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第一話「旅立ち……たくない」

 ――拾われてから6年半、間も無く7歳だ。


 集落の皆はすぐスンに慣れた。

 ピンが一番時間かかったけど、最近ようやく慣れた。

 君、ガキ大将だったよね?

 5歳の頃からドンが稽古つけてくれる様になった。

 7歳が近付いた今、ドンに対して打ち込める様になった。

 なかなかの才能らしい。

 運動は嫌いじゃない。

 むしろ好きな方だ。

 この身体のスペックがたけぇ。

 1教えられたら100は入る感じ。

 そんなに入らないぃいい! とか言いつつも入ってしまう。

 矢でも鉄砲でも持って来いってか?





 そんな事思わなければ良かった。

 いや、思っても思わなくても結果は一緒だろう。

 結果だけ言おう。

 ……全員死んだ。

 ドンもアンもピンも。

 向かいのパンばあちゃんも。

 次世代ガキ大将のダンも……。



 俺は川でスンと遊んでた。

 アンと夕飯までには帰るって約束をした。

 しかし夕飯の時間を超えて帰ってしまった。

 いや、それが幸か不幸か、死ななくて済んだ。

 集落が燃えていた。

 家ではドンとアンが倒れてた。

 沢山の血を流して。

 家の外ではピンが倒れてた。

 沢山の血を流して。

 皆、あるものが無かった。



 ……角だ。

 ドンとアンとピンに生えてた見事なまでの角が、みんな切り取られてた。

 集落に戻る最中、黒い鎧の一団を見た。



 多分あいつらだ……。

 でも俺はどうする事も出来ない。

 追いつけない?

 いや、ドンに打ち込める様になった時、ドンと同じ速度では走れる様になってた。

 馬程度になら負けない速度が出せる。

 勝てない?

 そうだ、ドンには勝った事がない。

 そのドンが死んでた。

 無理だ。

 スンはきゅっきゅと泣いてた。

 普段は泣かない子だが、俺の涙を見て泣いていた。

 俺は皆が焼ける臭いを嗅ぎ、吐きながらその場を離れた。

 集落から30分程走った場所に川に面した岩場がある。

 スンと遊んでた川の下流だ。

 俺は岩場に腰を落とした。

 この岩場以上の先へは「行っては駄目」という集落の決まりがあった。

 ……その集落はもうない。

 スンがもそもそ歩きながら、川の水を汲んでくる。

 身体を変形させ、手の様なものからコップ状の筒が形成される。

 俺が仕込んだ。

 今では酸を自在を吐く事も出来る。

 ここらでは最強のスライムだ。

 俺はスンが汲んできた水を一気に飲み干す。

 大分喉が渇いていたみたいだ。

 スンが心配そうに俺を見る。

 こいつがいるから狂わないでいられる。

 スンに感謝だ。


「ありがとう……」


 意識が途絶えそうだ。

 ……大丈夫。

 ここらで最強のスライムがいるんだ。

 安心して休める……。






 ……ごめん嘘ついた。

 うん、流石にこれは無理だ。

 さっきの黒い鎧の集団でも無理だろう。

 スンが気絶した。

 姿を見ただけでな。

 俺は気絶しなかった。

 その代わりもりもりもりってなった。

 7歳にもなって。

 倒れてた身体はいつしか直立不動になっていた。

 目の前の凍える様な瞳にいつ殺されるかと考えながら。

 大きさは……そうだな。

 ドン百人分とピン百人分位かな。

 色?

 まぁ、黒いよね。

 漆黒って感じ。

 この世の負の感情を全部詰め込んだ色だ。

 目?

 ネコ科の獰猛さを究極化したらあんな感じになるのかな?

 黄金の瞳がギョロリ。

 まじこえぇ。

 角?

 生えてる生えてる。

 ドンより立派で、太くて硬くて黒光りしてるのが。

 体長約50メートル?

 なんかのG級クエストに出てきそうな……。

 うん、人はこれをドラゴンって言うんだろう。


「我が名はスカイルーラー」


 名乗った……。

 名乗りましたよ奥さん。

 直訳で空の支配者?


「臭うハーフエルフよ、何故こんな場所にスライムなんぞと一緒におる?」


 臭いらしい。

 あ、ごめん。


 じりじりと後退し、下半身を川に漬ける。

 巻いていた風呂が造れそうな灰色の布を、ゴシゴシと洗い始める俺。


「うむ、心遣い感謝する」

「……いえ」


 感謝されたわ。

 実を洗い流しただけで感謝されましたよ奥さん。


「あぁ、怖がらなくてよい。

 別に食おうとか、殺そうとか考えてない」

「……それはどうも」

「して、ハーフエルフがスライムと一緒に何をしておる?」


 とりあえず話してみた。

 俺はレウスでそのスライムはスンという俺の友達であること。

 俺は昔ブラッディデビルに拾われて6年半育てられた事。

 ドンとアンとピンの事、川で遊んでた事、夕飯に遅れた事。

 黒い鎧の一団の事……。

 集落が燃えてた事……。

 皆……皆死んでた事……。


「なるほど……ブラッディデビルの角は人間の世界で高値で売れると聞いた事がある」

「……売る」


 ……だよな。

 角がないんだ。

 生前の世界の象牙みたいなもんだ。

 人間が狩りをして、その狩りに成功しただけだ。

 俺は生前も結構ポジティブだった。

 母親はいたが父親は早々にこの世を去った。

 しかし、病気だし仕方がない。

 いつ死ぬかじゃない。

 どう生きたかだ。

 母親は父親の自慢をいつもしてた。

 父親は一生懸命生きて死んだ。

 人の記憶に彼という存在を刻みつけた。

 それは俺にとっても素晴らしい事だった。


「そやつらが憎いか?」

「……いいえ」

「ほぉ、何故かな?」

「俺達だって狩りはする。

 森にいる四つ目兎も、一角猪も、食う為に殺す」

「しかし、奴らは金の為だぞ?」

「人間の世界では、生きる為に金が必要だ。

 勿論その中に娯楽が入っているだろう。

 あの角を飾って鑑賞用にする奴もいる。

 あの角を加工して武器にする奴もいる。

 しかし、金の為にという事は、生きる為にという事と繋がる」

「達観しておるのぅ」


 なんかこいつ良いドラゴンっぽい。

 ここの世界の魔物は良い奴が多いな。




 ……嘘ついた。

 岩石の様な皮膚、鋭利な牙。

 きもい程ヨダレを垂らしてる。

 あれはゴーレムウルフ。

 大きさは大型犬位かな?

 まじで襲う5秒前って感じだ。

 スンが気絶から回復した。

 頭の上に乗った。

 酸を吐こうとしてる。

 垂らすなよ?

 まじで。

 10匹位いるな。

 前に1匹だけ倒した事がある。

 剣があったからな。

 え、武器になるもの?

 そこらへんにある石とかだな。

 前にスンを剣の形にさせた事あるけど、やっぱりスライムだった。

 強度はゼリー、振った瞬間にグニッてなったわ。

 勿論盾にもならない。

 当たった瞬間にベチャッてなるだろう。

 さて、どう切り抜けよう?

 走って逃げるにしてもあいつら俺より速い。

 速度だけは無駄にあるんだ。

 んー……詰んだ?


「やれやれ、一休みしに来たんだがな……」


 おぉ、こっちには空の支配者がいた!

 どうすんだ!?

 火炎(ブレス)か!?

 火炎(ブレス)なのか!?

 おぉ、口がでっかく開いた!

 やっぱ火炎(ブレス)だ!


「ガァアアアアアアアアッッッッッ!!!!」


 世界が震えた……。

 ごめん、もりもりもりもりって出たわ。

 なんだこの咆哮。

 あ、スンがまた気絶した。

 ほら、ゴーレムウルフもちびって地面がビシャビシャじゃん。

 あ、逃げて行った。

 咆哮一つで戦闘回避。

 支配者クラスは格が違うなおい。


「臭うハーフエルフよ……」


 臭いらしい。

 あ、ごめん。

 お前のせいだけどごめん。


 その後もう一度川に入って、風呂が造れそうな灰色の布をゴシゴシと洗った。

 日に二度失禁するバカがいるかっ! と怒鳴られそうだ。


「してお主、この先どうするつもりだ?」

「狩りは出来るから食糧に困る事はない。

 しかし……」

「……?」

「強くなりたい……」


 とりあえず強く。

 一人で生きられる程度には強くならなくちゃな。

 あ、もちろんスンも一緒にだぞ。


「ふむ、ではワシが鍛えてやろう」

「は?」


 今こいつなんて言った?

 さっきのは決意表明みたいなもんだぞ?

 俺鍛えてくれとか言った?

 やだよ、こいつ怖いもん。


「よし、そのスライムと一緒に背中に乗りたまえ」

「え、いや……」

「さぁ……」

「あ、はい」


 そう、俺はノーと言えない日本人。

 特に強い者には言えません。

 言えるのは弱い人と母親だけ。

 背中……すげぇ。

 何これ、デビルフォレストの広場くらいあるぞ。

 黒くて硬い……けど中々の温かさだ。


「ハーフエルフよ」

「レウス、こいつはスンだ」

「我が名はスカイルーラー」

「呼びにくいね」

「ほぉ、では名をつけてくれんか?」

「……今日からあんたはチャッピーだ」

「……一応何故その名前になったか聞こうか」

「昔飼ってた犬の名前だ」

「……そうか」

「我が名はチャッピー。

 レウスよ、掴まっておれ」

「あぁ」


 掴まる?

 え、どこに?

 ……その後、俺とスンは三回振り落とされた。



 ―パーティメンバー紹介―


 名前:レウス

 年齢:6歳11ヶ月

 種族:ハーフエルフ

 職業:魔物使い(剣士)

 装備:風呂が造れそうな灰色の布

 技:無し



 名前:スン

 年齢:約3歳

 種族:スライム(緑)

 職業:レウスの友達

 装備:装備していません

 技:酸・形態変化



 名前:チャッピー(スカイルーラー)

 年齢:約3000歳

 種族:ドラゴン

 職業:空の支配者

 装備:背中にレウスとスン

 技:咆哮(シャウト)火炎(ブレス)



 因みにチャッピーは3000歳と書いてあるが、あまり覚えてないそうだ。

 ドラゴン長寿過ぎるだろ。

 スライムの寿命ってどれぐらいなんだろ?

 そう思ってチャッピーに聞いてみたら――


「知らぬな、スライムは基本的に人間に殺される運命にある。

 天寿を全うし死んだスライムを我は知らないのだ」



 なるほど。

 しかし、出来れば知っておきたいな。

 人里に出た時に調べてみるか。

 ところで、チャッピーどこに向かってるんだ?


「どこへ?」

「ユグドラシルの木へ向かっている」


 おぉ、聞いた事あるぞ。

 なんかやたらゲームに出て来る木の名前だ。

 でかいらしいな。

 まぁ、そんなにでかくはないだろう。






 ……やばい。

 でかい。

 何これ、チャッピーの身長よりでかい。

 俺とスンなんて豆粒だ。

 空が見えなくて、一面緑色。

 高さは……100メートル以上で、特に胴回りっていうのか、太さがやべぇ。


「ここで待っておれ……」


 チャッピーはユグドラシルの枝の方へ飛んで行った。

 うぉお!

 なんか上空でチャッピーが火炎(ブレス)してる。

 あいつこえぇよ。

 何してんだよ。

 あ、止まった。

 なんか降って来た。

 枝だ。

 地面に刺さった。

 後数十センチで俺に刺さるとこだったぞ?

 チャッピーが戻って来た。


「……よし」


 チャッピーが枝を爪でカリカリしはじめた。

 爪でも磨いでるのか?


 1時間経った。

 まだカリカリしてる。


 2時間経った。

 カリカリしてる。

 スンは寝始めた。


 3時間経った。

 俺も寝た。

 夜通しカリカリしてた。


 チャッピーはボケた老人みたいだった。






 朝……なんかここポカポカしてるな、気持ちが良い。

 起きた。

 目の前には木の剣が刺さってた。

 柄がある。

 柄頭がある。

 握りもしっかりしてる。

 鍔まである……。

 刀身も。

 凝ってるなチャッピー。


「ユグドラシルの剣だ」


 剣て……。

 木剣だろ?


「あの岩を斬ってみなさい」


 これジーンって痺れるパターンだろ。

 俺の身長と同じくらいの岩だぞ?


「むん!」


 あれ?

 なんか抵抗なくいけたな。

 その瞬間。

 岩が割れた。

 ……くぴ?

 スンが目見開いてビックリしてる。

 そらそうだ。


「ほぉ、なかなかの剣術だな」

「なんだこの木剣」

「ユグドラシルの剣だ」


 聞いたわ。

 それ聞いた。


「この切れ味は?」

「聖なる木を削り出した木剣だ、それくらい当然だろう」

「あ、はい」


 それを削れるチャッピーの爪のがこえぇよ。


「我が相手をするので、それを使いなさい」


 ……くぴ?

 今なんつったこいつ。

 ストロー級対ドラゴン級だな。

 無理だろ。


「無論本気で相手をするわけではない」

「……」

「しばらくはこいつが相手になる」


 左手だけで相手してくれるらしい。

 けどあの爪怖いよ?

 刺さったら死ぬよね?


「さぁ、かかってきなさい」


 その日からめっちゃ怖い修行が始まった。

 チャッピーは教えるのがすんごいうまかった。

 こっちの死角の場所を教えてくれた。

 なんだあの左手は?

 めっちゃ細かく動く。

 箸でも持てるんじゃないかって位の繊細さだ。

 俺の攻撃を受ける時も爪の刃の部分でなく、爪の甲の部分で受ける。

 なぜかって?

 ユグドラシルの剣が刃こぼれするからだ。

 甲で受ければそれは起きない。

 俺の速度に合わせてくれるから本当に良い相手だ。

 左手……俺の相棒左手。

 なんか卑猥だな。

 スンはスンで、遠くに行っては傷だらけで帰ってくる。

 なんか頑張ってるみたい。

 死ぬなよ?

 まじで。

 ここ、ユグドラシルの根元は本当に便利だ。

 水場はあるから全員の飲み水の確保は完璧だ。

 スンは水だけでいいし、チャッピーは肉でも草でも良いらしく、ユグドラシルの葉をもさもさ食ってる。

 水場に魚や獣が現れる為、偏食にもならないし俺の食材には事欠かない。

 ここで暮らせるんじゃね?

 まぁ、いつかは人里に出なくちゃな。



 頑張ろう。

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