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「聞いたよ。大変だったね」
ランベルトに、声を掛けられた。
しかし、実のところルドヴィーコにあまり実感は無い。腹部を裂かれた時には「下手したら、もう起きれないかもしれない」とは思った。自分でも、深い傷だという自覚はあったのだ。
それがどうしてどうなって、腹部を負傷したルドヴィーコを庇いながら魔物を退け、あまつ怪我を完治させた状態で砦まで生きて戻ってくることになったのか。
実はここは天国です、と言われた方が余程信じられる。
ルドヴィーコは曖昧に笑い、腹部をさする。肩の上で、蜥蜴が鳴いた。
大丈夫だ、と返すために右手で蜥蜴の鼻先を突く。ビリ、と右腕に違和感が走った。利き腕は、未だに完治してはいない。それが余計に、腹部の怪我を夢のように感じさせる。
そもそも。
ルドヴィーコが腹部を怪我したことを、周囲の人間は知らないようだった。だからこそ、ルドヴィーコは、自分の腹部が治ったことも、それ以前に生きていることすらも、何かしらの特殊な事情があるのだろう、と考えていた。
ジェラルドにそれとなく訊いてみたが、彼はキッパリと、「悪いが言えない」と言った。隠し事があることを隠してはいないが、明かす気は無いらしい。
「腕、早く治るといいね。それまでは基礎鍛錬だったっけ」
「ああ。……今の時期は、無理を強いると治りが遅くなるらしい」
ぐ、ぱ、と手を動かす。日常生活には支障が出ない程度だが、剣を握るとなると話は別だ。体術にしても、右手に負担を掛けずに、というのは難しい。
「無理はしないようにね」
心配そうな声。
ふと、あの時にも声が聞こえたな、と思った。
腹部の痛みから、夢と現を彷徨う合間で、誰かの声が聞こえた。ジェラルドの声だったような気もするし、そうでなかったような気もする。曖昧な記憶。
「──ああ、大丈夫だ」
その時の“誰か”にも返すつもりで、ルドヴィーコは、にい、と笑った。
(しっかしなぁ……)
それにしたって、とルドヴィーコは思う。ランベルトと別れ、一人で砦を歩きながら。
ぐ、と手を握り、開く。
奇跡的に、命が助かった。──逆に言うと、そうでなければ死んでいたということだ。異常事態だったかと問われれば、そうだ、と答える。しかし、だから斬られて死に掛けたのだ、とは言えない。
自分の使い魔が肩から転げ落ちた時、ルドヴィーコは、それ以外の全ての警戒を解いてしまった。小さな蜥蜴の身体ではあの大きなモグラに潰されてしまうのではないか、と思ったからだ。
“友”が命の危機に瀕している時に、全てを冷静に判断することなど無理だ。しかし、あの取り乱し方は、過剰だった。否、助けたいと思うなら、ある程度冷静にならなければいけないのだ。
「情けない主人だよなあ」
自嘲気味に呟けば、そんなことはない、と言わんばかりに、蜥蜴が舌でルドヴィーコの首を擽った。
「わ、止めろっての!」
堪らず、ルドヴィーコは蜥蜴を摘んで持ち上げた。「擽ったいだろ!」眉尻を上げて言ったが、蜥蜴はケロリとしている。反省の色は見えない。
──元気付けようとしたのだろう。
この蜥蜴は、存外に頭が良いのである。きっと主人が落ち込んでいると思って、そうしたのだ。
しかし。だからといって。
「擽っちゃ駄目。分かったか?」
蜥蜴は、釈然としない顔をしていた。極めて不服そうである。小さい手でぺちぺちと叩かれる。
やれやれ、と肩を竦める。そのまま後ろに下がると、冷たい壁にぶつかった。
「……今回の件で、もっと強くなりたいって思ったよ」
ポツリと溢れたのは、紛れもない本音だ。
「学園一だって、駄目だ。護れない剣なら、駄目だ。もっと、強くなりたい。自分の手で護れるものを増やしたい。──殿下から“ご指名”頂いたくらいだもんな。こんなところで沈む暇は無いさ」
最後は戯けるように笑い、ルドヴィーコは勢いよく壁から背を離した。「そのためにも」とまた歩み始める。ピタリと止まったソコは、団長室の前だ。
「やれるだけのことをやるぞ」
ノックする。
誰何の声に、まず名乗り、それから言葉を続ける。
「この度は、ご迷惑をお掛けし──」
「口上はいい。なんだ?」
逡巡は、一瞬だった。自分の気持ちを言葉にするのは、時として難しい。しかし今は、単純明快な答えが、ルドヴィーコの中にあった。嘘偽りない直球を、投げる。
「──強くなる術を教えてください」
第2章 騎士団 入団編[完]
本編短めなので、土曜にもう一話更新しようと思います。
ひとまず2章は完結です!
お付き合い頂き、ありがとうございます。
★7/10 12:35 誤投稿したモノ、削除しました。
混乱された方、大変申し訳ありません。
教えてくださった方、本当にありがとうございます!




