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止めろ、という声と同時に、魔法が放たれたのを感じた。なるほど、蜥蜴の身で当たればひとたまりも無いだろう。正しく息の根が止まるはずだ。
真っ白い手が、魔法を掴む。
養分補給のために食べようかどうしようか悩み、不味そうだから止めた。ヒョイとその辺りに投げると、ぼっこりと穴が開く。
「ん?」
ラウラは首を傾げた。視線が集まっている気がする。なんだ、と目を細める。
身動ぎしただけなのに、「動くな!」と声で斬られる。……鬱陶しい。眉が寄っていく。注目されるのは今更気にするところではないが、行動を制限されるのは気に食わない。
さっさと黙らせてしまおう。
司令塔となっているらしい黒装束の男を見、一歩踏み出す。
「動くな、王女を殺すぞ」
「そうか」
気にせずに近寄る。
「ちょ、待って!」
背後から聞こえたセフィの声に、仕方なく止まる。なんだと目を向ける。
「誰か知らないけど、姫様を害する気なら許さない」
「そうか」
敵の言葉に対するものと同程度の、気の無い返事。そこに、ひとつだけ付け加える。
「でも、あれは当て嵌まらないな」
「え……?」
戸惑いの声は無視する。ルドヴィーコを一瞥し、足元の剣を蹴り飛ばした。トン、と軽く跳躍、一気に距離を詰める。
──気に食わないものを、先に壊してしまおう。
魔力を纏わせた拳を横に振る。王女の身体が悲鳴ひとつ上げずに、まるで人形のように飛んでいった。
「いやああああああっ!」
セフィの悲鳴が響く。頓着せず黒装束に蹴りを放つが、男は次の攻撃を予測していたのか、後方に飛んで避けた。片足で地面に着地し、懐に飛び込む。その速度に相手が息を飲むよりも早く、胸倉を掴んで腹に一発。そのまま地面に引き倒す。
「ラウラ、止まれ!」
名前を呼ばれ、きょとりとした。
「私のことか?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
剣を持ったルドヴィーコに、呆れた眼差しを向けられて、はて自分は今蜥蜴の姿だっただろうか、と頭を捻る。そんな訳はない。それにラウラという名を、彼はどこで……ああ、コレットか。だがコレットが人型ラウラをバラすとも思えないが。
隙を見て死のうとした黒装束の男を、ひとまず気絶させておく。気絶させてから、重たい荷物が増えたことに気付き、殺しても良かったのかもしれない、と後悔した。
「知り合いか、ルドヴィーコ」
「知り合いというか、相棒です」
「相棒……?」
クルトは剣を手にしながら、ルドヴィーコとラウラ、そして蜥蜴がいたはずの場所へ、順番に視線を向けた。まさか、という顔をするクルトから視線を外し、未だ動転しているセフィを見る。ラウラはハァと息を吐くと、ぺしんと頭を叩く。
「いい加減、気付け。見ろ」
ぐりん、と頭を固定する。倒れたまま動かない王女の姿に、彼女は息を飲み、──風が吹いて崩れ去った身体に「え」と声を上げた。ラウラは手を離す。
サラサラと流れていく砂に、セフィは目を白黒させた。そこから復活するのは早かった。
「ガイル隊長、申し訳ありません!」
地面に擦り付ける程に深く頭を下げる。どういうことだ、と訊ねたガイルに「多分、髪か血か……何かを媒介にして姫様の姿形を模していた、のだと思います。つまり、あれは姫様じゃありません」と項垂れた。
「……砦に行くな、というのも、そちらの方が薬を始末しやすいからか」
苦々しく舌打ちをしたガイルに、申し訳ありません、とセフィはしょんぼりと肩を落とす。気付くべきだった、と思っているのだろう。現に取り乱して隙を産んだ面はある。
「どうでもいいが、残党は捕らえるか? 面倒だから殺していいか?」
「……薬を届けることが第一の使命だ」
つまり、余計な荷物は要らないということだろう。よし来た、とラウラは残酷に笑う。鈍っていた身体を動かす良い機会だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それにしても、私がラウラだとよく気付いたな。コレットから聞いたのか?」
返り血を拭う。ラウラは魔界人らしく暴れることは好きだが、戦闘狂と違って血は嫌だ。臭いがきつい。鉄臭い。
「ああ、名前はコレットから。人型になれることは知らなかったけど」
じゃあ何故分かったのだ、と首を捻りながら、ふんふん、と自分の臭いを確認して眉を寄せる。洗い流したい。
むー、と顔を顰めるラウラに、ルドヴィーコが「蜥蜴の時も表情豊かだったけど、人型だと余計に分かりやすいな」と興味深そうに相棒の顔を覗き込んだ。蜥蜴の表情が豊かというのはどういうことだろうか。気になったが突っ込むのは止めた。
「でもなんで黙ってたんだ?」
その問いに、ラウラは困ったように眉尻を下げた。やはり訊かれるか。どこまで話すべきだろう。
ハッキリしているのは、“今は長話をしている場合じゃない”ということか。
「後で話す。砦に向かった方が良いんだろう?」
そうだな、という返答を聞き、ラウラは人型から蜥蜴の姿へと戻った。魔界では当然のように人型、あるいは竜型がメインだったはずなのだが、最近は蜥蜴姿の方が落ち着く。
定位置によじ登ったところで落ち着き、ぺたんと身体を押し付けた。
「無事に戻ってきてくれてありがとう」
王女は砦で大人しく待機していた。震える手を胸に抱え、彼女は真っ直ぐにガイルたちを見据えた。
「ひ……姫様ああああ!」
セフィは緊張の糸がぷっつり切れたのか、涙声で王女に縋り付いた。先程の反応からしても、かなり王女と親密なのだろう。セフィの頭を抱き締める王女も、どこか表情が柔らかい。
しかし、再会とお互いの無事を喜ぶ時間は少なかった。素早く頭を切り替えた王女はガイルの名を呼ぶ。
「貴方がたには負担を掛けますが、すぐに出発します。よろしいですね」
はっ、と短く肯定を示す返事をした。
出発準備は、ルドヴィーコたちが薬を取りに行っている間に進めていたようだ。
薬を無事に届けられても、間に合わなければ意味が無い。先を急ぐ旅である。
刺客が全滅したことが敵方に伝わっていない内に“駒”を進めたい、というのもあるのだろう。
命は大事に……。(本当に)




