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「ヴィゴール、セルジュを運べ」
「あいよ」
赤髪男・ヴィゴールは、倒れていた青髪男の首根っこを掴むと引き摺り始めた。かなり雑な扱いだ。
「アドルフォは……」
剣先に晒されたままの狼は、……仕方ない、自分が連れて行くか。
手を伸ばせば、それが届くよりも早くルドヴィーコが彼の胸倉を掴んで引き起こした。
「お?」
「…………」
「お、お、……お?」
戸惑っているアドルフォの胸倉を掴んだまま、ぐいぐいと引っ張って進んでいく。常とは違う様子の彼に、ジーノ、と声を掛けるが反応が無い。
ルドヴィーコはそのまま部屋の扉を開けると、アドルフォを放り込んだ。手が離れた瞬間に小型狼に変化したアドルフォは四本の足でしっかり着地すると、「なんだよー」と不満気にガルガル唸った。
「何か文句でも?」
彼は笑っているはずだ。
ただ、何か、……ちょっと怖い。
威嚇していたはずのアドルフォの尻尾がくるんと足の間に丸まっている。
「……何してんだぁ」
後から入ってきたヴィゴールが、訝しげに眉を寄せるまで、その状態は続いたのだった。
特に意味は無いが──そう、断じて無い、が──横一列に並んだアドルフォたちの間から、ルドヴィーコはラウラの腕を掴んで引っこ抜いた。途端に、セルジュから悲鳴に似た非難の声が上がる。
「人間風情がラウラ様に触れるなど……!」
「で? あんたらの目的は?」
サラリと無視したルドヴィーコは、この中でまだ話が通じそうなヴィゴールに目を向けた。が、彼も魔界人であることに違いは無い。つまり、面倒は嫌いだ。
「あー、姫サンを迎えに来ただけだ」
それだけ言って、あとはだんまりである。
「……姫?」
先程もそう呼んでいたな、と今度はラウラに目を向ける。どういうことか、と問う相棒に、ラウラは小さくため息を吐く。できれば、外野がいない時に話をしたかった。そう思いながら口を開く。
「私の名前は、ラウラ=ティグ=オーティ。現魔王の娘だ」
ルドヴィーコの目に動揺が走ったのは、一瞬のことだった。彼は大きく、ゆっくりと息を吸い──
「そうか」
──ふ、と笑った。
それはラウラの正体を知ったにしては、あまりに小さな反応だった。途端に不安になる。
「……その。それだけか? 他にないのか? 魔王の娘だぞ?」
「だけど、俺の相棒であることに変わりはない。……変わるのか?」
「か、変わらない、けどな」
「ならいい」
満足気に頷いたルドヴィーコに、でも、とラウラは言い募る。
「ジーノは王族は、……嫌い、だろう。あの双子のことが嫌で、ここに来たわけだし。だから、……私が、魔界の王族だとしたら、その」
しどろもどろになったラウラの髪を、ルドヴィーコの手がぐしゃぐしゃに掻き回した。普段蜥蜴を掴んでいた手は、人型になってもやはり大きい気がした。
「俺が蜥蜴っ子を嫌う訳が無い」
ラウラに言い聞かせるように囁く。小さな声なのに、何故だか絶対的な強さを感じた。
「……それで? この人たちはラウラを連れ戻しに来たって言ったけど、さしずめ俺は姫を攫った誘拐犯か?」
「あー、一概に、そうとも言えない……」
強制召喚であったことに違いは無いが、それを誘拐と呼ぶかは、また別だ。ある一面から言えばその通りだが、別の一面から言えば『保護した』といっても差し支えは無いのだ。
「私は、自分が去った後のことは知らないが、それでも断言できることがある。──事の発端は、この馬鹿が魔界で反乱を起こしたことだ」
馬鹿、と罵られた小型狼は、後ろ足でかっかっと頭を掻いた。「反乱じゃなくて求愛行動なのに」とこの期に及んでフザけた主張をする狼を、ラウラは全力で睨み付ける。
「少々長い話になるが」
そう前置きをして、ラウラは過去を語り始めた。
「現魔王──セルジュ、代替わりをした訳ではないよな? 私の父は、まだ現役だろう? ああ、なら良かった──失礼、現魔王を父に持つ私は、学生時代から割と目立っていた」
「姫サン、あんたは魔王サマがいなくても十分目立ってたけどな?」
早速ヴィゴールが補足する。美貌と絶対的な力を兼ね備えた存在。そりゃあ、目立つ。特に強さを美とする魔界では、格別に目立つ。気付いていないのは本人ばかり、というやつだ。
ラウラはその指摘を黙殺し、話を進める。
「戦いを挑まれる日が続いたわけだが、卒業を境にある程度落ち着いた。その代わり、卒業前は最後のチャンスだとばかりに、長蛇の列が……列どころか、割り込み連発で、やれ自分が先だ、いや自分の方が、とそこらかしこで別の争いが勃発して……ああ、忌々しくなってきた。この話は止そう。
とにかく、沈静化していたんだ。卒業後は、私が魔王城に篭っていたから。城には限られた人間しか入れない関係で、そう気安く勝負も仕掛けられなかったんだろう」
実際のところ、真実は“逆”だ。脳筋どもがあまりにも鬱陶しいので、ラウラは魔王城に篭ったのだ──彼らが入城できないと踏んで。腕を組みながら、当時を思い出す。
「それで私はようやく安寧を得られたのだが、……それをこの馬鹿は!」
急にヒートアップしてアドルフォを睨む。
睨まれたアドルフォは、ぷう、と頰を膨らませながら、不貞腐れたようにゆるゆると尻尾を振った。
「だってラウラと会えないの寂しかったし、ラウラと胸が踊るような戦いがしたかったし。それにラウラは俺の嫁になるんだからなー」
「……つまり、この狼は、ラウラ目当てで反乱を起こした、と」
事情を悟ったルドヴィーコが、ひどく冷めた目でアドルフォを見下ろした。
「その反乱軍のトップがなんでここにいるのかは、私も知らない。……後で説明してくれ」
アドルフォに、ではなく、セルジュに対して説明を求めると、彼は「お望みとあらば! 細部まではっきりくっきりと!」と興奮しきった様子で応えた。
んん、とラウラは空咳をする。
「これの望み通りにするのも癪だが、どうもそうもいかなくなってな。自分も戦いたいと反乱軍に加わる輩が増えに増えて、“人手不足”で私も戦場に出なくてはならなくなった。……魔界人は血の気が多くて困る」
「へえ? 蜥蜴っ子はあまりそうでもなさそうだけど」
「私は理性的な魔界人だからな!」
フフンと胸を張ったラウラに、「あんたスイッチ入ったら誰よりも暴れるだろうが」とヴィゴールがため息と共に吐き出した。
失礼な、私がいつ暴れたというんだ。と言い返したかったが、思い当たることがいくつかあったので、ラウラは渋々黙ることにした。
アドルフォさん、おっきい獲物を仕留めて、雄としての有能性をアピールしようとしたそうです。(仕留めようとしている相手が、まさかの本人)
種族の壁に阻まれ、伝わってません。
ルドヴィーコさんは「娘はやらん!(by父)」の心境、だそうですが……?




