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ターゲットが切り替わった。
そう判断した瞬間、ルドヴィーコは横に跳躍していた。他の面々も、攻撃に対処するために動く。それらの残像を、大型魔物が長い手で引き裂いた。
着地と同時に地面を転がりながら体勢を整える。肩の蜥蜴も無事に引っ付いている。
手を振り回して暴れている魔物の様子を確認しながら、二班の姿を探す。
視界は依然として悪い。今は無理に対峙するよりも、無事に生きて帰ることを重視しなければ。
不定期に止む砂嵐のお陰で、各団員の大体の位置は把握できた。負傷者一名は、既に戦線離脱している。ジェラルドも無事だ。撤退の合図を見たルドヴィーコは、魔物の動きに注意しながら、魔物の背後に回り込み、上手く移動する。
よし、と心の中で呟いた時だった。
恐怖に押し負けたのか。それとも、好機と見たのか。
騎士の一人が、魔物に剣を振り下ろした。
斬りつけられた魔物は奇怪な悲鳴を上げて、両腕を高速に振り回し始めた。攻撃を仕掛けた騎士の身体が吹っ飛ぶ。
「くそったれ!」
誰かが叫んだ。仕掛けた騎士は、日頃の鍛錬のお陰か、辛うじて受け身を取れたようだ。その身体を別の者が引っ張り起こし、無理に立たせる。魔物は、自分と距離が空いた人間を追わずにぐるりと視線を彷徨わせると、最も近くにいたジェラルドに目をつけた。
一気に距離を詰めた上で振り下ろされた魔物の腕を、ジェラルドが寸でのところで回避する。直後に追撃が迫った。もう片方の腕が、彼を目掛けて落ちていく。剣で防御体勢を取ったジェラルドに、勢いのある一撃が入る。凄まじい音がして──
「なっ……!?」
──ジェラルドの足元が崩れた。
元々脆くなっていたところを、何度も叩かれたため、耐えられなかったのだろう。
それにしたって、このタイミングはない。誰もがそう思った。
この下は、おそらく坑道──魔物の巣窟だ。
魔物の目が、次の獲物を捉えた。
「ルドヴィーコ!」
クルトの声がした。撤退を命じられる、と直感する。
だから、その命令を聞き終える前に、ルドヴィーコは行動した。
横に回転する腕をあえて受け止め、望む方向へ飛ばされる。赤い目とかち合った。不気味な赤い目。くそったれ、と言いたい気持ちは共感できる。倒せないことが無念だ。
そう思いながら、ルドヴィーコは自ら大きく空いた穴に飛び込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地上から地下へは、思ったほどの距離は無かった。
着地と同時に、横に跳ぶ。……どうやら、落ちた瞬間に魔物と遭遇、という事態は避けられたようだ。
「……お前、なんで」
ジェラルドが、ルドヴィーコの姿を認め、目を見開いた。
「下手を打って俺も落ちた。今年の新人はつくづくついてないらしい」
に、と笑ったのは、マスクごしでも分かったようだ。仕方なさそうに肩を竦めたジェラルドが、「無事に戻れた暁には、二人揃って罰が科せられるだろうな。便所掃除の追加か?」と嫌そうに顔を顰めた。
この状況でそれくらいで済んだら儲け物だろうな、とラウラは周囲を気にしながら考える。ラウラの張った警戒網には、至る所で赤信号が点滅している。本来の姿であれば強行突破ハイ終了! と相成るが、そうもいかない。
気を緩めるなよ、と一声鳴けば、ルドヴィーコが周囲を見渡す。今のところ、視界に映る範囲では魔物はいない。
坑道では砂嵐の心配はしなくて良いが、いつ外に出てもいいように、着用したままの方が良いだろう。そうでなくとも、魔物が何を吐き出すか知れない。防具は必要だ。
「この坑道に巣食う魔物って、主になんだったか……」
講習で聞いたような気がする、と頭を捻るルドヴィーコに、大して気負ってもいなさそうなジェラルドが、視線ひとつ動かさないまま答えた。
「哺乳類よりも、爬虫類が多そうだな」
完全に自分の中のイメージを話しただけのジェラルドを一瞥する。
「でも、さっきの大型魔物は、哺乳類からの変体っぽかったよな。皮質的に」
剣で腕を受け止めた時のことを思い出す。爬虫類の硬い感触では無かった。
魔物は、動物がなんらかの理由で変異したものだと言われている。悪感情に乗っ取られた状態だ、と。個体としての意識があるのか、もはや怪しい。
本当か嘘かは分からない。あくまで、学校の授業ではそう習う、というレベルだ。
しかしそれならそれで、少し不思議だ。ああいう生き物は、魔界には基本的にいないのである。魔物を利用している屑は時折いるが。
まあ、悪感情で魔物が生まれるなら、今頃あちらの世界は大変なことになっている。
──それとも、人間界が内包する欲望と、魔界のそれは、似て非なるものなのか。
「さて、どうする。この穴を登るか、それとも別の出口に向かうか」
大型魔物は、地上でドゴドゴと大きな足音は立てているものの、ルドヴィーコたちを追って坑道に入ってくる気配は無い──あるいは、単にあの巨体では穴を通れないだけかもしれないが──。
逆に真上でこれだけ暴れているからこそ、この穴の付近には魔物がいないのかもしれない。
地下に潜っていったものが自分の獲物だという認識はあるのか、穴の周辺から離れる様子は無かった。
アレが徘徊するところに向かうことは、自殺行為だろう。班で立ち向かうならばまだしも、ここにいるのはあくまで新人二人だ。
かといって、すぐに救援が来る可能性も低い。隊長は冷静だ。おそらく“予定通り”撤退をしている。──非情なのではなく、あくまでそれが最善と判断したのだ。
仲間を増やし、準備を整えて戻ってくるには、時間が掛かる。そもそも救援が来るかどうかも、分からない。
どうにか、自力で対応しなければならない。
果たして、地上に出る、という選択肢は有効か、無効か。
最終判断のために、試しにジェラルドが穴から射している光に躍り出ると、穴の上が騒がしくなった。
じ、と上を見上げて立っていた彼であったが、急に後ろに飛び下がった。それまで立っていた場所に、粘着性のあるとした“何か”がべちゃりと落ちた。シュウシュウと煙を上げている。
危なげなく着地したジェラルドが、「上はしばらく無理そうだぞ」と言った。「そうみたいだな」とルドヴィーコも返した。ラウラも同感だ。
生きたまま溶かされるのは、嫌だ。
とすれば、取れる手段はひとつだった。
「蜥蜴っ子、魔物が少ない方向、分かるか?」
訊ねられ、グルル、と答える。
もう行くのか、とルドヴィーコの目を見ると、彼はその思いが分かったように「行こう。暗くなる前にここを抜けたい」と告げた。
服を噛み、進む方向を指示する。
第一陣は小さい魔獣の群れだった。ルドヴィーコとジェラルドは隣り合わせになりながら、剣で対抗する。魔物たちは中間期ということもあり、動きが若干鈍い。これが満月であったなら、こう上手くはいかなかっただろう。
走り抜けながらの、第二陣の到来。同じ生き物の群れだ。こちらも同じように対応し、なんとか撒いた。
近くには大型魔物の気配がするが、道さえ間違えなければ、鉢合わせることは無いだろう。
ラウラは細心の注意を払いながら、ルドヴィーコたちを誘導していった。
改めて読み直すと、なんか文章が纏まっていない……。
が、発熱で頭が働かないので、このままで。
申し訳ないです。
流れは変わらないですが、地の文、後日修正したいですー。
★同日21時
修正しました。