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数日後、マリリア王女の一行が、砦に無事辿り着いた。総勢五名の一行だ。
マリリア王女は、髪も肌も汚れていたが、その瞳だけは、決意に満ちていた。
「此度はご協力に感謝致します」
「そのお話は、正式にご訪問頂いた際に是非お聞かせください」
ソフィアが端的に言い、話を切る。実際問題、入り口で長居をされても困る。
団長室に案内し、ルドヴィーコ達と顔を合わせた。
「よくぞご無事で。この度、“王女一行”となります、三名です」
残りの二名は王女一行より、と付け加えてからの紹介だ。クルト、ルドヴィーコ、ランベルトが前に出る。その順に視線を動かしていった王女は、ランベルトを見て、ピタリと動きを止めた。
「まあ! ええっと……」
言いにくそうにしている。無理もなかろう。
「うちの団員で、狙われても自力でどうにかできる女といったら、こいつくらいなんですがね、いかんせん背格好が違うんで」
王女は、平均よりも背がある。対するソフィアは、(普段は威圧感でそうは見えないとはいえ)むしろ小柄な方だ。目を白黒させている王女は、「はあ……それで、ああ……」と驚きと納得を合わせたような声を発した。
ぽん、とルドヴィーコは、ランベルトの肩を叩く。女物の服に身を包んだランベルトは、引き攣った笑みで「精一杯務めさせて頂きます」と言った。
──王女の身代わりを、誰が為すか。
それを考えた時、確かに、妥当な人選ではあった。
“女のように”綺麗な顔をしているのは、すぐに思いつく限りで、ランベルトくらいだ。他では、体型的にも顔立ち的にも、こうはいかない。
唯一この作戦に欠点があるとすれば、女装している側の精神疲労が時間に比例してどんどん積み上がっていくことだろう。
同室のジェラルドは、ランベルトの女装姿を見ると、いつも通りの無表情で、「よく似合っていると思う」とコメントした。直後、ランベルトは死んだ目をジェラルドに向けていたが。
初対面の際に、瞬間的にいろいろな言葉を探したであろう王女は、ジェラルドと違い「お似合いですね」は攻撃呪文になることを察したのだろう。賢明な判断であった。
ちなみに、最近になってついてきた筋肉が無ければ、ルドヴィーコが第一候補だったようだ。女らしいとは違うが、綺麗な顔をしている。かつ、医療系魔法使いであるランベルトよりも自衛に関しては優れている。
鍛えておいて良かった、と小声でぽつりと呟かれたことは、おそらく近くにいたラウラしか知らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、予定通りこっそりと砦を出立したルドヴィーコ達は、物資を運ぶ列車の荷台に忍び込んだ。
「何事もなく済めば良いが……」
希望を口にしたクルトは、後輩たちに目を向けた。大きな任務だというのに、二人に気負った様子は無い。ランベルトに関しては、おそらく気負う以前の心の問題なのだろうが。
本当に、何事も無ければ万々歳なのだけれども。ラウラは動き始めた列車の中で考える。
王女側の連れは、既に名を憶えている。ドナート程では無いが、筋肉質な男がガイル。小柄でちょこまか動く女がセフィだ。
女がいるなら、彼女に代わりを務めてもらえば良かったのでは、と思ったが、彼女の攻撃パターンは“目立つ”ため、別に人を立てたい、という事情があったようだ。
襲撃されるのは、砦に残る王女か、それとも運搬班か。運搬班に王女が紛れていると思っていれば、当然こちらが襲撃される。砦で接触した時点で策が見破られている可能性も考慮しなくてはならない。
しかし相手方としては、たとえ王女がいなかったとしても、薬の運搬も無視はできないはずだ。
つまりは、どの道、襲撃のリスクは考えておくべき、ということだった。
ラウラ自身の魔力は、まあ程々、という具合だ。再度竜化することは、少し厳しいか、という程度。
最近はルドヴィーコが強くなるにつれて、供給される魔力も増えている。剣を鍛えていることで、基礎体力も増加しているのかもしれない。もっと強くなれば、常に人型を保っていても問題無い程になりそうだった。
……それは、きっと喜ばしいことなのだろう。しかし何か落ち着かない。
人型を維持できる程の魔力を補給されるならば、蜥蜴型のままなら数日足らずで“満腹”となるだろう。
その供給量は、魔界で生活している場合と遜色ない。
それなら、魔界に帰るべきなのでは。こちらでもあちらでも、同じだ。
逆に、こちらでも魔力に困らないなら、魔界に帰らなくてもいいのでは。
相反する意見が、曖昧にぶつかり合う。蜥蜴は、心を封じ、目を瞑る。
とにかく今は、自分に課せられた使命を果たすのだ。
五感を広げる。ルドヴィーコは、敵レーダーの役割を任された。蜥蜴の力を見込んでの話だ。「頼まれてくれるか」と言ったルドヴィーコに頷いたのは自分だ。
──坑道の時のような失態は、もう見せない。
心に決めているものの、……しかしアレも不可解な出来事だった。魔王の娘たるラウラの五感を欺くなど、普通の魔物にはできっこない。
普通の敵は、こんなにも簡単に分かるのに。
ラウラは、グルル、と低く鳴いた。他の五人が警戒態勢に入る。ばかん、と天井に穴が空いた。
「前途多難だ」
ルドヴィーコがしげしげと見つめながら言った言葉に、まったくだ、と返す。
降ってきた人影から、ランベルトを庇うように前に立つ。背後の負のオーラが増した気がしたが、「“姫”、お気を確かに」とルドヴィーコが小さく声を掛けると、辛うじて“役割”を思い出したようで、身を竦めてみせた。
「邪魔する人は、嫌いですよー!」
セフィが注意を引きつけるように声を発しながら、両手に銃を構える。引き金を軽く引くと、その銃口に光が集まっていく。
魔銃か、とラウラは感心した。
魔界では見ることのない系統の武器だ。人間界の銃ということで、過去に学校で習ったが、実際に見ることはこれが初めてだった。
光が丸い形を取り始めたタイミングで、セフィは引き金を完全に引き切る。バアンッ、と音を立てて光の玉が駆け抜けていく。その軌跡には、光の残滓がキラキラと輝いていた。
襲撃者は、至近距離から放たれた銃にも、柔軟に対応した。それなりの腕を持っているらしいと判断する。
二発目の銃弾が放たれると同時に、他の二人も動いた。クルトは無言で間合いを詰めると、短剣を振るう。ガイルは体術で応戦している。
「第一弾を退けたところで、次に襲われるのは必至だなあ」
出発早々とは。こちらの動きを把握した上での襲撃に、ルドヴィーコは、こんな時だというのに苦笑してみせた。
三人の攻撃をすり抜けた襲撃者が、一人、飛び出してくる。ルドヴィーコは剣で剣を止めると、そのまま難無く蹴り飛ばした。
追撃はしない。その役割は、彼には無い。ひたすらに、“姫”に近付く襲撃者を弾いていく。あくまで撃破するのは別の三人の役目だ。
このフォーメーションは、姫交代する前から変わらないようだ。だからこそ戦い方が目立つ二人──ガイルとセフィが、今回、運搬班に加わったのだという。両者とも、かなり腕の立つ人物であることは間違いない。
(この二人が抜け、本物の王女は大丈夫なのだろうか)
ラウラは首を傾げたが、考えてみたらあちらにはドナートもソフィアもいる。なんの心配も無さそうだ。
そう結論付けた直後に、こちらの襲撃は、襲撃者の撤退という形で幕を下ろした。
窮地に陥ったら魔法で援護しようと身構えていたラウラだったが、結局その機会は訪れなかった。
出番が無かった蜥蜴さん。ちょっと暇そう。ぐるるー。




