片付けて身体を洗うか」

「え、あ……?」

「血の臭い、嫌いなんだろ?」


 ぱちぱちと目が瞬く。その後、素直にこくんと大きく頷いた様子に、笑みを浮かべた。

 二人掛かりで取り掛かれば、片付けはすぐに終わった。人型から蜥蜴に戻ったラウラは、当然のようにルドヴィーコの肩に乗る。

「ジーノ」

 呼び掛けに、どうした、と応える。

「その、……これからもよろしく頼む」

 改めてそう言われるとは思っていなかったため、多少面食らう。

「あぁ、こちらこそ。よろしくな、蜥蜴っ子」

 手の甲で、蜥蜴の口先にタッチする。挨拶を返しているつもりなのか、蜥蜴は舌を出し、チロチロとルドヴィーコの手を(くすぐ)る。


 いつも通りの──今となっては“当たり前”となったその触れ合いを楽しみながら、ルドヴィーコは足を緩やかに前へ進めていった。


第4章 魔界 過去編[完]




読んで頂き、ありがとうございます。

主人公二名が、改めて相棒として歩き始めたところで、幕を落とします。


さてさて、物語はこれにて折り返し地点。後半に突入!

三桁……実はいかないかもなぁ、と最近の進み具合をチラ見しつつ。

後半もがんばります。お付き合い頂けたら幸いです。

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