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列車から見える景色が、ある地点を境に、一気に変わった。それまでは街並みも豊かで、活気に溢れた様子が見られていたが、目的地まであと一駅というところで、窓の外の景色は、人の手が入っていない、荒廃した土地に様変わりだ。しかもその一駅分がやけに長い。
家など、ところどころに建っている程度で、それすら既に使われているのか怪しい。
「なるほどなー」
ルドヴィーコは、納得したように頷いた。これは、確かに、希望者はいないだろう。なにせ人がいない。当然出会いも無い。むさ苦しい男連中と、むさ苦しい生活を送る。
「生半可な気持ちだと、逃げるよな」
なあ、と同意を求められた蜥蜴は、よく分からない、と言うようにペロリと舌を出した。
ラウラには、むしろこちらの方が懐かしさを覚える。人の街の活気は、どうも慣れない。元々があまり群れない種族である魔界人は、広い大地を有効に使い、それぞれが少数で生活をしている。交流も無理に持たないから、移動手段もあまり無い。
(王城だけは別格だったな)
あそこだけは、唯一と言って良い程、多種多様な種族が揃っている。当然のように争いも多い。魔界人で共通しているのは、血の気が多いこと、この一点に限る。穏やかに見えようと、根っこは変わらないのだ。あとは、どれだけ理性がソレを抑えられるか、で個性が出る。
ラウラは、我慢強い方だと自覚している。他者からも同じ認識を持たれているはずだ。……多分。
故郷に想いを馳せている(という程、穏やかな回想ではなかったが)と、列車の速度が落ちた。そろそろ着くようだ。
周りの景色からは、完全に家屋が無くなっている。砦も無い。
妙だな、と思っていたら、砦はここから更に少し歩くようだった。一応、その方向を見れば、砦自体は見えている。しかし、地味に距離がある。長過ぎはしないが、「あー、まだ歩くのか」と思うくらいには、距離がある。
警備上の理由なのか。まさか国境に近付きたくないから、などという理由ではあるまい。
列車が汽笛を鳴らした。逆方向に走っていく列車に置いて行かれたのは、三名だった。いや、全員が自分の意思で残った者のはずだが。それにしては約一名、非常に名残惜しそうに列車を見ている。
(飛ばされた組か)
ラウラは、しげしげと相手を見た。やけに顔立ちが綺麗な男だ。良く言えば線が細い、悪く言えばなよなよしている。武官よりも文官が似合う男だ。ココアブラウンの長髪は緩く三つ編みにされており、優しさが灯る朱色の瞳は、虫一匹殺せそうも無い。
逆にもう一人は、争いごとに慣れていそうな雰囲気を出していた。頭には黒いバンダナを巻き、口元は黒いマフラーで覆われている。おまけに髪も瞳も服も黒なので、黒尽くめだ。顔部で唯一外から見える三白眼は、ギラついた眼光を放っており、どこか飢えた獣が獲物を探しているようにも見えた。
なんにせよ、個性的な二人である。
しかも、これがルドヴィーコの同僚となるかもしれない二人なのである。
とはいえ、ラウラの主に関しても、普通かと言われると、首を捻る部分はあるが。一般人は、魔王級の魔力を日々吸い取られて、身体が軽くなったと喜んだりはしない。
真っ黒男は一切周りを見ようとせず、三つ編み男はもう見えなくなっている列車をひたすら見ている。ルドヴィーコはそんな二人を一瞥して、何故だか面白そうな顔をしている。余裕があるもんだ。
真っ先に、真っ黒男が砦に向かって踏み出した。その足取りに迷いは無い。それに続くように、ルドヴィーコも砦に歩き始める。不意に後ろを見ると、もう一人はまだ線路の先を恋しそうに見ている。いつまでああしているつもりか。
「……ま、どの道、あっちで自己紹介くらいするだろうしな」
結局、訳ありな様子の未来の同僚には話し掛けず、ルドヴィーコは再び足を動かし始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後方の三つ編み男が砦に着いたのは、ルドヴィーコが到着してから、おおよそ十五分ばかり経った頃だった。
単純計算で、十五分はあの場所に突っ立っていたのだ。やはりここに来るのは本意では無かったのだろう。男の顔は、どこか憂いを帯びている。
「いよーっし、全員揃ったな!?」
怒号のような声が広間に響き渡った。あまりに大きい声であるため、空気がビリビリと震えた。
砦を入ると、すぐに大広間に繋がっている。新人と思われる三人は、その中央に並べられていた。広間は吹き抜けになっており、二階、三階の廊下には各々楽な格好をした騎士(騎士というよりも、傭兵のような風貌のものが多い)が立って、こちらをニヤニヤしながら見ている。
もしこの砦に正面から攻め込んだら、広間で総攻撃に遭って、大変なことになるのだろうな、とラウラは思った。
三人の前には、傭兵、もとい騎士の総大将だと思われる男が、ドンと立っていた。先程、大声を出した男だ。非常に大柄な男で、山を思わせる体躯をしている。特注サイズであろう騎士服は、薄汚れていて、神聖さからは程遠かった。
とはいえ、その彼に恐れ慄いた者は、三人の中にはいなかった。あの憂いを帯びた優男でさえ、大男としっかり目を合わせている。
てんでバラバラな三人であったが、共通しているのは、物怖じしないところか。
「……なんだ、つまらん……」
ボソッ、と。
目の前の大男が、あまりに自分本位な発言をした気がした。
(…………おい)
本音が漏れたことに気付いたのだろう、彼は、うおっほん、と咳払いをすると、顔を引き締めた。
「俺が、このハイドィル南部国境警備騎士団の団長である、ドナート=ダニエーレだ。本日付けで、お前たち三名は、この騎士団の団員となる。国境を跨がれるということは、我々の後ろに控える、全ての民に、そしてお前たちの大切な者に、危険が及ぶということだ。我々は、そうなることを断じて許さん。その意志を、お前たちにも持ってもらいたい。持てんようでは、半人前と知れ。持つ努力ができないのであれば、今すぐ去れ。──なんだ、ビクつきもしねぇな。じゃあま、徹底的に扱いてやるから、覚悟しておけよ」
厳つい顔に、悪い笑みを浮かべたドナートに呼応するように、空気が震えた。誰も一言もざわついていないのに、異様な雰囲気を覚える。
まあ、とドナートは急に自らが空気を壊した。
「まずは軽く自己紹介をしてもらうか。名前に、意気込みに……あと、何かあるか?」
訊ねるように、ドナートは顔を上方へ向けた。二階席から、落ち着き払った“できるオンナ”の雰囲気がある声が降ってきた。
「綺麗好きか、を訊いてください。……不潔なのは、今いる面子でもう十分ですから」
新しい舞台で、まず一歩。