39
王女は立ち上がり、国境騎士団に深々と頭を下げた。
「礼も疎かに出立する無礼を、どうかお許しください」
再会の場に立ち会っていたソフィアは、「お構いなく。団長には後で私から伝えましょう。団長に知らせると、大声で何か叫んでいろいろと台無しにしそうなので」と上司をこき下ろした。
ラウラは、ルドヴィーコに対してグルグルと鳴き、胸ポケットへ這っていく。それで言いたいことが伝わったのだろう。あぁ、と声を上げたルドヴィーコは隠し持っていた薬を取り出した。
「ガイルさん、念の為にもうひとつ薬を」
ジャンカルロ殿下──遣いの者から受け取っていたのだ、と伝えれば、しかしガイルがそれを受け取ることは無かった。
「もし我らに何かあったら、その時に……託して欲しい」
何かを言いたげなルドヴィーコは、しかし何も発することは無いまま口を閉ざした。無言のまま頷いた彼は、一歩下がり、十度の敬礼をした。
ガイルはそれに応えた後、蜥蜴に対しても同様の礼をとった。
「貴方の“相棒”にも、感謝を」
あまりに丁寧なそれに、蜥蜴は照れ臭そうに尻尾を動かすと、グルル、と鳴いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
隣国の王女一行は、すぐさま出立した。それを見送るなり、ルドヴィーコはラウラを摘む。
クルトはドナートに報告に行った。その中で、蜥蜴の話もするだろう。その前に直接話を聞いておきたかった。
「さて、蜥蜴っ子。お前の話を聞こうか。その姿でも喋れるんだろ?」
確認のような問い掛けに、ラウラはきょとりと目を瞬かせた。
「……どうして、そう思う?」
「ああ、やっぱり」
ルドヴィーコはくつくつと笑う。カマかけだったのか。まんまと引っ掛かったことが悔しくて、たしたしと自分を掴む指を叩く。眉を寄せた彼は「くすぐったい」という感想を述べたので、効果は無さそうだったが。
「だってお前、ちょくちょく声が漏れてたよ」
「……そう、だったか?」
思い当たることは、残念ながらいくつかあった。分が悪くなったラウラは、黙り込んだ。
「初めは分からなかったけど、自分の周りでばかり起これば、流石に気付く。──常に俺の近くにいるのは、ラウラくらいだろ」
ラウラ、と呼ばれてドキリとする。
なんだか面と向かっている状況が恥ずかしく思えてきて身を捩ったが、蜥蜴の身ではルドヴィーコの指から逃れることはできなかった。
「どうした、ご乱心か?」
ああ、可笑しそうに顔を緩めたりしないでほしい。耐えられないから。
今は、頼まれたって人型にはならない。絶対、顔が赤い。
くったりした蜥蜴を、ルドヴィーコが不思議そうに眺めている。
「で、結局お前は、」
────ブゥオオオオオオオッ
突如、ルドヴィーコの言葉を遮り、砦の警戒音が鳴り響いた。同時にラウラは、懐かしい魔力を察知した。
(いや、まさか。あいつが人間界にいるはずが……)
絶句している蜥蜴を掴んだまま、ルドヴィーコは部屋から飛び出した。向かう先は、砦の入り口だ。
吹き抜けの周囲には、既に他の団員が集まっていた。
「なんだあれは……!」
「狼!?」
「それにしちゃあ──異質だ」
直接戦り合っている団員たちの間で、悲鳴と怒号が飛び交っている。薙ぎ払われた団員の身体が飛んできて、ルドヴィーコの前方にいた数名が巻き込まれた。
視界が開ける。
その先には、なるほど、確かに“異質”な狼がいた。
高さは、三メートルはありそうだ。真っ黒な体躯から、金に光る瞳が覗く。狼は、魔界人の血が騒ぐのか、周囲を武器を持つ人間に囲まれて興奮している。
流石にアレを普通の人間が止めるには無理がある。ラウラと対峙できる人間がいくらいるのか、と問うのと同義だ。
「グルゴォ、ガウゥッ!」
涎を撒き散らしながら巨体に見合わぬスピードで団員を翻弄する狼は、ルドヴィーコの──正確には、ラウラの気配を認め、ピタリと動きを止めた。耳がピンと立ち、尻尾がふぁさふぁさと揺れる。
嫌な予感がするなあ、とルドヴィーコとラウラは同時に思った。次の瞬間、その予想を裏打ちするように、狼はルドヴィーコに向かって飛び──掛かろうとしたところで、突然現れた燃えるような赤髪を持った男が、狼の頭に踵下ろしを決めた。
床に叩きつけた頭を踏み込みながら、赤髪の男は狼を見下ろす。
「お前、何勝手に暴れてんだ」
俺だって必死に我慢してんのに。と苛立ちを隠さずに続いた言葉に、こいつもこいつで問題だ、とラウラは思う。
いやそもそもなんだって魔界でも極めて好戦的な部類に入る二人が、揃って人間界にいるのか。
絶賛混乱中の蜥蜴の身体が、ふわりと浮いた。人の手で、だ。間違っても、ルドヴィーコのものではない手。
そして──
「ラウラ様あああ! こんなところにいらっしゃったのですねこんなクソ汚いところに! ああお労しや!」
──響いた声と、視界の端に入った青い髪。
ああなるほど、二人では無かった。しかしこの人選はいろいろ問題があるのではなかろうか!
唐突に手離された身体が、虫カゴに吸い込まれていくことを認識した瞬間。
ぷつん、と。限界を迎えた。
「ふ、ざけるなーーーーっ!」
人型に変化すると、むんずと虫カゴを掴み、青髪男の顔面に投げ込んだ。至近距離からの攻撃を真正面から受けた青髪男は、グホォッ、と鈍い悲鳴を上げて後ろに倒れる。「姫サンよくやった!」と赤髪男から心底嬉しそうな声が上がった。お前、仲間だろうが。踏み潰されている狼に至っては「やっぱり! 俺のラウラ!」と尻尾をぶんぶん振る始末。もはや青髪男はアウトオブ眼中のようだ。チームワークという言葉を、彼らは知っているのだろうか。
しかしとにかく許せないのは、青髪だ。
「私を……私を虫扱いだと!?」
怒りを爆発させているラウラに気付いていないのか、狼が彼女の背後ではしゃいでいる。
「ラウラ、なあラウラ!」
ボフンと音を立て人型になった彼は、赤髪男の足から逃れると一目散に走ってくる。目をキラキラと輝かせ、──鋭い犬歯を剥き出しにして、狼の爪を彷彿とさせる手を、振りかぶった。
「俺と結婚しよう!」
ヒュンと音が鳴らしながら空を切り裂く爪を避ける。
この馬鹿、昔から愛情表現と戦闘行為が直結しているのだ。好きであることを伝えるために攻撃する、という訳のわからない感性を持っている。
連続して攻撃を仕掛けてくる狼をどう黙らせようかと思案していたら、狼の横っ腹に鞘付きの剣が叩き込まれた。
狼の身体が、壁に叩きつけられる。痛ぇ、と呻いた狼の顔面に、剣の切っ先が突きつけられる。
「じ、ジーノ?」
ルドヴィーコは、真顔だった。これまでに見たことがないくらい、顔からは感情が削げ落ち、それなのに怒りの濃い気配が周囲に漂っていた。
ラウラが恐る恐る相棒の名を呼ぶ。彼はそれに反応し、ラウラを一瞥すると、様子見をしている団員たちに、にこりと笑い掛けた。
「お騒がせして申し訳ありません。彼らは俺の知り合いです。片付けは後でさせますので、──少しの間、部屋をお借りしても?」
「だ、だがなぁ」
言い淀む先輩団員の向こうから、「おう、行け行け!」と野太い声が響いた。ドナートだ。傍にはクルトとソフィアの姿もある。
「その代わり、後で話を聞かせてもらうぞ」
にやりと笑う彼に、ルドヴィーコは深く一礼した。
第3章 騎士団 薬運搬任務編[完]
蜥蜴さんを……洗えない。(まだ血塗れ!)
ひとまず場面が切り替わるので、章分けします。
セットみたいなモノですけれどももも。
しばらく説明回かもしれません。ごめんなさい。




