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放課後、何故か多くのギャラリーが集まった中庭で、剣を交えることとなった。蜥蜴を肩に乗せていると落ちると危ない、という理由から、ラウラはギャラリー側だ。
(この時のために、しがみつく練習はしてきたんだけどな)
ラウラは少々不満に思ったが、邪魔をしても悪い、と仕方なくルドヴィーコの指示に従い、バルトロの肩で試合を観戦している。
ジャンカルロは両手を広げ、高々と声を張った。いつ見ても、動作がいちいち大袈裟な男である。
「相手に、参った、と言わせたら勝ちだ。これ以上は無理と思った時には、素直に参ったと言うこと。これは殺し合いではないからな!」
剣を構え、よし来い、と笑った。
対するルドヴィーコは、やれやれ、と頭を掻いている。ギャラリーの中の女性陣から、きゃあ! と歓声が上がった。
(今の場面の、どこに歓声を上げる要素が……?)
ラウラの疑問には、当然誰も答えてくれなかった。
「あ、バルトロ様。蜥蜴さんも。こんにちは」
「おお、これはコレット嬢」
ひょっこりと現れたコレットは、「とても盛り上がっていますね」とにこやかに笑った。
「ええ、ハイディーン学園の名物ですから。それも最後の一戦となれば、こうなりますよね」
──ジュースや菓子でも売ったら、それなりの収入になるんじゃないか。いっそ試合もチケット制にしてしまえ。
バルトロがボソリと商人としての欲望を覗かせた。確かに需要はありそうだ。
「コレット嬢も観戦に?」
「いえ、私はたまたま通り掛かっただけです」
彼女の教室から正門に向かうには、中庭を通るルートが一般的だ。彼女自身はこの“決闘”のことを知らず、単に家に帰ろうとしたところ、群がる人々に遭遇したらしい。「何事かと思いました」と彼女は苦笑した。確かに、何も知らない人間が通り掛かったら、何が起こったのかと驚くだろう。
「一緒に見て行かれますか?」
バルトロの軽い誘いに、コレットはゆるゆると首を振った。目を伏せて、儚げに笑う。
「きっと見ていたら、……決意が鈍っちゃいますから」
もう帰りますね、と彼女はいつも通りに笑うと、剣を引き抜いたルドヴィーコに視線を向ける。しかしそれも一瞬のことだ。
「それでは」
コレットはバルトロとラウラに丁寧に頭を下げて、集団から離れていく。
「はー。ジーノも、コレット嬢のことどうする気なんだろうなあ。俺はあんな良い子そうそういないし、難しいこと抜きにして引っ付けば良いって思うんだけど。蜥蜴さん、お前もそう思わねぇ?」
同意を求められたラウラは、蜥蜴の特権を活かし、だんまりを決め込んだ。
そうしてから、思う。
(やっぱりバルトロは、デリカシーの無い馬鹿だ)
私に同意を求めるなんて。
……もやもやする。
その理由を、ラウラははっきりさせたくなかった。させなくたって、構わないじゃないか。どうせラウラは蜥蜴で、魔王の娘で、──いずれは離れていくのだから。
ジャンカルロが一歩踏み出し、戦いの火蓋が切られた。
全員の意識が、戦いの行方に一点集中した。それはバルトロとて、同じだった。ラウラは一人、ふう、とため息を吐いた。
ジャンカルロは踏み込みながら、斜めに剣を振るう。その軌道を冷静に予測したルドヴィーコは、自身の剣をその軌道に乗せ、対峙する。キン、と金属音が鳴り響いた。
剣同士が重なったのは一瞬だった。
互いの剣が弾かれたのを見て、ルドヴィーコは逆に攻め込む。ジャンカルロも焦ることなく、そのひとつひとつに対処してくる。二年前は、三撃も食らえば剣から手を離していたのに。
「っ、の!」
五撃目を払ったジャンカルロが、反撃に打って出た。剣を流した体勢から素早く剣を持ち直し、一閃する。辛うじて剣を戻して受け止めたルドヴィーコは、顔を顰めながら、ジャンカルロの腹を狙って蹴りを繰り出した。
ジャンカルロが驚いた顔で下がった。勢い良く動いたからだろう、足元から砂煙が舞い上がっている。対するルドヴィーコは、先程顔を顰めたことが嘘のように涼しげな顔だ。
「あの体勢から蹴り出せるとはな……」
顔を引き攣らせる対戦相手に、「つい足が出ただけですよ」とシレッと言う。
「相変わらず馬鹿みたいに強いな」
「ジャンカルロ殿下も随分お強いです」
「嫌味か?」
む、と眉を寄せて不機嫌顏を作るジャンカルロに、「いえ本当ですよ」と返しながら、ルドヴィーコは剣を構え直した。
空気が変わる。
ルドヴィーコが踏み込んだ瞬間、おそらくほとんどの者が彼の姿を見失っていただろう。少なくとも見えていたのは、慌てて水平に剣を構えたジャンカルロと、(あー、それだと二撃目に耐えられないぞ)と駄目出しをしたラウラくらいだ。
ギイン、と強い音が響く。剣の押し合いはルドヴィーコに分があり、現に彼の身体は、ジャンカルロの意思に反し、土を巻き込みながらじりじりと後退している。
その争いを終了させたのは、ルドヴィーコの方だった。彼は力を乗せていた状態から一気に身を引くと、体を捻りながらステップを踏み、突然のことに体勢を崩したジャンカルロの後ろに回り込むと、首裏に剣を突きつけた。
「…………参った」
ジャンカルロは、敗北宣言を口にした。しかし、いつも悔しげなその声は、今日はやけに明快だった。
彼は、すくと立ち上がると、ルドヴィーコに向き直って、低く力強い声で告げた。
「ルドヴィーコ=クエスティ。……我が友、ジーノよ」
いつから俺はあんたの友になったんだ、と思っているのだろう。嫌な予感に眉を寄せたルドヴィーコを見て、ラウラは苦笑した。
「お前の剣が、この先も誰にも破れぬことを信じよう。お前の剣が、常にこの国の為に振るわれることを信じよう。──騎士たる者、信念を忘れず、更に精進せよ」
ルドヴィーコの顔が、盛大に引き攣った。どこで仕入れたのかは知らないが、騎士の道に進むことを公にバラされ、その上、ルドヴィーコは殿下の為に剣の道に進むのだという誤ったイメージを、周囲の人間に植え付けられた。この最後の決闘は、その証なのだと。
これは間違ってもそんな青春の一ページのような光景ではない。面倒事から逃れたくて辺境の地に行こうというのに、早速“組み込まれた”。
「しばしの別れだ。お前が私の隣でその剣を掲げてくれる日を、待っているぞ」
待たんでいいわ!
「って、言いたいんだろうな、あの顔」
御愁傷様、と色々な事情を知るバルトロが手を合わせた。
言いたいことだけ言うと、剣を仕舞い、ジャンカルロは笑いながら去っていった。最後の笑いに、今回の全てが詰まっていた。
わあわあきゃあきゃあと騒めく観客を全て無視して、怖い顔でバルトロのところに戻ってきたルドヴィーコは、蜥蜴を自分の肩へ移すと、これ以上見世物になるのは御免だと、寮に向かって歩き始めた。
「試合に勝って勝負に負けた気分だ」
「流石、ジュリア殿下の双子。腹黒さは似ているな」
「全くだ」
脳筋だと思っていたが、意外と頭も働くようだ。ルドヴィーコにとっては、災難なことに。だが王子としては、ただの馬鹿よりあの方が良いだろう。
おそらく、ルドヴィーコさんの顔はとても暗い。というか、怖い。