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「がっはっは! いつも迷惑を掛けてすまんな!」
「そう思うなら、部屋の整理整頓を」
女もいるのか。ラウラは純粋に驚きを覚えた。団長から意見を求められること、その団長に対して臆することなく発言していることを見ると、下っ端では無さそうだった。
ブロンドの髪をアップにした彼女は、この砦において、かなりしっかりした性格のようだった。どういう理由なのか、色付きのゴーグルを着用している。目元は見えないが、美人なのは明白だった。
──王都でも十分やっていけそうな女性が、何故こんな辺境に?
疑問に思ったのは、ラウラを除く三人も同じだったようだ。特に三つ編み男は顕著に驚きを表している。
「あの美人は、ソフィア=グッドウィンだ。この警備団の副団長だ。あんなナリして怒ると怖いから、気を付けろよ」
「怒らせるようなことをしなければいいんです」
ゴーグルの縁に触れながら、ソフィアは柳眉を顰めた。どうやら、相当回数を怒らせているのは、団長であるドナートのようだ。他の面々もそろそろと視線を逸らしているので、同罪なのだろうが。
がははは、と笑うドナートに、一番反省の色が無いことは明白であった。
「ま、とりあえず名前と宣戦布告、もとい意気込みだな。俺から向かって右側から言っていけや」
つまり、真っ黒男、三つ編み男、ルドヴィーコの順番だ。当然、ラウラはその数には入っていない。
一番手となった真っ黒男は、警戒心を露わに辺りを窺うと、やがて静かに口を開いた。
「……ジェラルド=フェオ」
名乗った後に、続く言葉は無い。
意気込みは、とドナートが目で訴えると、渋々続けた。
「ガンバリマス」
一切やる気の感じられない発言だ。
生意気な新人に、どう対応したものか、という雰囲気が漂ったことを察し、三つ編み男が慌てて自己紹介を始めた。
「あ、ええと、……ランベルト=ジネストラです。僕は魔法使いとして配属されました。皆さんのサポートに、全力で取り組みます。よろしくお願いします」
ランベルトは深々と一礼した。武官ではなさそう、という第一印象の通り、やはり剣よりも魔法メインのようだ。
可もなく不可もなし、な挨拶を行い、バトンはルドヴィーコに渡ってきた。
「ルドヴィーコ=クエスティです。ハイディーン学園を卒業し、ここの配属を希望しました。至らぬ点は多いかと思いますが、一日でも早く一人前になれるよう、精進して参ります。ご指導のほど、よろしくお願いします」
ひどく丁寧な、少しの緊張を含めた声を、ラウラは初めて聴いた。何もなければ、侯爵家を継いでいた人間だ。育ちの良さが出ている。
ただし、それが荒くれ者の多いこの砦において、吉と出るか凶と出るかは、全くの未知数だ。
「うーん、なんとも面白味が無ぇな」
ドナートが三人の顔を見ながら言う。面白味を求められても、困る。ラウラがチロ、と舌を出すと、動くものに目がいったのか、ドナートの目が蜥蜴の姿を捉えた。
「そいつは?」
「俺……あ、や、私の使い魔です」
慌てて言い直すと、「別に砕けて構わねぇよ。王都の目が無いところなら」と、がははと笑う。
「強いのか?」
「いえ、ただの蜥蜴ですから」
でも、とルドヴィーコはラウラに優しい目を向けた。
「最高の相棒です」
ルドヴィーコは、あくまで蜥蜴に対して言ったのだろう。が。
(………………うん)
照れる。
身動ぎをしたラウラは、困った末に、「……グルル」と鳴いた。
ドナートは意外そうな視線をルドヴィーコに向けた。そうしてから、ニヤリと笑う。
「それはいいことだ。大切にしろよ。──ところで、蜥蜴の鳴き声ってそんなだったか?」
「さあ、……そもそも鳴くんですか?」
二階の手すりに身体を預けたソフィアが、不思議そうに首を傾げた。
ルドヴィーコは、曖昧に笑って返した。
「ま、これから頼むわ。……クルト、砦の中と、部屋までを案内してやれ」
「わかりました」
勤勉そうな声が聞こえたかと思うと、二十代後半から三十代前半くらいの男性が、ルドヴィーコたちの前に立った。
「こっちだ」
来い、と言うように顎を動かす。
三人ほぼ同時に足を動かした。
「クルトだ。よろしく頼む。……お前達三人は同室になる。部屋まで案内するから、道を憶えろ。その後は、砦を案内する」
新人を見定めようということか、行く先々でチラチラと見られている。居心地が悪い。
今案内されているのは、砦の中でも、人が住むスペースとなっている場所らしい。似たような扉がズラリと並んでいる。
(これは……下手したら迷うな)
ラウラは鼻が利くので問題ないが、人間には大変だろう。迷ったら助けてやろう、と思いながら、視線を彷徨わせる。
綺麗好きを、と言うソフィアの気持ちがよく分かった。鼻がいいラウラには、少しばかりキツイ臭いがこもっている。ルドヴィーコがこの臭いを纏わなければいいのだが。
「着いたぞ。荷物だけ置いて、さっさと出て来い」
クルトの指示に従い、三人は部屋に入った。
二段式のベッドが両側に二つ置かれたそこは、基本的に寝に戻る程度なのだろう。自由に動けるスペースは無かった。奥に多少の空間があるが、精々一人がいられる程度だ。
三人は互いに視線を絡ませる。まず初めにジェラルドが右の二段目に鞄を放り投げ、部屋を出た。ルドヴィーコは、少し迷ってから「俺、こっちでいい?」と右の一段目を指し示した。「どうぞ」という返事を聞き、鞄を置く。最後にランベルトが左の一段目に自分の荷物を置くと、早々に部屋を出た。
「遅い!」
「す、すみません」
急いだつもりだったが、まだまだだったから。確かに、迷いがあった分、遅くはなったのだろう。
頭を下げている間に、クルトはさっさと先に行ってしまう。
「砦内の、基本的な設備を説明する」
言いながらも、足の速度は緩めない。これも見定めの一環なのか。クルトは、急に立ち止まると、慌てる面々には目もやらず、「ここが食堂。時間とメニューは入り口に書いてある」やら「身体洗うのは、ここ。湯船とか贅沢な物は無いから、どうしても入りたいなら、一駅向こうの銭湯に行け。一駅といっても、非常に遠いが」やらを言うなり、どんなところか見ようとするルドヴィーコ達を置いて、また歩き始める。
(これは……後でもう一度回るか)
記憶に書き留めるラウラに、彼女が道を覚える能力が高いことを知っているルドヴィーコがこっそり耳打ちした。
「蜥蜴っ子、後で案内頼む」
任された、と舌をチラチラ出す。
全てを回り終えたらしいクルトが、「分かったか?」と初めて三人の顔をまともに見た。
どうでもいいと思っていそうなジェラルドと、あんなの分かるかと困惑顔のランベルトよりも先に、「分かりました」と返す。変に時間を使うのは嫌だ。
「あれで分かるとは。……よし、後で他の二人にも伝えてやれ」
ああ、やっぱり分からない前提の話だったんだな、とラウラは納得した。この砦の人間は、総じてどこか“意地悪”だ。
迷路みたいなところです……!