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「まあそんなわけで……私が出るなら、どうせなら一気に潰してやろうと思ってな。反乱軍を一箇所に誘導して、壊滅に追いやったまでは良かったんだが」
ははは、と笑って誤魔化す。
やつら、本陣が倒れてもまだなお降伏しなかったのだ。元々大義がある訳でもない輩である。要は暴れたいだけだ。「トップが倒れた? 主戦力の部隊がいない? それがどうした」という具合だ。降伏も何もあったものではない。
残党(と呼ぶべきなのかも、もはや不明だが)処理に追われていたら、しまいには乱闘になっていた。
まさか味方まで寝返って戦いを挑んでくるとは思わなかったのだ。曰く、これに加わらねば後悔する、と本能が疼いたらしい。脳筋ここに極まれり。巻き込まれたこちらとしては堪ったものではなかった。
「ああ、だから倒れた味方にまでラウラ様の魔力の残り香が付いてたんですね」
セルジュが納得したとばかりに手を打った。
予定外の戦闘に入ってしまったが、しかし、誇り高い魔界人が、尻尾を巻いて逃げる真似などできるはずもなく。
昼頃に開戦したはずだったのに、気付いたら、朝日が出ていた。しかも昇ったばかりではない。結構な位置だった。
あと、いつの間にか竜の姿になっていた。
「ちょっと待て。竜?」
ルドヴィーコが話を遮ると、ラウラは小首を傾げた。
「ん、そういえば言ってなかったか。蜥蜴と人型以外に、竜にもなれるぞ! 一番本能的な姿で、かつ一番燃費が悪いけどな!」
「……へえ」
「ジーノなら、背に乗せてやってもいい」
「それは面白そうだ」
興味があるらしい。目が輝いた。同時に、その言葉を聞いたセルジュから、不穏な空気が流れ出ていたが、気付かなかったことにした──実のところ以前に一度、彼の意識がない時に乗せたことがあるのだが、黙っておこう──。
閑話休題。
焦げた臭いが漂う中で、「あー、やっちゃった」と思った。暴れ回っている最中に気が高ぶって炎を吐いたような記憶が、無いこともなく。
「──流石の私も、一晩中付き合っていたら魔力切れを起こして、な」
本当に、スッカラカンだった。そのまま放置したら、死に至るであろうレベルでまずかった。人間と違い、魔界人は魔力がなくなれば死ぬ。
魔力不足で意識が朦朧としていた。戦争が終わったかどうかすら分からず、自分以外に動くものがいない中、しまいには気まで弱り果て、自分が原因で戦争が起こるようなら、いっここのまま朽ちるかと、殊勝にも考えた……が、それもやっぱり馬鹿らしい気がして、止めた。
何故自分が馬鹿どものために気を遣わねばならぬのか。嫌だ、あー嫌だ。納得いかない。
とにかく移動できないことには、どうにも困る。
気を取り直して省エネモードの蜥蜴に変身し、さあ動くか、と一歩踏み出したところで──ルドヴィーコに召喚され、今に至る。
「以上が、私の知り得ることだ」
ラウラは腰に手を当て、胸を張った。
しかしすぐにしゅんと項垂れる。
「あの地に住まう者には、悪いことをした。さぞ今も困っているだろう」
なにせあれだけ壊しまくったのだ。
生活拠点を奪ってしまった、と。ラウラは深く反省し、大きく息を吐いた。自分とて巻き込まれた身ではあるが、責任の比重は大きいだろう。これでも責任者たる自覚はある。
顔を曇らせたラウラを見て、はてとセルジュは首を傾げた。
「むしろ、ラウラ様がご降臨された地として、栄えていますが」
「は!?」
目を剥いた。ご降臨? 栄える? ぽかんと口を開けたラウラに対して、セルジュはにこりと笑う。
「ラウラ様が破壊した場所を巡るツアーとかもありますし。あと、新設された中央広場には、ラウラ様の像もございますよ。──もちろん貴方様の魅力を、あんな像ごときが表現しきれるはずもないのですが、しかしこれがなかなかに、私が、この私が! 認める程に出来栄えが良く! いっそ奪、」
「うぜぇ、黙れ」
ヒートアップし始めたセルジュを、真顔のヴィゴールが蹴り飛ばした。
「何をする、貴様」
「お前が気持ち悪いのが悪ぃ」
火花を散らし始めた二人を一瞥すると、ラウラは「どういうことだ?」とアドルフォに目を向ける。
「俺、行ったことないから知らねーの」
にぱっ、と裏表の無い笑顔。
「お前を頼った私が馬鹿だった」
完全に白けた目をしたラウラは、仕方なくセルジュの首根っこを掴んだ。ぐぇ、と蛙が潰れたような声がしたが気にしない。
「あの地は、悪魔の地とでも呼ばれているんじゃないのか?」
忌み嫌われ、誰も寄り付かなくなっているのではないかと思っていたのだが。
「ああラウラ様、その命名も素晴らしいですね! 今は、破壊の地と呼ばれておりますよ」
「捻りがない!」
加えて言うなら、“悪魔”だろうが“破壊”だろうが、悪印象である。その命名を素晴らしいと讃える男の気がしれない。しかし、そこが観光名所として賑わっていることを鑑みると、自分の感性の方がおかしいのか。そんなまさか。ラウラは愕然とした。そんなことがあって堪るか。
「ちなみに、生死不明のラウラ様がご帰還された暁には、最初に目撃情報があった場所を“復活の地”として観光開発する計画が立っておりまして、」
「止めろ。今すぐ取り止めろ」
ラウラはセルジュの頭を強く揺さぶった。
観光開発やら、そういう頭を使う面倒ごとを率先してやるのは、彼くらいだ。ならばここで彼が記憶を失えば、計画は白紙になるだろう。
「ほらみろセルジュ、姫サン嫌がるって俺ぁ言ったぜ?」
「でも需要があるんです!」
「知ったことか!」
生き恥を晒したくない。
知らぬ間にできていた銅像とやらも、戻り次第、即破壊しよう。“破壊の地”とやらに相応しい行為だ。
ガンッ、と大きな音が響いた。
まるで壁を殴ったような──。
耳を塞いでいるアドルフォが原因ではない。人型の耳を塞いでいるが、驚いて獣耳が生えている。獣耳の方が精度が良いはずだから、あちらの方を塞ぐべきでは。
……否。注目すべきはそこではない。
壁に拳を押し当てた格好で、ルドヴィーコはにっこり笑った。
「ラウラの事情は今、聞いた。さて、あんたらの事情は?」
さっさと言えや。とでも言いたげな雰囲気に、掴み合って戯れていた魔界人は、一同に押し黙った。
あかんです、このメンバー。話が逸れます。
ルドヴィーコさん、ふぁいと。




