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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第2章 騎士団 入団編
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「だがよ、ソフィア」

 山のように積み上がった書類を摘みながら、ドナートはニヤリと笑った。

「それは、今決定的な衝突を回避してもいずれは必ず起こる。なら、逆に今の内にぶつかった方がいいんじゃねーか?」


 どちらかを喰らわねば止まらないのであれば、それまで。強い方が生き残れば良い。今時点で衝突させると、勝率が高いのは、当然二年、三年の連中だが、果たして……。


「せっかく、ちゃんとした清掃をする団員が手に入ったというのに、残念です」

 心底残念そうに言うソフィアに、それほどまでに汚いだろうか、とドナートは首を捻った。確かに最近の食堂は、前よりも居心地は良い気がするが。はて。

 しかし、それにしても。

「まだ負けると決まった訳じゃねーだろうよ」

「……貴方は、一ヶ月の新人に肩入れしますね」

 来た時には、つまらねー、と言っていたではないですか。小声で反論する。「面白くなっちまったんだから、仕方ないだろ」とドナートはシレッと告げた。

「ヨシ、副団長殿にも了承を得たし、決定だな!」

 がはは! と笑うドナートに、「全面的に承諾した訳ではありませんけど……」と複雑そうな顔をしたソフィアは、防砂を兼ねた頑丈な窓から外を見た。

 今日も鍛錬場では、彼らの訓練が行われている。

 ふう、と息を吐くと、彼女は上司に向き直った。

「さてそれでは、私たちは私たちの仕事をしましょう。さっきから捲ることしかしていないその書類に、いい加減目を通してください」

「お前が目を通したんだろ? もうその通りで良いさ」

「駄目です」

 定例となったやり取りを済ませてから、仕方なくやりたくもない紙を手に取る。「俺も外に行きてーなぁ」と愚痴ったドナートに、ソフィアは容赦なく「それが終わったらいくらでもどうぞ」と言い放った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「と、いうわけだ。分かったか?」

 早朝の鍛錬を終えたところを召集されたルドヴィーコたちは、小隊長であるクルトに呼び出され、初めての仕事として『魔物偵察』の任を命じられた。

 無論、新人組で行くわけではない。

 ジェラルドが所属する二班と、ルドヴィーコが所属する五班が出動する。後方支援隊でもある、ランベルト所属の四班は、今回は任務から外れる。


 元々、難易度は低い任務だ。魔物が巣食う奥地まで行く訳でもなく、単に国境近くの魔物の活動を確認する程度なので、戦闘にすらならないことも多い。

 危険度は低いため、新人の初めての仕事としては妥当だ。

 懸念点があるとすれば。


(……この空気、だな)


 出る杭は打たれる。まさにそれそのものか。

 窺うような視線の代わりに向けられ始めた敵意が、業務に支障を(きた)さないという保証は無かった。その危惧はルドヴィーコ達も明確に感じており、表情には出さないものの、若干表情が固かった。ラウラは内心で嘆息する。

「計画実行は、三日後。各自、心の準備をしておくように」

 心の準備か。

 ある意味で一番困る要求に、ルドヴィーコは肩を竦めた。

 結果的にその忠告は非常に重要であった。心の準備が、必要だったのだ。しかしこの時、ここにいる誰もが(それを告げた上官でさえも)、まさか“あんな事態”が起こるなどとは露ほどにも思っていなかったのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 唯一、初出陣から外れたランベルトは、いつも以上に(しご)かれて戻ってきた同期二人を、自室で出迎えた。

「二人ともお疲れ様。今から掃除だけど、動ける?」

「辛うじて」

 ベッドに片手をついたルドヴィーコが項垂れながら答えた。辛うじて、大丈夫?……大丈夫だろうか。本当に。

 呻きながらフラフラ歩いたルドヴィーコは、しかし部屋の外に出ると、毅然として歩き始めた。痩せ我慢だ。


 この砦にいる“仲間”が、みんながみんな、背中を預けられる対象ではないと、一ヶ月も経てば嫌でも分かった。それならば、弱みを見せることすら、極力避けたい。

 今現在、ルドヴィーコが心から信用しているのは、蜥蜴(あいぼう)を除けば、同僚たる二名のみだった。


 ルドヴィーコの所属する五班には、クルトがいるため、表立った嫌がらせは無いが、ジェラルドのいる二班は、なにかと露骨に敵意を見せてくる。

「俺より、お前は大丈夫なのか?」

「…………別に問題無い」

 バンダナとマフラーの間から覗く三白眼は、無理をしているようには見えないが、彼が纏っている荒れた印象よりも余程真面目であることもまた、ここ一ヶ月で分かったことである。

 友好的か、と問われると、未だに首を傾げざるを得ないが。仲間としての信頼は芽生えたが、友情は芽生えていないのが現状だ。それはそれで、ひとつの在り方だとも思うが。


 歩みは止めずに、話を展開する。主にランベルトが質問し、ルドヴィーコがそれに返す形だ。

「当日は、班ごとに別行動だっけ?」

「ああ、そう聞いてる」

 大人数で動くと、魔物に見つかるリスクは高くなる。今回は、対魔物の戦闘が目的ではない。短時間で広範囲な調査をするためにも、少人数で動くことが理想だ。

「ま、坑道に入らなければ危険度は低いだろうから、大丈夫さ」

 殊更明るい声で言う。


 今回の調査地域であるアドアール山脈には、地下に広がる坑道がある。過去はこの土地も、それなりに人がいたらしい。縦横無尽に張り巡らされた坑道は、その時代の象徴だ。

 しかし今は、魔物にとって非常に住みやすい場所となっており、特殊な事情が無い限り、踏み入れるのは自殺行為だと言われている。


「うん、だけど、……気を付けて」

 非常に慎重な性格をしているランベルトが、不安を隠さずに言った。「二人は優秀だけど、何が起こるか分からないからね」と眉を寄せる。

「魔物見たら、すぐ帰ってくるさ」

「……ああ」

(いざとなったら、私もいるしな)

 心配するな、と伝えるように、グルルと鳴いた。「うん、お前もいるもんな」とルドヴィーコが笑う。

「……“それ”は置いていかなくていいのか」

 ジェラルドが、戸惑いを含ませた視線を寄越した。下手をしたら潰されるぞ、とその目が語っている。間違ってはいない。ラウラ自身も、もし魔力が戻っていなかったら、御免被る! と思っただろう。常々思っている通り、蜥蜴(この姿)は戦闘仕様ではない。馬鹿正直に全ての困難に立ち向かっていると、死ぬ。


 しかし、ラウラは自分の魔力が戻っているのは知っているが、ルドヴィーコはどうなのか。

「こいつがいないと、身体が重いんだ。……苦労かけるな、蜥蜴っ子。大丈夫、俺が護るから」

 魔王の娘を召喚している代償を、まるで素晴らしい利のように語るのは、本当に彼くらいだと思う。

 シラーッ、とした目で見返したラウラの心中に気付く者は、残念ながらこの場にはいなかった。蜥蜴の表情から感情を正しく読み取るのは、至難の技なので、仕方ないと言えば仕方ないが。




ドナートとソフィアの関係性が好きなのですが、なかなかこの二人について触れる機会は無く……。

どのキャラにも、表に出さない裏設定ばかりができていきます。なんたる。

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