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風穴があいた天井を見上げる。
「あれ、どうしますか」
ルドヴィーコの言葉に対する、周囲からの答えは「放置」だった。どうせ修繕しても、また壊れるのだ。変なものが投げ込まれても困る、と簡易のネットだけ張っておいた。網目の小さいものなので、そうそうすり抜けては来ないだろう。おそらくは。
「ただ、穴は天井だけじゃないけどな」
「う、煩いですよー」
そこら中に穴を開けた張本人は、ぷくー、と頬を膨らませてソワソワしている。「仕方ないじゃないですかー。あの非常事態でそんな制御できないですよー」と自己弁護をしながらパタパタと足を動かす彼女に対して、「それができてこそ一人前だな」とガイルが厳しい一言を向けた。
「でも銃ですし、場所的にも流石に難しいのでは」
ランベルトがフォローも兼ねて口にしたが、「魔銃は本来、込める魔力によって距離も含めて制御可能だ」というガイルの言葉に、押し黙った。なるほど、それなら確かに、技術不足、なのだろう。
ますます膨れたセフィは、「いいですもーん。そもそもあたし、戦闘要員じゃないですしー」と口を尖らせる。「ほざけ。それは建前だろうが」と低く唸るガイルも何のその、という具合だ。
「随分と気心知れた仲のようですが、お二人はどういったご関係で?」
クルトの疑問に、二人は顔を見合わせた。嫌そうな顔をしている。
しばらく間が空いてから、セフィがボソボソと答えた。
「いちおー、師弟関係、みたいなー?」
認めたくはない。と言わんばかりの発言だ。師弟関係にしては、扱う獲物は随分と違う。首を傾げた他の三人(と、蜥蜴一匹)のハテナマークを解消するように、ガイルが後の言葉を継いだ。
「育ての親みたいなもんだ。実際に戦闘技術は教えちゃいない。ま、基礎体力は俺が指導した結果だが」
「あはは、もう二度と受けませーん」
相当きつかったのか、セフィが笑いながらガイルと距離を取った。
小声で「適当な男に嫁がせて安定した生活を送らせるはずが、まったく、どうしてこうなったんだか」と呟き、肩を竦めたところを見ると、子に向ける愛情はあるようだ。
それ以上の追及を避けるためなのか、「にしても、よく似合ってるな」とランベルトの格好に矛先を変えた。
話題の変更先であるランベルトは苦虫を噛み潰したような顔だ。似合っているなんて言葉は、褒め言葉にはならない。
「そうでもありませんよ」
ふ、と顔を背けたランベルトだったが、次の言葉に、動揺が顔に出た。
「立ち振る舞いも、貴族の娘のようだ。参考にしている娘でもいるのか?」
他人にとってはなんでもないようなその質問は、彼の“心”に踏み込む発言だったのか。目を泳がせた彼は、しかし過去だんまりを決め込んだジェラルドのような胆力は無かったのか、観念したように、息を吐いた。
「……妹です。私は、貴族の出ですから」
「なるほどなあ」
ガイルはそれ以上の追及はせずに、話を閉じた。
静寂。
ガタゴトと、列車の動く音だけが響く。ラウラは、不意に違和感を覚えた。微力だが、魔力を感じる。チロチロと舌を出し入れしながら、周囲を窺う。
「どうした、蜥蜴っ子」
いち早く変化に気付くのは、ルドヴィーコだ。
警戒態勢に入り、腰の剣に手を当てると、さりげなくランベルトを護るように移動する。
ラウラの耳に、微かにカサッと何かが動く音がした。人間の耳には聞こえていないようだ。蜥蜴は主人の肩を這って反対側へと移動し、音が聞こえた方向を見て舌を出す。言葉こそ交わさないものの意思疎通は上手くいっているようで、ルドヴィーコはそちらを警戒する。
音が近付いてくる。ルドヴィーコの警戒を見て、他の者も気を尖らせている。
物資が入った木箱の陰から出てきたのは、── 一匹の鼠だった。
「って、なあんだ、鼠かー。もー脅かさないでくださいよー」
ふー、とセフィが安堵感から息を吐く。他の者たちが緊張を解く中、ラウラはまだ鼠を注視していた。ルドヴィーコも蜥蜴の様子を見て、態勢を変えない。
一直線にこちらへ走り寄る鼠に対し、ルドヴィーコが剣を抜こうと動いたその時──
(あ、これ触るとマズイやつだ)
鼠の“状態”を悟ったラウラは、迷うことなく、瞬間的に口から炎を吐いた。
まるで意思を持ったかのような炎は鼠を掴むと、更に炎上する。鼠は叫ぶことすらせずにその場で朽ちた。
「……蜥蜴っ子?」
蜥蜴の隠し芸に、ルドヴィーコが蜥蜴の姿を窺う。けふ、と煙を吐いたラウラは(これくらいなら許容範囲だろう?)と首を傾げてみせた。
「うわ、丸焦げ……って、あれ」
「うん? 魔力の気配?」
魔力持ちのセフィとランベルトが、もはや燃え滓となった鼠の骸を見て、首を捻った。
正確にはルドヴィーコも魔力保持者のはずだが、彼は元々“魔力”には鈍感なのか、気付いた様子は無い。
「魔法の残り香……“支配”魔法ですね、意思ある者には掛けることが難しい」
ランベルトと考察に、つまり? とクルトが先を促す。
「元々死骸だったものを操っていたのか……この状態では、もう分かりませんけど」
真っ黒な鼠を見下ろし苦笑した。
完全に焼き切ったが、焦がす程度の方が良かっただろうか。グル……と困ったように鳴けば、「問題ない」とルドヴィーコが蜥蜴の頭を撫でた。
「ジーノさん、蜥蜴と喋れるんですかー?」
やり取りを見ていたセフィが、多少引き攣った笑いを見せる。そういえば、彼女は最初から爬虫類に苦手意識を持っているようだった。
「喋れはしませんが、行動の意図はなんとなく。……ま、分からない時もありますけどね」
いったい何を思い出しているのか、ルドヴィーコが突然くつくつと笑う。そんなに恥ずかしいことをした覚えは無いのだが。いったいなんだというのか、ラウラは腹が立って、自分の頭を撫でていた指をカプリと噛んだ。いて、と声が上がる。ふんだ。
「それよりお前な、……蜥蜴に負けてるぞ」
ガイルが示した先では、燃えた鼠以外のところは、ちっとも焦げていない。セフィは「うわー、規格外な蜥蜴ですね」とげんなりした顔で呟いた。
列車がボロボロになっている。




