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その後は、先方も体制を整えることに必死なのか、はたまた襲撃のタイミングを窺っているのか、特別何かが迫ってくる訳でもなく、無事に王都へと辿り着いた。
(薬は、王城に運ばれているのだったか……)
列車の中で共有した情報を頭に浮かべて、ラウラは聳え立つ王城へと目を向けた。
久方振りの王都は、何も変わっていない。平和そのものだ。コレットは元気だろうか、ふとそんなことが、ラウラの頭を掠めた。当然、会いに行く時間など取れないことは分かりきっている。わざわざ友人を危険に巻き込むつもりもない。
王子の治療に必要な薬は、このハイドィル王国においても希少であり、薬草を採取できる場所も辺境だ。今回の“緊急訪問”に先立ち、王城にて必要量を準備する手筈となっている。
人通りの多い広場を避け、裏道から王城へと向かう。刺客はどこに紛れているか分からない。一般市民を巻き込むわけにもいかない。
面倒だな、とラウラは頭を振る。王都は魔法使いも剣士もそこらを普通に歩いている。使い魔が一般的な世界であるので、魔界人すら紛れているのだ。誰が刺客か分からないため、蜥蜴の気配察知は有効ではない。
しきりに頭を振る蜥蜴に、ルドヴィーコが「無理はするなよ」と声を掛けた。言われずとも、と返す。それに、それはこっちの台詞だ、とも思う。自分はイザとなったらどうとでもなるのだ。ちょっといろいろと壊すかもしれないけど。
警戒しながら、王城への道を進んで行く。口数は、自然と少なくなった。
全員が全員、険しい顔をしている。もう少し肩の力を抜けば良いのに、とは第三者だから言えることだろう。
普通に最短ルートを歩けば三十分で着くようなところを、二倍程の時間を掛けてようやく辿り着く。一瞬心を占めた安堵を、抑え込む。何事も気を抜いた時が一番危険なのだ。神経を擦り減らした人間の内、一番歳若いセフィが「ふやぁ……」と息を吐いた。
「おい」
ガイルが注意する。
「あ、ごめんなさい」
慌てて気を引き締め直し、ヨシ、と拳を握り固めたセフィは、次の瞬間、うあ、と間の抜けた声を上げた。頭を押さえ、苦しそうに顔を歪めている。姫に扮しているランベルトも苦しげだ。対してクルトとガイルは平然としている。
突然苦しみ始めた二人を見て、襲撃かと辺りを見渡すが、見える範囲で目立った変化は無い。
ラウラの頭にも、不愉快なノイズが走り続けている。
──これは、対魔力保持者への攻撃だ。
ルドヴィーコはまだせめて残量が少ないからか、眉を寄せるまでで留まっている。
(おい、気付いたか。これは魔笛だぞ。早く止めないと魔法使いが倒れるぞ)
たっしんたっしん、とルドヴィーコの肩を叩く。いつもより強く叩いたからなのか、さすがのルドヴィーコも気付き、「あー、うん分かった蜥蜴っ子。お前も嫌なんだなコレ」と分かったのか分かっていないのか微妙な回答をした。
確かに、嫌なのは嫌だ。ものすごく嫌だ。今すぐ止めろと言いたい。キンキンギーギーと煩い。だが、伝えたいのは、それではない。
術者は、視界範囲内にはいない。笛の音を辿れば良いのだが、それが分かるのは魔力保持者くらいだ。ただ、当人たちは頭を押さえて使い物にならない。
(動くべきか?)
ラウラは逡巡し、笛の音が響く元を睨み付けた。
「──ああ、そっちか」
蜥蜴はびくりと震えた。まさかルドヴィーコが自分の視線の先を追っているとは思いもしなかったのだ。
相棒を見くびっていたのは、どちらだったか。信用していなかったのは、自分の方ではないか?
息を飲んだラウラの前で、ルドヴィーコは一歩大きく進んだ。セフィの方へ。
「すみません、借ります」
手にしたのは魔銃だ。「おいそれは」とクルトが止めるのを無視して、構えた。
確かに最近の彼は魔力量も増加して、ラウラへの供給量も増えた。──ラウラが思っているよりも、ルドヴィーコの成長スピードは速かったようだ。ラウラへの供給分以上に、既に自分自身が自由に使える魔力量が確保できる程に、成長をしている──ラウラが思ったのと同時に、銃口から光が飛び出した。放たれたソレは、曲線を描き屋根の影へと吸い込まれていった。
「がッ!」
鈍い悲鳴と共に、笛が止んだ。見事だ。
魔力の扱いなど、これまで一度もしてこなかったにも関わらず、正確に使ってみせたルドヴィーコに、ラウラは末恐ろしささえ覚えた。
「これ、良いな」
頭痛から解放されたセフィが、即座に「でしょ!」と喜色ばんだ声を上げた。
「ああ、身体が軽くなる。最近少し怠かったんだ」
「え……それは、うーん、なんでだろ」
思ったのとは違う理由に、セフィが鼻白む。
そういえば私を召喚している時も身体が軽くて良いとか言っていたな、とラウラは思い出した。
最近はラウラに払う魔力では自分の魔力を使い切れず、彼曰くの『身体が重い』状態になっていたのだろう。そもそも、魔力が無くなって怠いと言う人間はいても、魔力があるから怠いと言う人間は、これまでルドヴィーコ以外お目に掛かったことが無いが。
「今のは……いったい」
眉を寄せるクルトに、「おそらく」とランベルトが頭を振りながら答えた。
「魔法使いに対する攻撃でしょう。目的は……」
彼はガイルを見た。
「“本物の”姫様は、魔力は持っていますか?」
「いや、姫は……──ああ、畜生! そういうことか!」
くそっ、と口悪く悪態をついたガイルは、急げとばかりに足を早めた。
先程の攻撃は、“状況を把握するための”敵の策だ。あちらとて初めから完全には信じていなかったであろう策は、今、確実に見破られた。少なくとも、ここにいる“姫”は偽物だと。
焦る彼を、クルトが止めた。
「偽装を知られても、やることは変わらない。薬を運ぶことは、重要な役割だ。ことを焦って失敗する訳にはいかない。そうでしょう?」
「…………」
「た、隊長。そうですよ、落ち着いてくださいよー!」
セフィに服を掴んで止められ、ようやくガイルは落ち着きを取り戻したようだった。がしがしと頭を掻いて、大きく息を吐く。
それから、仕方がないとばかりに苦笑した。
「お前に落ち着けと言われるとは、俺も落ちたもんだ」
「あーっ、し、失礼な〜っ!」
ぷくっと頬を膨らませたセフィは、ふん、と顔を背けた。その様子に少し和んでから、各々が気合いを入れ直す。
ふと、ランベルトが小首を傾げた。
「あの、バレたのでしたら、これ、もう脱いで良いですか?」
「悪いが着替えてる時間は無い」
「似合ってるからそのままでもいいと思いまーす」
クルトから止められ、セフィから褒められ(男としては嬉しくない)、ランベルトは撃沈した。これで参上するのかとまだぶつぶつ言っている。
彼にとって幸運だったのは、秘密裏での取り引きということで、公の場には出なくて済んだことだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「王より、こちらを預かっております」
渡された袋の中身を検分する。
確かに受け取りました、とガイルは頷いた。
王の代理人だという男は、一見するとただの文官だ。だが、帽子の影から覗いた双眸に、ルドヴィーコは悲鳴を上げそうになった。ラウラもぽかりと口を開ける。
(……馬鹿王子?)
文官に扮していたのは、ジャンカルロその人であった。
「貴方がたの旅路に、祝福を」
静かに祈りを口にしたジャンカルロはチラリとルドヴィーコに視線を流し、ニヤッと笑った。励めよ、と言いたげだ。
この分では、近くに置くことを未だに諦めていないと見える。ルドヴィーコは無言で彼から目を逸らした。従順たる使い魔もそれに従う。
薬を無事に受け取ると、偽王女一行は踵を返した。最後尾のルドヴィーコもまたジャンカルロに背を向けたが、グイと肩を掴まれる。
「念の為だ。こっちも持って行け」
ソッと渡された袋の重みに、ルドヴィーコは驚いた。一瞥すると、先程と同じ袋に入った物であることが分かる。おそらく、どちらも中身は同じ。
何故、と訊ねる前に答えを導き出した。希少性の高い薬ではあるが、国の今後を左右する問題の前では、些細なことである。
何も言わずに、首肯で応える。
最悪、どちらかが残れば良い。
どこで敵方が見ているかは分からない。もうひとつの薬のことを悟らせないためにも、このことは、砦に戻るまではルドヴィーコと、それからラウラのみで秘密にしておくことにした。
久方振りの殿下。
連載当初は、ちょい役だったはずなのに。




