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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第1章 学園編
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「まったく。あまり小動物を虐めるな。お前達には遊びでも、私達にとったら命懸けなんだぞ」

 猫の頬っぺたを、むにゅう、と伸ばす。本能でどちらが強いかを知っているのだろう、猫は決して抵抗をしない。


 しばらくその毛むくじゃらの感触を堪能してから、ラウラは木の枝の上で立ち上がった。カサカサ、と耳元で葉が擦れる音がした。

「戻らないと」

 しかし、そのためにはこの猫をどうにかしなくてはならない。今ここで蜥蜴の姿に戻ると、また猫の玩具になるだけだ。嬉々として自分に襲い掛かってくる光景が目に浮かび、ラウラはブルリと身体を震わせた。こんなところで一生を終えるだなんて、御免被る。


 猫を胸に抱いたまま、トン、と木の枝を蹴った。身体全体を、浮遊感が襲う。その感覚を、“懐かしい”と思いながら、ラウラは地面に降り立った。


 短い飛行だった。いや、落下、か。風を切って進むことが、ラウラの本分だ。また魔力が溜まれば、あの頃のように暴れたい。魔界人の本能が疼く。

 ラウラは、魔界人の中では平和的な性格だ。しかし、魔界人であることには変わらないのである。ここ三年、まともに暴れていない。

 運動不足だ。

 グルル、と唸ると、猫が怯えたように暴れ出した。

「ああ、お前には刺激が強かったか」

 拘束する力を弱めると、猫はラウラの腕を飛び出して逃げ去っていった。それだけではなく、近くの木々に止まっていた鳥たちも、一斉に飛び立つ。

 ラウラは空を見上げて、それらを見送った。彼らの怯えが、世界に響いている。ぼんやりと、それを感じる。


「あら……最後の最後で、ようやく会えましたわ」

 鈴を転がしたような声がした。

 ラウラはゆっくりと視線を動かし、自分の前に現れた人物を見据えた。

 栗色の髪と、翡翠の輝きを放つ瞳。妖艶に微笑む表情は、今朝方見たばかりだ。生憎と、向こうは知らないだろうが。

「銀色に輝く髪の女性。わたくしの主催する仮面舞踏会に乱入したのは、貴女でお間違いない?」

「……乱入、な」

 招待されていると言えば、されているのだ。ルドヴィーコの“使い魔”として。

 しかし、その事情を説明するのは億劫だった。面倒臭がぷんぷんする。


「学園では、貴女は幽霊なんじゃないか、なんて(まこと)しやかに囁かれておりますけど、実際のところどうなのです?」

「死人に見えるなら、そういうことにしておけ。……それより、何の用だ。王族たる者、不審人物とのお喋りは、あまり褒められたものではないぞ?」

 言外に、サッサとしろ、という意味を含めると、正しくその意味を読み取ったらしいジュリアは、「あら、お気遣い感謝致しますわ」とくすくす笑った。

 気遣ったつもりはないのだが。

 顔を顰めると、少し意外そうに、ジュリアが扇で口元を隠した。

「貴女……」

「なんだ?」

 しばらく、じ、とラウラを見たジュリアは、「なんでもありませんわ。友人に似ていたものですから」と今度は少し柔らかく微笑んだ。

「……で? 用件は?」

「せっかちですのね」

 ころころと笑いながら、パン、と扇を閉じる。「質問はいくつもありますが、本当に訊きたいことはひとつだけ」とふるりとした唇を震わせた。


「貴女は、わたくしの国に、仇をなす者ですか?」


 ラウラは、そのあくまで真剣な瞳を見つめ返し、きょとんとした。その質問を頭の中で反芻し、意味を受け取ると、腹を抱えて笑い始めた。

「あら、何が可笑しいのでしょう」

「い、いや……てっきり、私の正体を訊くのかと思いきや。──ああ、分かった。お前の一番は“それ”なのか。うん、そういう人間は嫌いじゃない」

 にんまりと笑みを作ったラウラを前にしても、ジュリアは自分の表情を崩さない。漏れ出る魔力は、今もなお動物たちの本能を刺激しているだろうに、大した胆力だ。

人間も(・・・)面白いものだな」

 言いながら、一歩、二歩と距離を詰める。伸ばした細い腕が、ジュリアの首裏に回る。ぐい、と顔を近付けると、耳元で囁いた。

「私が刃を向けるのは、私自身の敵と、我が主の敵のみだ。お前もこの国も、私には特にどうでもいいし、我が主は……きっと、この国に剣を向けはしないだろう。だから、安心するといい」

 ハッキリ言い切ってから、身を引く。扇を掴む手が多少震えていることを見て、ラウラは口元を緩めた。恐れを知らぬ愚か者より、恐れながらも我を貫く者の方が好きだ。


「“貴方がたの道中、そして道の果てが、光に満ちていることを願う”」


 首を傾げたジュリアに、笑い掛ける。

「学園長とやらが言っていたな。私も願おう。お前の道に、光が多いことを」

 一歩、二歩と下がり、真っ直ぐに相手を見つめる。芯の通った、良い目だ。

 さらばだ、と口を動かす。もう会うことは無いだろう。しかし、引かれる気持ちは無かった。彼女の前に続く道を、彼女は精一杯歩くだろう。そして、自分には自分の道がある。機会があれば、交わるかもしれない。それだけだ。

 身を翻し、跳躍した。人にはできない芸当だが、今更だろう。なにせ、幽霊扱いされているのだから。



 小さくなる背中を見送ったジュリアは、扇を広げ、口元を隠した。

(学園長の話を知っていた……“主”の存在……そして、あの魔力。──もしかすると)

 そこまで考え、しかし彼女はパタリと扇を閉じた。このまま考え続ければ、答えには行き着く気がしたが、意図的に止めたのだ。

「わたくしは、何も気付きませんでしたわ」

 ハッキリとそれだけを口にして、ジュリアもまた、その場に背を向け、歩き始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ラウラは蜥蜴の姿に戻ると、木に登った。ある程度の高さまで進んだところで、ルドヴィーコを探す。コレットとの話は終わったのだろう、校舎裏から歩いてくるルドヴィーコを見つけた。ぱ、と手を離し、滑空する。

 無事その肩に着地すると、彼は、よく戻ってきたな、と笑った。

「待たせて悪かったな、蜥蜴っ子。寮に帰るか」

 ぺろ、と舌を出して答える。


 ……ところで、告白はどうなったのだろう。


 蜥蜴の視線に気付いた彼は、「……断ったよ」とボソリと告げた。

「お互いの道を、歩くことにした」

 コレットも傷心だと思う。けれど、ルドヴィーコも悲しい顔をしていた。真っ直ぐな気持ちに真っ直ぐ向き合うことは、それだけで、ひどく体力を消耗する。決してそれが悪いこととは思わないけれど。

 寮に着くまでの間、ルドヴィーコはそれ以上一言も口を開かなかった。




ジュリアさん、退場。

また出せたらいいのですが、予定は未定……。

(なにせ行き当たりバッタリ!)


ラウラさん→ジュリアさんの言葉は、ブーメランで戻ってくる気がするのでーす。

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