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帰りの列車も、物資の輸送に使う貨物列車に乗り込む。
が、しかし。列車は動き出して数分して急停車した。嫌な予感がするな、と顔を見合わせる。ガイルとルドヴィーコの二名で運転席まで様子を見に行くと、運転士が頭を抱えていた。
「やられたー……」
「やられた? どういうことです?」
運転士は、あれをご覧ください、と前方を指差した。線路の上に、大きな岩石が乗っかっている。
「時間があればあの程度、私一人でも退かせるんですが」
それはそれで異常なことである。さすがは砦の物資を運搬する運転士というべきか。
ここで岩を退かして列車を動かすか、否か。しかし、おそらく妨害はこれひとつではないこと、また岩を退かすタイミングで無防備になることを考えると、迂闊なことはできなかった。
運転士も同じくその可能性は十分に考えたのだろう、「貴方がたは別で行った方が良い」と告げた。
「幸か不幸か、今日は砂が酷い。“あちら”としても、上手く身動きできないのは同じです。ここの荷台には、雄のザルダー鳥が何羽かいます。防砂マスクも揃っていますし。それで砦に向かった方が良いでしょう」
ザルダー鳥とは、二足歩行する大型の鳥型動物だ。力強い爪を持ち、人間なら二人乗せて走ることができる。これがまた速い。雌が気性が荒く、雄が大人しい。繁殖期になるとこの性格が真逆になるが、今は繁殖期ではない。
ハイドィル王国では比較的一般的な生き物だが、リヴォーリアス王国では違ったらしい。
「馬のようなものか……?」
「そうですね、馬の方が安定しますが」
ザルダー鳥が全速力で駆けると、乗馬経験者でも気を付けないと舌を噛む。
二人は他の三人のところに戻り、現状を報告した。クルトは聞く前から予想していたのだろう。驚いた様子は無い。ザルダー鳥のことに関しても、止むを得ず、と即座にその案を採った。
防砂マスクを付け、防具を装備する。組分けは、ガイルとランベルト、クルトとセフィ、ルドヴィーコ(とラウラ)だ。
ガイルとセフィはザルダー鳥が初めてなので、別の者と共に乗る。あとは、遠隔攻撃が可能なセフィ、ランベルトを分けた形だ。ルドヴィーコも、ラウラがいるので大丈夫だろう。
一番軽いルドヴィーコ号に荷物を多めに括り、出発した。食料はどの鳥にも平均的に括ってある。
列車で約半日は掛かる距離。ザルダー鳥の足では、一日半といったところか。
砂で視界が悪いが、逆にそれで相手を撒ければ上等だ。
(ま、それも折り込み済みだろうが)
過度の期待は禁物だ。向こうだって、こちらが策を講じてくることくらい予想しているだろう。
三羽のザルダー鳥の群れが、砂嵐の中を駆け抜けて行く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こッ、れ! 乗り心地、悪……うッ」
青い顔をしながら悲鳴じみた声を発するのは、セフィだ。あまり大きな声を上げると舌を噛むからか、小声で唱えられたソレは、せいぜい同乗者であるクルトと、耳の良いラウラくらいにしか届かない。
耐えるしかありませんね、と一片の同情さえ見せずに言い切った同乗者はしかし、それでも未だ幼さの残る彼女を多少は救ってやろうと、手綱を握る手に力を込めた。ザルダー鳥の揺れは、御者の腕にもよる。
クルトの乗るザルダー鳥は三羽の中でも安定している方だ。乗馬が得意というガイルは、既にコツを掴み始めているようだ。ルドヴィーコはというと、器用そうに見えてこういったことは不得手なのか、見て分かる程上下に揺られている。幸運なのは、彼自身は微塵もそれを苦と思っていないことか。常人なら酔って吐いていてもおかしくない。
ラウラは、自分がこういった衝撃には滅法強いことに感謝した。でないと今頃耐え切れずに荒野に身を投げていただろうから。
ん、と自前のレーダーに注目する。前方に、魔力反応だ。人間のものではない。ルドヴィーコに知らせるようにグルルと鳴くと、「敵襲か?」と彼は訊ねる。
何度か、はい・いいえで答えられる質問を繰り返した後、彼は承知したというように微かに顎を引いた。
加速、減速、方向指示という最低ラインの技術はクリアしているルドヴィーコは、速度を上げてクルトの横に並ぶ。
「クルト隊長、蜥蜴っ子が警戒しろと。前方に魔物の気配がします。応戦するのは得策ではないかと」
「……お前、よくその揺れで喋れるな」
呆れを通り越し、感心の域である。
至っていつも通りの部下の表情に、クルトは報告の内容よりも先に、ついポロリとそう零した。
「回避できそうか?」
「はい。一度東に旋回し、正規ルートに戻れば」
「ならそれで行こう。俺は最後尾に回る。先頭は任せた」
「は」
ランベルトにも合図を送り、状況を知らせる。先頭に躍り出たルドヴィーコは砂嵐の先を睨み付けた。
魔界人の目ですら、この砂の中では利かない。無論人間の目では到底魔物の姿は捉えられないはずであるが、お構いなしだ。
グル、と鳴くと、それがルドヴィーコへの合図となった。大きく東──進路方向から見て左へと向きを変えていく。
砂が巻き上がる音の中に、地を蹴る獣の足音が聞こえる。レーダーに引っ掛かった魔物の群れだろう。焦るような距離ではない。
(腹を空かせた魔物と襲撃者が鉢合ってくれると楽なんだがなぁ)
一石二鳥だ、とラウラは嘯く。今のところラウラのレーダーには、それ以外に“魔力を持った生体”はヒットしていない。しかし行きの列車でも直前まで気付かなかった。
何か身を隠す術を持っているのか、はたまた単純に魔力を持たない人間なのか──つまり、レーダーにいないからといって、イコール近くにいない訳では無いのだ──。
ザルダー鳥に揺られながら、晴れない空を見る。願わくば、砦までの道中このままであるように。ラウラには祈ることしかできない。
早い段階で回避したお陰か、魔物の群れと会うことは無かった。夜が近付くと、気温が下がる。一行は、適当なところで進行を止めた。砂は相変わらず荒れ狂っており、防砂マスクとゴーグルが必需だ。
小さく低いテントを立てると、中で交代で食事を取る。食事といっても、持ち運びと腹持ち重視の乾パンなのでさして美味くは無い。ラウラも一口貰ったが、生きるための食事とは無縁の彼女としては、食べなくてもいいや、という感想を抱いた。
見張りは交代制だ。二名一組で行う。ルドヴィーコ、ランベルト、セフィが二時間交代。クルトとガイルが三時間交代。もう一人いたら四時間は睡眠が確保できたんだが、というクルトのぼやきに、流石にここでは蜥蜴は“一名”とはカウントされないらしいと気付いた。
下手な隊員よりも、余程強いのだが。
最初の枠を振られたルドヴィーコは、クルトと共に見張りにつく。砂の猛襲は未だに続く。目は使い物にならない。耳と第六感が頼りだ。
無駄話ひとつせず、黙々と任をこなす。否、喋る気力も無いといったところか。ラウラとて生き物である。一日神経を張り巡らせていたので、疲れも出てくるというものだ。魔界人でそうなのだから、それよりも脆い人間には、更にキツイだろう。
砂の音を聞き続ける。
「ルドヴィーコ」
クルトが、ルドヴィーコに話し掛けた。はい、と彼が答える。
「時間だ、交代」
指摘されるまで、ルドヴィーコとラウラは時間が経っていたことにさえ気付かなかった。一瞬言葉を失った後、はい、ともう一度返事をする。
ラウラはルドヴィーコの肩から飛び降りると、ランベルトの髪を引っ張った。彼はモゾリと身動ぎすると、ゆっくりと目を開ける。それから時刻を確かめ、時間か、と呟いた。
ちなみに彼はようやく姫の姿から戻っている。それまでは何かと落ち着く時間も無かったのだ。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
短く言葉を交わし、ルドヴィーコは寝袋に身を包んだ。ラウラも傍に寄り添う。程なくして、健やかな寝息が聞こえた。それに誘われるように、ラウラもまた夢の世界へ旅立った。
ラウラさんはグルメ。
ザルダー鳥。適当に名前を決めた所為か、ちょくちょく間違えそうになります。再三チェックしてはいますが、間違っていたらお教えください……!
(サイダー鳥とか、サンダー鳥とか書いてあったんです……)




