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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第2章 騎士団 入団編
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 なんだかんだいって、二人とも優秀なのだろう。第三、第四の魔物の群れと次々と遭遇し、普通ならば腰が引けて動けない場面でも、訓練通り──否、訓練以上の動きを見せている。

「ジェラルドは、こういうの慣れてんのか?」

「ああ、ここに来るまでは旅をしてたからな。対魔物も、それなりに経験はある。ただ、こんな魔窟にわざわざ入り込む物好きじゃなかったが」

 そりゃそうだ、とルドヴィーコは返した。こういうところに入るのは、危険を冒してでもお宝を手に入れたいとか、死んでも良いから実力試しをしたいとか、そういう命知らずな連中だけだろう。

 場数を踏んできたように見えるジェラルドは、逆にそういったものとは無縁であるような気がした。


 しかし、意外だ。過去の話は、誤魔化されるかと思っていた。


「旅か……」

 歳はルドヴィーコと同じくらいだろう。旅に出なければならない事情、そこから騎士団に入った事情。当然気になる。気になるが。

 あえて触れずに、別のことを訊ねる。

「旅してた中で一番危険だと思った時よりマシか、この状況は?」

 しばし、間が空いた。

「一人で無い分、マシだな」

「なるほど。はぐれないようにする」

 微かに笑い合い、前に進む。

 あと少しで、出口だ。ラウラは、ここまでくれば安全だろうと、胸を撫で下ろした。


 ──少なくとも。

 ラウラの警戒網には、ソレ(・・)は引っ掛かっていなかったのだ。

 異変に気付いたのは、ルドヴィーコだった。


 微かに盛り上がる土に、彼は眉を寄せた。「おい」とルドヴィーコは、ジェラルドに声を掛けた。

「これは」

 なんだ、と言う前に、一気に地面を突き破り、鋭利なドリルが姿を現した。間一髪のところで、ルドヴィーコが身を翻す。しかし完全には避けきれず、右腕が縦に斬られ、血が噴き出した。くそ、と悪態を吐く。

 姿を現して尚、ラウラの警戒網に、この魔物は引っ掛からなかった。

(なっ、んだ!?)

 ラウラは驚いて、思わず手を離した。

 ルドヴィーコは、急に現れた魔物よりも、自分が斬られた痛みよりも、肩から転げ落ちる蜥蜴に、慌てたようだった。

「ラウラ!」

 その名を。

 何故。


 後から思えば、ラウラが一番動揺していたのだろう。自分の察知能力を潜り抜けた魔物の存在に。


 それは、致命的な隙を産んだ。

 二撃目を避け損ねたルドヴィーコの脇腹から、鮮血が噴き出した。

「ぐっ……」

 くぐもった悲鳴を上げたルドヴィーコは、坑道の土壁に叩きつけられ、その場にズルズルと崩れ落ちた。意識は途切れていないようだが、それも辛うじてという具合だ。

 ルドヴィーコを串刺しにしようとした長い角を退けたのは、ジェラルドの剣だった。しかし彼も、油断を突いたその攻撃で手一杯だったようで、とても負傷したルドヴィーコを庇いながら連れて行ける程の余裕が無いことは明白だ。


 二人でいるだけマシだ。

 ──本当だろうか。

 どちらかが倒れた時、それは負担にしかならない。


 その負担さえ背負おうと、ジェラルドは立ち向かっていた。掠れた声が、ルドヴィーコの口元から漏れる。それは、近くにいるラウラにしか聞き取れなかっただろう。

「…………げろ」


 逃げろ。


 その言葉が、聞こえた。それは、すぐに霧散して──ガクリと、ルドヴィーコの身体から力が抜ける。

(────)

 真っ白な思考回路の中で。

 ラウラは、自分を罵倒した。

 何が。


「何が、最高の相棒……だ」

 怒りに打ち震えた声が、突如として、その場に響き渡った。


 ジェラルドの剣が弾かれる。まるで巨大なもぐらに長いドリルが生えたような中型魔物が、穴から暴れていた。ドリルがジェラルドに迫る。

 その間に。

 ラウラは自分の身体を滑り込ませた。魔力を纏った()で、彼女はドリルを止めた。彼女の手には、傷一つ付いてはいない。

「な……」

 急ブレーキを掛けたジェラルドが、突然現れて素手でドリルを握った女に、目を見開いた。


「下がっていろ。ジーノを頼む。……こっちは、すぐに片付ける」

 横目で一瞥をくれてやると、ラウラはドリルを持った手をグイと上に動かした。中型魔物の巨体が、土から掘り起こされ、簡単に持ち上がる。そのまま壁に打ち付けようとして、我に返った。

「ああ、ここは地下だったな」

 こんなところで地震を引き起こそうものなら、自分たちの身も危ない。

 ふむ、と呟いた彼女は空いた左手で魔力の塊を作り上げると、モグラに似た魔物の頭に打ち込んだ。右手を離すと、巨体は大きな音を立て、地面に沈んだ。


「始めからこうすれば良かった」


 後悔の念に駆られながら、手を払う。それからすぐに、そんな悠長にしている場合では無いことに気付く。

「ジーノ、生きてるか?」

 慌てて傍に寄り、確認する。呼吸が妙だが、息はしているようだ。しかし、まだ安心はできない。ひとまず、手が打てるところから──腕の止血を行うところから取り掛かった。ルドヴィーコの持つポーチから、応急手当てセットを取り出し、手慣れた調子で止血する。……魔界での経験が一番活きるところだ。


「あんたは、何者だ?」

 ジェラルドの警戒心剥き出しの声に、「今はそんな場合じゃなかろうが!」と怒鳴った。半分以上は八つ当たりだ。

 しかし彼は、意外にも冷静だった。ルドヴィーコの様子を見て「確かにあんたの言う通りだ」と肯定の意を示した。


「──フィリンティリカ=ファータ、力を貸してくれ」


 ファータ。それは、妖精だけが名乗れるものだ。

 ぽんっ、とこの場には似つかわしくない、可愛らしい音を立てて、彼女は姿を現した。淡い桃色の、腰まである髪は、まるで綿菓子のようにふわふわだ。宝石のような綺麗なエメラルドグリーンの瞳は、くりくりしている。背中に透明な羽を四枚生やした妖精の女の子は──大体、ルドヴィーコの手くらいのサイズだった。


 彼女は、思い掛けない暗さに驚いてか、目をぱちくりさせてから、きょろきょろと辺りを見渡した。

「フィー、この怪我、治せるか?」

 フィリンティリカは、目の前で横たわるルドヴィーコを……更にその腹から流れ出る血を見て、口に手を当てて非常に痛ましそうな顔をした。ぐす、と鼻を啜る音がした。見れば、フィリンティリカが泣いている。

 随分と感受性豊かな妖精のようだ。

 血の量に怖がってか、一歩も動けないフィリンティリカを前に、ラウラは片膝をついた。

「小さき妖精よ。頼む。我が主を救ってやってくれないか」

 真摯な声に、フィリンティリカは、更に驚いたようにラウラを見た。ひょっとすると、魔界の……それも、最上位魔族だと、気付いたのかもしれない。

 任せてください、と言いたげに、顔にムンッと力が入る。それでも怖いものは強いのか、カタカタと震えたまま、彼女はまずルドヴィーコの腹部近くへと飛んで行った。両手を、怪我の中心にそっと添える。

 彼女が妖精の言葉を呟くと、患部が温かい光に包まれた。




まだ最高の相棒には程遠く……?

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