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ハイドィル南部の土地は、ひどく乾いた土地である。今日は妙に砂埃も強い。上官の指示に従い、防砂マスクとゴーグルを着用して外に出る。
国境に聳える大きな山脈が、今回偵察の対象となる場所だ。
道中は、ところどころに岩陰と幹の硬い背の低い木が立っている。
入団して一ヶ月、外に出るのは、これが初めてである。これまでは、砦内での訓練がメインだったためだ。
(……緊張、してるな)
ラウラは、自分が掴んでいるルドヴィーコの肩から、彼の緊張を読み取った。
まあそう警戒せずとも、大丈夫だろう。ラウラの感覚は人間よりも鋭い。何かあれば、彼よりも早く異常に気付けるはずだ。
だから安心しろ、と肩の上で足踏みする。当然、ルドヴィーコにはそんなこと、伝わりっこなくて、落ち着けと諭されてしまった。
山脈近くまでは、二つの班は行動を共にする。クルトをリーダーとして、解散ポイントまで進んだ。
クアーッ! と上空から鳥が鳴く声がした。空を見上げると、黒い影がひとつ。同じ場所をぐるぐると旋回している。
「気を抜くなよ。荷物掻っ攫われることもあるからな」
クルトが警告した。この土地で荷物を失くすのは避けたい。不測の事態があった時に、助かる確率が下がるためだ。ルドヴィーコは、荷を握る手に力を込めた。
しばらく歩みを進め、もうすぐ目指すポイントに着くという頃に、一度休憩を取る。近くに小さなオアシスもあるので、そこの現状偵察も兼ねている。どうやら大型の魔物の痕跡は無かったようだ。クルトの指示で、先輩団員が結果を紙に書き込む。
砂が先程よりもひどくなっている。
「隊長、どうしますか。引き返しますか?」
クルトは、アドアール山脈を見上げた。新人もいる中で、強行することはリスクも伴う。しかし。
「砂は強いが、中間期を逃したくは無いな……」
アドアール山脈に棲む魔物は、一定の間隔で数と強弱が変わることが分かっている。空気中の魔力が多ければ、数も増えて個体の強さも増す。少なければその逆となる。
魔界にも同じように、そういった周期がある。大概の種族が月の満ち欠けに影響している。
どの時期に偵察に来るべきかは目的にも因るが、今回は定期調査で、長期的に結果を見つめ、変化が無いかを調べる。つまり可能な限り過去と同じ条件で実施する必要がある。
目を瞑り悩んだ末に、クルトは「続行する」と決めた。引き返して日を改めたところで、明日には引いているかは分からない。幸いなことに、周囲が見えなくなる程では無い。
予定していたポイントに着くと、各班長は、手を振り合図をした。ここからは別行動だ。
砂の中を、ジリジリと歩く。無論、周囲への警戒は怠らない。
今のところ、魔物は出て来ていない。何事もなく済めばいいが。ラウラは目をパチパチと動かしながら、周囲に気配が無いか探る。特に何もいないようだ。
砂の脅威に晒されたことが逆に良かったのか、危惧していた“後輩いじめ”は無かった。それどころじゃないのだろう。不幸中の幸いだ。
もうすぐ無事に終わる。帰り道も砂の影響が心配だが。
──ガキ……ン
ラウラの警戒網に、妙な音が引っ掛かった。
(む……?)
肩の上で身体を起こし、音がした方を見やる。遠く離れたところだ。
「どうした、蜥蜴っ子」
「新人、私語は慎め」
「は、申し訳ありません」
先輩騎士に即座に謝罪の言葉を述べたルドヴィーコであったが、未だに蜥蜴の動向を気にしている。
ラウラは、更に気配を探った。
既に暴れている様子ではない。機会を窺っている、といったところか。様子見のみで引き下がるかどうかは、不明だ。
位置からすると、二班の方だ。
「グルル……グルルル……」
警戒せよ、と声を発する。
「蜥蜴っ子、何か見つけたか?」
「おい、お前」
今度の先輩騎士の言葉を、ルドヴィーコは無視した。「この野郎……ッ」と憤った先輩騎士は、進行方向に背を向け、詰め寄ってくる。
「止めろ」
鋭い声で止めたのは、五班班長であるクルトだ。
「ルドヴィーコ、どうした」
「蜥蜴っ子が、警戒しろ、と」
毎度ながら、よく読み取るな。呆れと誇らしさと嬉しさを混ぜこぜにした感情で心を揺らしながら、ラウラは肯定するように、グルル、と鳴いた。
「五班か? ……二班、ジェラルドの方か?」
肯定の意で鳴いたのは、後者だ。それを班長に報告するルドヴィーコに、先輩騎士が侮蔑の目を向けた。
「ほんとかよ。たかが蜥蜴だろ。お前ソレ、本気で信じてるのか」
「ええ。俺の相棒は、ここにいる誰よりも、察知能力は長けています」
大真面目な顔で断言する。クルトは両者を見比べた後、「今時点で、二班から緊急信号は来ていないが」と言いながら進行方向を見やる。砂のため、遠くまでは見通せない。
「まずは合流ポイントまで進む。どちらにせよ、それからだ」
そう言い、またゆっくりと歩き始める班長と、フンと鼻を鳴らして背を向けた先輩騎士。ルドヴィーコは、蜥蜴の頭を撫でると、自分もまた歩き始めた。
大きな気配は、未だに様子見を続けているようだ。
合流ポイントに到着したが、二班の姿は無い。元々五班ルートの方が距離は長いはずだが、砂の影響が出ているのだろう。近くまでは来ているはずだが。
──気配が動いた。
「グルルル……!」
一際大きく鳴く。数秒後、クルトが持つ端末の緊急信号が点滅した。
緊急信号は、普通の魔物が出たくらいでは、鳴らさない。その程度なら問題無く対処できるからだ。定期偵察で緊急信号を鳴らす事態になったことなど、これまで無かったことだ。
──直後、空で何かが発光した。あの位置に二班がいるのだ。
「援護に向かう。砂で視界が悪い。気を引き締めていけよ」
クルトの言葉に、隊の全員に緊張が走った。
焦る気持ちを抑えつけ、彼らはジリジリと歩き始めた。
少しすると、小さく金属音が聞こえた。戦闘モードに入っているようだ。
砂埃の隙間から、一瞬、ハッキリと大型魔物の姿が垣間見えた。その異形に、ルドヴィーコばかりか、クルトともう一名を除く全員が息を呑む。
それはとても醜悪な形をしていた。
燻んだ黒に、赤が混じった色彩。
怪しくギラギラ光る赤い二つの目は、目が合えば本能的に身が竦みそうな程、鋭い。
肉がついていないように見える細い体躯は、関節部が奇妙に曲がり、角とも爪とも呼べない鋭い骨が長く突き出していた。全体的なフォルムも、四足歩行の獣と人間を掛け合わせたような、異様な姿だ。
瞳の赤は、砂の中でも目立つ。ぎょろり、としたソレは、ルドヴィーコたちを捉えた。
自分でも何故か分からないのですが、化け物じみたものを書くのが好きです。
文中に改行を入れてみました。
ちょっとは見やすくなったでしょうか。
時間があれば、一話から見直したいですー。