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用意された席に座り、しばらくすると、最後の一人が着席したらしく、拍手が徐々に弱くなる。アナウンスが入り、学園長の話が始まった。
『貴方がたの代は、特に優秀な人物が多い代だった。二人の殿下が共に過ごすに相応しい、立派な代だった。一人ひとりが、立派に過ごしたと誇れるだろう』
学園長は、式の時にしかその姿を見せない、不思議な人物だ。今もフードを被り、容姿などは一切分からない。
声からも、性別以外のものが分からない。壮年の男のようにも聞こえるし、若い男のようにも聞こえる。
『貴方がたはこの先、それぞれの夢に向かって、一歩を踏み出していくだろう。そこには、ここにいる貴方がたの友人はいないが、貴方がたはそれでも歩いていかねばならない。為すべきことがそこにあるなら、行かなければならない。一人でも、進まなくてはならない』
ドキリ、と心が揺れた気がした。足の上に置いた手を、強く握る。
為すべきこと。そう言われても、ピンとくるものはない。自分はこの先、何を為すべきなのか。いや、何が成せるのか。く、と眉を寄せたルドヴィーコに、言葉の続きが届けられる。
『しかし忘れてはならない。自分は何も持っていないなんて、思ってはいけない。貴方は、一人ではない。こんなにも大勢の仲間がいるのだから』
シンと静まり返った体育館に、不思議な声が響く。
ルドヴィーコは、不意に視線を動かした。ジュリアを、ジャンカルロを、コレットを、バルトロを、そしてそれ以外の友人の姿を探した。見つからない者もいたが、皆、真剣な顔をしていた。
『──道は険しいだろう。悲しいこともあるだろう。しかし、歩いていきなさい。笑って過ごしなさい。ここにいる友人を、大事にしなさい。そしてこの先の出会いを、しっかり掴み取りなさい』
フードの奥で、学園長が微笑んだ気がした。見えないから、気のせいかもしれなかったが。
『貴方がたの門出たるこの場に、立ち会えたことを光栄に思う。貴方がたの道中に、そしてその道の果てに、多くの光があることを願う』
そう締めくくり、学園長は壇上を降りた。
グル、と蜥蜴が鳴いた。
大丈夫だよ、ともう一度返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学園長の話があったからなのか、教室はしんみりとした空気になっていた。
朝登校した時には既に黒板に書いてあった、『卒業おめでとー!』の落書き。各々が思い思いに書いたメッセージや、意味の無い絵に埋め尽くされた黒板は、とんでもなく騒がしいのに、何故か見ると寂しさが募った。
それを誤魔化すように、友人とわざと明るい顔で言葉を交わす。
その後、簡単に担任教師から話が済むと、呆気なく解散となった。しかし、なかなか誰も出て行こうとはしない。
配られた卒業アルバムに落書きやメッセージを書いたり、これまでの分まで含めるようにいつも以上に話をしたりしている。
蜥蜴はこの喧騒が気になるのか、いつもよりもそわそわしていた。
「ジーノ!」
名を呼ばれた。バルトロだ。彼は卒業証書を左右に振りながら、笑っていた。
「よお」
「素っ気ねぇなー」
「そうか?」
首を捻る。自覚は無かった。
窓枠に組んだ腕を乗せた彼は、黒板を見ると「こっちもすげーな。うちのクラスもすごかったけど」と言った。各クラスに落書きはあるようだ。
しばらく、お互いに何も話さなかった。
「お前とは、高等部からだっけ?」
「ああ。そういえば中等部ではなんで話さなかったんだっけ?」
「接点が無かったからだろ」
どうでもいい話をする。バルトロと話すようになったのは、蜥蜴を召喚した次の日だったな、と思う。本当にただの蜥蜴なのか、と興味を持った彼が話し掛けてきたのだ。出会いのできことなんて、今まですっかり忘れていたけど。
「──向こうでも頑張れよ。ていうか、死ぬなよ」
「お前もな。やることによっては、国境警備より危ないからな、こっち」
「俺はそういう危ないことしねぇよ」
「それは良かった」
トントンと進む会話は、途切れることはない。
「蜥蜴っ子は、寒くて冬眠するかもな」
「え、それは困る」
「……ジーノは本当に蜥蜴っ子大好きだな」
それは当然だ。自分の使い魔だ。自分のことを選んでくれた者を、大事にしない訳がないじゃないか。それにそうでなくても、この蜥蜴は優しい良いやつだから、大事にしてやらないと、と思う。気付くと犬猫に食べられかけているから、傍にいないと怖い(それが理由で、ずっと召喚し続けていたりもする)。
「……さて、そろそろ行くか」
「もう帰るのか?」
「まあな」
適当に誤魔化して、ひらひらと手を振った。「うん、じゃあ、またな」「ああ、またな」と言葉を交わし、お互いの拳を軽くぶつけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
待ち合わせた場所には、既にコレットが来ていた。そのまま傍に寄ろうとして、不意に気付く。流石に“そういう”場に、いくら使い魔で、蜥蜴とはいえ、他者がいたら嫌なものだろうか、と。
一歩後退りをすると、肩に乗る蜥蜴に、訊ねた。
「なあ、どう思う、蜥蜴っ子」
そうして、自分が思ったことを伝えると、“彼”は心得たと言わんばかりに、いつぞやと同じように、肩から飛んでいった。急に手元を離れていった使い魔に焦ったが、おそらく終わったら出てきてくれるだろう、と自身を落ち着かせた。
改めて、コレットの方を見ると、彼女は蜥蜴が飛んでいった方向を見ていた。
「飛んでいるところ、見れました」
彼女は、にこ、と笑った。その表情は心なしか強張っている。
「……卒業、おめでとう」
「ありがとうございます。ルドヴィーコ様も、おめでとうございます」
「ああ」
定例のようなやり取りをした後に、コレットは、ひゅ、と息を吸った。緊張の面持ちで、ルドヴィーコの前に立つ。
「あ、の……」
その続きが、なかなか出て来ない。
ルドヴィーコは、急かすこともせず、ただ辛抱強く待った。何度か、「あの」を繰り返してから、ぎゅ、と目を瞑った彼女は、ようやく続きを声にした。
「わ、たし……ルドヴィーコ様のこと、す、好きです……っ」
ルドヴィーコさんが、ラウラさんをひたすら召喚し続けるのは、そういう理由。




