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(私がこの男と共にいることは、周りのやつには言わないでくれよ?)
(え、何故ですか?)
わふう、とケイルが不思議そうに鳴いた。急に素っ頓狂な声を出した使い魔に、主人である寮長も、ルドヴィーコも揃って首を傾げる。
(……“お忍び”で来てるんだ。バレたら連れ戻されるからな。お前だって、無理やり魔界に連れて行かれるのは、嫌だろう?)
ずっとこちらに居続けているのだ、何かしら理由のことがあってに違いない。そう思い、“納得”をさせるために使った手段は、存外しっかりと効いたようだった。
(そうですねえ……主人の傍を離れることになりますし、嫌ですねえ)
うんうんと納得したように頷くと、ケイルはルドヴィーコを眩しそうに見上げた。
(ラウラ様の大切な方は、ルドヴィーコ様なのですね)
(──はっ!?)
ラウラは跳び上がった。急にビクリと震えた蜥蜴に、ルドヴィーコが「どうした、蜥蜴っ子」と声を掛けながら、先程妙な鳴き声を上げたケイルと見比べている。何か怪しいな、と思っているのかもしれない。
(ちっ、がう! そういう話はしてないだろう!?)
(え! そういう話だったじゃないですか!)
噛み合わない会話に、ぐう、とラウラは唸った。あまりにも不思議そうに言い返されて、自分が過剰に反応してしまった気がしたのだ。
別に、間違っちゃいない。ケイルの言う通りだ。ルドヴィーコのことは大切な友人だと思っている。そうだ、間違っちゃいない。……そうだろう?
(……もういい。とにかく、他言無用だぞ)
(はーい、分かりましたー)
いまいち信用に欠ける間延びした返事に、大丈夫だろうか、と不安感に駆られた。本当に言わないだろうな、とじろじろ見る蜥蜴の視線には、犬は気付いた様子は無い。蜥蜴の視線など分からないだろうから、無理からぬことだが。
「それじゃあ、寮長もお元気で」
「ああ、お前もな」
ぐん、と目線が高くなる。ルドヴィーコが立ち上がったためだ。今度こそ、人間同士の会話も終わったようだ。
寮長の部屋から一歩出ると、「予想外に長居しちゃったな。列車の時間は余裕があったから良いけど」とラウラに話し掛ける。
「ジーノ、やっぱり寮長のとこだったか」
バルトロが、よっ、と手を上げる。顔を洗ったからか、それとも単純に時間が経ったからか、目は完全に覚めたようだった。
「俺も後で挨拶しなくちゃなー」
まあ同じ敷地内だから会えるけどな、と言いながら、ルドヴィーコの横に並ぶ。
「蜥蜴さん、食われなくて良かったな」
「縁起でも無いこと言うな」
ぎ、と睨むルドヴィーコに、「お前って、本当に蜥蜴さんへの愛が深いな」とバルトロが笑った。
「使い魔だからな」
さも当然だと言わんばかりの声色に、(当然なのか)とラウラは思った。では自分がルドヴィーコを大事に思うのも、“当然”なのだろうか。……少し、複雑な気分だった。
ハイディーン学園から、最寄り駅までの距離はそうそう無い。駅の位置が学園に合わせて作られたのか、はたまた逆か、とにかく、国が誇る教育機関は、当然のように交通の便が良い。
駅のホームまでは見送る、と入場券を買ったバルトロと共に改札を抜けた。列車の時間まで、残り少ない。
「一度、実家に戻るんだっけ?」
「ああ、万が一もあるからな。顔くらい見せないと」
そうか、という声は、反対側のホームを通り過ぎていく列車の音で掻き消される。
「国境でも、ジーノを頼んだぞ、蜥蜴さん」
任せろ、とペロと舌を出した。いざとなったら、人型になってもいい。いや、なるべくなら避けたいが。優先順位は間違えないつもりだ。
列車がホームに入ってくる。カタン、カタン……カタン……。ゆっくりと速度を落としていくソレに、人間界は面白いな、と思いながら、列車をじっくり見た。魔力を元に動く代物だ。魔界には無い。あっちはもっぱら、魔法陣による転移か、あるいは自力で飛んで行ったり走って行ったりする者が多く、こういった公共交通機関は発展していない。仮に作ったとしても、電車や線路ができた端から壊れる(否、誰かしらが壊す)のも発展しない大きな要因だろうが。
「元気でな」
「ああ、お前も」
短い言葉を交わし、ルドヴィーコは列車に乗り込んだ。呆気ないようだが、お互いに無事を祈る気持ちは同じだし、何より、また会える、と信じていた。
席に座ると、カタン、と列車が動き始めた。
ルドヴィーコの実家まで、おおよそ四時間は掛かる。寝れるな、と彼は呟き、早々に目を閉じた。
その傍らで、ラウラもまた目を閉じ──
「………………ん?」
思わず、声を上げた。
何か違和感を覚えた。あれは……なんだったか。すぐに掻き消えた“気配”の痕跡は、自分の中の記憶と照合させるには、あまりにも小さ過ぎた。
顔を持ち上げたラウラだったが、やがて諦め、再び目を閉じた。
使い魔だから、じゃなくて、
蜥蜴だから大事に思って欲しい。
複雑な乙女心なのです。