04
別にバレたって構わないのだ。バレたところで、なんの不都合があるというのか。要は、魔王の娘だと言わなければ、蜥蜴が喋って魔法を放ったって良いではないか。
そんなことに気付いたのは、その一週間後だった。
(不都合、なあ……)
何があるだろう。何かあるだろう。
例えば。
魔法だけは駄目だったはずなのに、それまでOKになって、ますます完璧に近付いてしまうとか。そうすると、きっと駄目だと言われようがなんだろうが、国境警備になんて向かわせてもらえないだろう。
でも、それで何故、駄目なのか。いいじゃないか。出世街道だ。
しかし、そう、──そうだ。我が主は嫌がっている。王族の傍に在って、面倒ごとに巻き込まれることを。自分はその願いを叶えたいだけだ。他意なんて無い。
(でも、私も“王族”だ)
しかも、面倒レベルでいったら、きっとあの双子よりも上だ。
ならば、ラウラが離れることが、彼の幸せに繋がるのではないか。どうせ、ラウラはただの蜥蜴だ。しかも主の魔力をただ奪う、タダ飯食らいだ。
(…………)
本当に主を想い、そのために動いているのならば、離れることがいいはず、なのに。
どうしてだろう。
────嫌だ、と思った。
違う。そうじゃない。きっと、そう、彼がなんだかんだで、一人にするのが心配だからだ。完璧だと言われるけれど、時々目覚ましをセットし忘れて寝坊しかけているし、教室の場所が分からなくなって迷っている。心配だ。
かといってその場に蜥蜴がいても、できることは無いのだけれど。
(……………………)
自滅したラウラは、へたりと身体を倒した。
「今日の蜥蜴さんはやけにぐったりしてんな。病気か、飼い主?」
「や、今朝は元気だったけど」
ルドヴィーコは、肩にいるラウラを摘んで、テーブルに移動させた。くたりとしているラウラに、ルドヴィーコとバルトロが、揃って視線を向けた。
(この情けない面を見るな……)
ラウラは更に項垂れた。
(ああ、そうだ。そうだよ。認めようじゃないか。私はこの人間が気に入っているんだ。蜥蜴にも優しいんだから)
こんなどうしようもない蜥蜴を匿ってくれているばかりか、真剣に話をしてくれるのだ。それでどうして、好意を抱かないでいられようか。
(いやしかし、断じて、その……れ、恋愛的な意味の、好き、ではなく……あくまで、人間的な好き! であるわけであってからに!)
はうあー、と心の中で奇声を上げながら、その場をゴロゴロと転がる。
「……蜥蜴っ子が初めての動きを見せている……」
「痒いのか? 寄生虫でも身体についてるのか?」
見ている男二人は、ちょっとどういうリアクションを取ればいいのか分からない、という半笑い状態でラウラを見守る。
「あらぁ、こんなところにいらっしゃったのね」
(っ、!?)
ビクッ、と身体が震え、固まった。天敵の声がした。ルドヴィーコはその声が掛かった瞬間に、ラウラの身体を引っ掴み、いつもの定位置に戻した。
「ジュリア殿下、何か御用ですか」
「ええ。これ、次の舞踏会のお誘いよ」
にこやかな笑顔で渡されたのは、なんとも綺麗な招待状だ。生徒のお遊びレベル、ではない。金箔で縁取られた、最高級の招待状だ。金の無駄遣いだ。綺麗だけれども。
「申し訳ありませんが──」
「あら、国王直々の招待をお断りになる? 本当に?」
「…………」
言われ、招待状に視線を落とす。確かに、名義は国王だ。上流階級の貴族や、著名人が招かれるようだ。一瞬真顔になったルドヴィーコであったが、「謹んでお受けいたします」と恭しく頭を下げた。
その返答に満足したジュリアは、にこりと笑うと、「そうそう」とその細い指先で渡した招待状を示した。
「今回の舞踏会は、ただの舞踏会ではございませんのよ。仮面舞踏会ですの。是非お楽しみになさってくださいまし」
妖艶な笑みを浮かべ、ジュリアは去っていった。
「……さっきの発言、翻訳すると、どうなる?」
真顔のまま、ルドヴィーコはバルトロに助けを求めた。
「さあな。“仮装しているわたくしを見つけてくださいまし”、じゃないか?」
気色悪い裏声を使った言葉に、しかしルドヴィーコは一切反応を示さず、「ああ、なるほど」と至って真面目に返した。
(あるいは、“仮装していても、貴方を見つけますわ”、か?)
違うパターンを想像し、むしろこちらの方がイメージに合っているのでは、とラウラは思った。あの娘は、魔王に攫われて助けを待つお姫様よりも、むしろ喜び勇んで剣を持って出掛ける狩人(勇者ではなく、狩人)の方が似合っている。
「憂鬱だ。さっさと卒業したい」
心の底から疲れた声を出したルドヴィーコを慰めようと、ラウラは冷たい前足で、ぽん、とルドヴィーコの肩を叩いた。小さな衝撃すぎたため、ただの蜥蜴の足踏みと思われ、相手にしてもらえなかったが、それは仕方がない。
この時、ラウラは完全に他人事であった。まさか舞踏会に、蜥蜴を連れて行くとは思っていなかったのである。
嫌そうな顔をしながら準備を進める主を、まあそう嫌がらずに楽しんでおいでよ、と思っているくらいであった。
だから、その当日も、よし行くぞ、と言った主に、いってらっしゃい、と返したのだ。
当然のように手を差し出された時に、初めて困った。
なんとこの主、仮面舞踏会の場に蜥蜴を連れて行く気だったのである。しかも、肩に乗せて。……仮面こそ付けているが、一切、身分を隠すつもりが無い。
思わず固まったラウラに、にこりとどことなく恐ろしさを含んだ笑みを向けたルドヴィーコは、むんずとラウラを掴むと、定位置に配置した。
「俺だと知らなかったから、話し掛けたのだ、とは言わせない。その為だ、協力しろ」
どうやら初めての任務だ。ラウラは、気乗りしない、と思いながらも、大人しくしていることにした。主には普段世話になっている。恩返しの機会など、そんなに訪れない。
ぺたりと萎れていると、「それに、何より」とルドヴィーコは続けた。
「蜥蜴っ子、お前、俺が困っている時に完全に他人事だったからな。いい加減、巻き込まれろ」
(っ、……!)
バレている!
というか、何故蜥蜴の表情が分かるのだ。ピキン、と再び固まった蜥蜴に、ルドヴィーコはくつくつと笑った。
ルドヴィーコさんは、完全他人事モードのラウラさんに気付いていたようです。