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何人目かの来客対応を終え、一息吐こうとしたところ、また訪問の知らせが入った。
「やれやれ、今日は来客日和だな」
毎年のことなので分かっているはずなのに、ケイルの主人は頭を掻いている。
ケイルは、床に寝そべった。だらけているようにも見えるが、主人に危険があれば、一気に踏み込める距離だ。
さっきだって、彼女の主人が止めなければ、無事に戦闘モードに移れていたのに。そう思うと、非常に惜しいことをした気分になる。
初め──もう三年近く前になるのか──は、微弱過ぎて、気付かなかった。けれど徐々に強まる魔力に、ドキドキしたのだ。ケイルは一度だけ、ラウラと戦ったことがあった。あの時の高揚感が忘れられない。
ケイルの一族は鼻が良い。おそらく、気付いたのは自分だけだ。そう思うと、ますます気分が良くなった。
それで、つい──。
(………………あ)
むく、と立ち上がったケイルは、その場でぐるぐると回り始めた。突然の行動に、寮長たる主人も、その目の前の寮生も、顔を驚きに染めている。
(あー、あー、あー……どうしよう)
そうだ、一度だけ。一度だけだったけれど。気分が良くなって、つい、誰かにどこかで、今自分のところにはあのラウラ様がいるのだぞ、と自慢したような気がする。
他言無用だ、と言われたばかりなのに。
(…………や、でも。約束する前だったから、仕方がない。これからは言わないでおけばいいんだ)
最終的には、ラウラが聞けば「いいわけがあるか!」と言いそうな主張で自身を納得させ、ケイルはまた、わふう、と鳴くと、その場に寝転んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その二人の男は、急に出現したように見えた。
赤い男と、青い男だ。妙な存在感を醸し出す二人組は、目の前に聳え立つ巨大な建物を見上げた。
「うっわ、でか! 壊しがいがありそうだなー」
燃えるような赤を基調に、白のメッシュが入ったウルフヘアと、赤茶色の瞳を持った男は、目の上に手をかざし、ひゅう、と口笛を吹いた。
窘めるように、隣の男が「いけませんよ、ヴィゴール」と赤い男を横目で睨む。
「今回の目的は、暴れることではありません。今回の目的は……目的、は…………ああ! ラウラ様あああ、いったい何処にいいい!」
急に叫び始めた片割れに、ヴィゴールと呼ばれた男は、鬱陶しそうに顔を顰めた。
「お前がそんなだから、姫さん逃げたんじゃね?」
「そんなまさか!」
キラリと髪が銀に光った。彼の自慢の髪だ。何しろ、ラウラと同色に見えるのだから。ただし、本当は純粋な銀ではなく、光の加減によっては銀にも見える、という淡い青髪だ。長く伸びた髪は、腰の辺りで先だけ結われている。
髪色よりも濃い青の瞳をカッと見開く彼に、ヴィゴールは「いや、まさか、じゃねえだろ。むしろ俺ならそうするね」と引き気味だ。
そんなことはあり得ない、とぎゃあすぎゃあすと騒ぐ片割れを無視して、ヴィゴールは、そこ──ハイディーン学園を見上げた。
学校にいるなら見つけるのなんてすぐだな、と思っていたが、これは存外、難しそうだ。『器物損害ダメ・人命奪うダメ・戦うのも必要な時以外はダメ! とにかく穏便に済ませろ!』という制約を付けられているから、余計に。
「穏便、とかさ。俺には無縁だぜ?」
がりがりと頭を掻きながら、「お前もそう思うだろ、セルジュ」と同意を求めると、本来の冷静さを取り戻した彼は、シレッと言った。
「いえ私は無闇矢鱈と暴れませんので、別に平気ですよ。貴方には辛いことでしょうが」
「……なんだろうな、なんか妙に釈然としねぇ」
据わった目で、青い男──セルジュを睨みつけたヴィゴールは、「まあいい」と軽く頭を振った。
「ぱっぱと見つけて、さっさと帰りゃいーんだろ。たく、世話の焼けるお姫様だぜ」
「そこが良いんだ! というか、こんな身の程知らずな人間がうじゃうじゃいるようなところでラウラ様が一人などと……ああ、そんな……すぐにお救いせねばあああ!」
「お前はとりあえずもっかい落ち着け」
むしろ一回殴ってオトそうか、とも考えながら、ヴィゴールはその場で頭を抱えて絶叫するセルジュを置いて、学園に足を踏み入れた。
第1章 学園編[完]
さあ、ようやく舞台が変わります。
長いプロローグが終わったような気分です。
おかしいですね、最初は40話で終わるくらいのはずだったのに。どこでおかしくなったのだろう。
最終3桁行ったら笑おう。