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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第1章 学園編
3/87

03

 噂をすればなんとやら、だ。

「あら、ジーノ。お久し振りですわ」

「……昨日もお会いしましたね、ジュリア殿下」

 ジュリア=ハイドィル=ベルサーニその人が、ルドヴィーコの眼前に躍り出た。たおやかな笑顔だが、目が狩人のようである。

「そんなつれないことを仰らないで。どうかジュリアとお呼びくださいまし」

「いえ、そのような不遜、ご容赦ください、ジュリア殿下」


 寒いな、とラウラは思った。空気が冷たい。ラウラは、きゅ、と小さな手で服を掴んだ。

「そちらの蜥蜴さんも、元気なようで何よりですわ。どうです、わたくしにも触らせてくださらない?」

 物欲しそうな目が、ラウラに向けられた。ラウラは知っている。過去に彼女がこちらを見て、「綺麗な白銀の皮ですこと。剥ぎたいわ」と呟いたことを。そしてそのことは、ルドヴィーコも知っていた。

 尻尾は再生可能だが、皮は無理だ。剥がれる段階で死に至るだろう。冗談じゃない。本当に。


 以前に攫われた時には、本気で心臓が止まるかと思った。文字通りの意味で。小さい身体でちょこまか逃げて、なんとか助かったのだ。

 この娘は、猫より性質(たち)が悪い。


「申し訳ありませんが、人に慣れない種ですので」

 ルドヴィーコが、触るな、と言わんばかりに半歩下がり、片手で蜥蜴を隠した。そうでもしないと、いつぞやのように掻っ攫われそうだ。

「でも毎日顔を合わせているのだもの、もうそろそろ慣れたのではないかしら」

「まだですね」

「試してみるだけよ。いいでしょう?」

「それには及びません。まだ慣れていないことは、はっきりと、これ以上なく、分かりきっておりますので」


 両者が笑顔で牽制しながら、言葉を交わす。気のせいでなければ、周囲の人間は、可能な限り二人から離れたところを足早に通っていく。関わりたくない、という意思が丸見えである。

 学園の廊下が、半ば通行止めのような状態になっている。周りはさぞかし迷惑だろう。そう思いながらも、ラウラは、この無能な蜥蜴を護ってくれる主に大変感謝していた。はて、使い魔とは本来、主を護るものだったような気もするが。


「殿下、申し訳ありませんが、次の授業の時間が差し迫っておりますので、失礼いたします」

 じりじりと後退りながら、ルドヴィーコは笑顔で言い放つと、もはやこれ以上は付き合わないと、足早にその場を去った。

「やれやれ……蜥蜴さん、お前もなにかと大変だなあ」

 掛けられた言葉に、全くだ、と答える。今は力無き蜥蜴だが、本当は高名な魔王の娘なのだから、皮を剥ぐとか止めて欲しい。


 ちなみに。


 娘の方は蜥蜴に興味があるようだが、息子の方はルドヴィーコに興味があるらしい。

「ジーノ! 手合わせ願おう!」

「申し訳ありません、ジャンカルロ殿下。次は私のクラスは魔法学科の座学ですので、失礼いたします」

 二人目の登場に、もはや付き合っていられない、と彼は華麗に礼をすると、さっさと退散した。

 人間界(こっち)の輩も、一部は脳筋だな、とラウラは嘆息した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「見る者によっては、喉から手が出る程羨ましい状態だよな。将来有望だ」

 バルトロが眉間に皺の寄ったルドヴィーコを見やり、苦笑した。無論、王宮に入れば、の前提条件が付く。ルドヴィーコは皆が疑いさえしない、その前提を蹴るつもりだ。

「お前は羨ましいか?」

「いやー、俺は良いよ。刺されそうだ」

 カラカラと彼は笑う。屈託無く笑う彼は、実のところ剣術はからきしだ。暗殺者など向けられれば一巻の終わりだと笑う。若くして死んでいいからと思う程、出世に興味がある訳でもない。

「程々に楽しく過ごして、長生きして、孫を抱きたい」

「……何をジジくさいことを言ってる」

 まだ十八だろうが。

 呆れた眼差しを向ければ、「俺は本気だぞ」とバルトロはムッとした。

「でも、周りの輩には、お前を快く思わないやつもいるってことは、心に留めておいた方がいいぜ」

 お前のことだから、知ってるだろうけどな。ガシガシと髪を掻く友人に、ルドヴィーコは珍しく微笑んだ。

「忠告、感謝する」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 まさにその一連の出来事が、この状況を暗示していたのではないか、とラウラが思う程、タイミングがよかった(・・・・)


 剣術の実技を終え、程よく汗を掻いた彼が、練習用の剣を教師に返した直後の出来事だった。

 突然、光の槍が、突っ込んで来た。無差別では無い、それは真っ直ぐにルドヴィーコへと向かってくる。

 素早く動いた教師が、自身の腰にあった剣を目にも留まらぬ速さで抜剣すると、ザ、と槍を斬り捨てた。


「警備は何をしている!」

 苛々した口調に、これは人間界では異常事態であるらしい、とラウラは理解した。魔界の学園では普通だ。あそこは基本的にバイオレンスだ。ラウラの在籍中も、力こそ全てだ、とか言って襲ってくる輩が後を絶たなかった。そして教師はそれを止めず、面白がる。

 襲いかかってきた身の程知らずは、心底馬鹿にした上で、地面に沈めてやったが。それにしたって鬱陶しかった。


 思い出したら、当時の怒りがむくむくと湧き出てきた。光の槍が降り注ぐ中、短剣を手にした男連中がばっさばっさと降ってくる。その姿が過去のあいつらに重なり、余計にイラッとした。

 ああ、本当に、本当に、本当に、…………


「────鬱陶しい」


 突風が、全てを吹き飛ばした。

 光の槍も、不届きな侵入者も、等しくその対象だった。

 突然の風に驚いたのは応戦している側も同じであったが、この好機にすぐに気を持ち直した。

「今だ、畳み掛けるぞ──!」

 こうして、襲撃は数名の怪我人を出したものの、死者はゼロで収束した。

「警備が鈍っとる! 直々に鍛え直してくれるわ!」

 剣術学科の教師の、妙な闘志に火をつけてしまったが……。


「実は国境付近の方が、自分の命を護る意味では、良いのではないかという気がしてきたな」

 ルドヴィーコは、無事に寮に辿り着いてから、ラウラに向かって真顔で言った。それは確かにそうかもしれない、とラウラも同意した。ここにいるだけで、こちらにその気がなくとも敵が増えていきそうだ。

 ……ところで。

 つい、人の言葉を口にしてしまった気がするのだが。

 ラウラはちらりとルドヴィーコを見やる。

(……バレて、ないよな?)

 だって何も言われない。

「……ん? どうした?」

 じっと見つめていたら、不思議そうな顔で首を傾げられた。なんでもないよ、という意味を込め、ラウラはぺろ、と舌を出した。




剥がれるのは、嫌です、ね!

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