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顔を真っ赤にしながら、自分に想いを告げてくれる子のことを、可愛い、とは思った。
「ありがとう。……ごめん」
ゆるゆると目を開いたコレットは、仕方なさそうに笑う。それから、ひどく落ち着いた声で「分かってました、私」と言った。
「ルドヴィーコ様は、友人としての私を好きだと言ってくださるだろうけれど、恋人には選ばないだろう、って」
「っ、でも、それはコレットに魅力が無いからとか、そういう訳じゃないからな!?」
コレットは、想い人の必死のフォローに苦笑する。彼の言葉は、残酷だ。
「魅力、無いですよ。他の人に、魅力的だねって言われたとしても、貴方に好きになってもらえないなら、同じことなんです」
だから、下手な慰めなど要らない。
そう告げたように、ルドヴィーコには思えた。現に、そうだったのかもしれない。
「……ごめん、俺は、コレットを、そういう存在としては、見れない」
何故か、と訊かれると困ってしまうが、要するにそういうことなのだ。友人として好きだ。頑張っていると思う。魅力のある人だとも思う。優しい顔をして笑う、相手を癒す人だ。けれど、それでは恋愛的な意味で好きかと問われると、それは違うのだと思った。
きっと、それでも付き合える。
友人として大事にできるのだ。恋人になったなら、より大事にしようと思えるだろう。たとえ恋をしていなくても、“恋人”として扱い、慈しむことはできると思う。しかし、それではいけないと思う。それは、良くないのだ。
「私は、ですね。多分、ルドヴィーコ様が思ってくださる程、純粋ではないですよ?」
急にコレットが、意地悪そうに笑った。
「本当は、そう言われたら、じゃあ待ってます、って言うつもりでした。そう見られるように努力しますから、国境警備に行って戻ってくるまで、ずっと待ちますから、って。──だって、想うことを止めるまでは、ルドヴィーコ様にだってできないですもの。それで、絆されてくれたら良いのにって思ってました」
ね、狡いでしょう。コレットは、それなのに、晴れやかに笑った。傷付いたような、困ったような、そんな顔をしながら、それに不釣り合いな明るい顔だ。
「でも私は、気付いてしまったから」
「気付いた……?」
眉を寄せて訊き返すと、彼女は静かに視線を空の方向へ向けた。ひゅう、と冷たくも心地よい風が、二人の間を駆け抜けて、上空へと登っていく。
「貴方の隣には、私ではない人が、もういることに」
告げられた言葉に、ルドヴィーコはしばし、ぽかんと口を開けた。
「……は? いやいや、俺、誰ともそういう関係になってないよ」
「ルドヴィーコ様は、まだ気付いていないんですね」
「え、や、……どういうこと?」
自分は鈍くは無い。そう思っていたが、これはいったいどういうことなのか。自分の隣にいる人? まさかバルトロのことではあるまい。それだったら、今から必死に否定して誤解を解く。それだけは、絶対に、無い。
混乱するルドヴィーコを見て、コレットは口元に手を当てて、くすくす笑う。
「えっと……冗談、です。でも、そう思ったのは、本当です。女の勘です。きっと近々、ルドヴィーコ様にも、狡い自分を許してしまうくらい好きな人ができますよ」
「……コレットはいつから予言者になったんだ」
大体、冗談に思えない声で冗談を言うのは止めて欲しい。そう懇願すれば、コレットは更に笑いを深めた。こちらはバルトロとの仲を邪推されているのかと焦ったのに。
「国境、気を付けてくださいね」
「あ、あぁ……」
「フラれた身ですけど、戻ってきたら、声掛けてくださいね。私、友人としてのルドヴィーコ様も、好きですから」
切なそうに揺れる瞳は、まだルドヴィーコをただの友人としては見れていない。しかしそれでも、ここで全ての関係を終わらせたくないのだと、コレットはその瞳で語っていた。
「その時には、きっと、吹っ切れていますから」
「……ありがとう」
きっと、そんなこと、言うのも辛いだろうに。そこまで想ってくれて。友人として、続けていこうと言ってくれて。
ルドヴィーコから“これから”のことを切り出すことはできないと、彼女は知っていたのだろう。だからこそ言ったのだ。そうでなければ、会うことさえもこれが最後になると知っていたから。
「私、ルドヴィーコ様に助けて頂いて、本当に嬉しかったんです」
「……今更だけど、あれ、一番初めに気付いたのは、蜥蜴っ子なんだ」
全幅の信頼に、困ったように頬を掻いたルドヴィーコは、正直に答えた。「そうなんですか?」と驚くコレットに、首肯する。
「急にあいつが騒ぎ出して、俺を庭へ向かわせた。だから、一番頑張ったのはあいつだよ」
「ああ、……そうだったんですね」
ふわり、とコレットは嬉しそうに笑った。あの時もそうだったんですね、とコレットがポツリと呟いた気がした。深く踏み込む前に、それを遮るように、コレットが頭を下げた。
「ありがとうございます。私は、ルドヴィーコ様と……ラウラさんのお二人に助けられたんですね」
「ラウラ……?」
聞き覚えのない名前に、首を傾げる。話の流れ的には、それは、蜥蜴を指し示しているのだろう。
「名付けたのか?」
コレットは、曖昧に笑った。
「いい名前ですよね、月桂樹。ルドヴィーコ様は、月桂樹の花言葉、ご存じですか?」
首を振る彼に、一つ一つ丁寧に伝えるように、ゆっくりとコレットは唱えた。
「名誉、栄光、そして……輝ける将来」
胸の前で手を組み、祈りを捧げる。
「どうか、ルドヴィーコ様の蜥蜴さんが、この先もルドヴィーコ様と共に在りますように」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃、ラウラは、非常に困っていた。
自分は魔界人だ。人間よりも当然耳が良い。野次馬になんてなる予定は無かったラウラは、しっかりと、声など届かない距離まで離れた。
しかし、それには当然危険が付き物なのである。
「にゃあ」
にゃあ、じゃない。
ラウラは、蜥蜴の身で文句を吐いた。ええい、獲物を狙う目をするな! 下手に動くと相手を刺激するため、追い詰められた蜥蜴は、その場でピタリと固まっていた。
こういうことがあると思って、木の高いところにいたというのに、この猫はどうしてわざわざ登ってくるのか。しかも、自分を見つけるなどとは……。いやそれとも見つけたから登ってきたのか。
とにかく。
どうにか無事に帰らなくては。
蜥蜴は内心で嘆息し、空を仰いだ。
じりじりと寄ってきて、嗜虐的な瞳を向けてくる猫を、睨み返す。そうしたところで、蜥蜴の睨みに猫が気付くとは思えなかったが、気分的にそうしたかったのだ。
じりじり、じりじり──。
木の上だというのに、たんっ、と猫が飛び上がった。
(あ、食われる)
悟った瞬間、蜥蜴の身体が光った。
「……ふにゃあ!?」
白い細腕が猫を軽々と掴んでひっくり返し、動きを封じた。
猫は何が起こったのか分からないと言わんばかりにパチクリと目を瞬かせた後、きょろきょろと蜥蜴を探したが、やがて自分が獲物を逃したと思ったのか「にー」と甘えたような声を出した。
正確には、ラウラの起源が月桂樹であるだけで、月桂樹のことはラウラとは読まないのでございまする。
誤解を生むようなルビ振りになってしまっているかなと思いましたので、念のため補足ですなり。