23, ジョックロック
最終回の守備についた俺ら全員がきっと公式戦初勝利のことだけを考えていたことだろう。1年生投手の一球ごとの行方を全員で確認しながら自分が出せる最大限の声で声かけをしている。ひとつのアウトを取るごとに吹奏楽の音が球場全体に響き渡る。一人目の打者は簡単にショートゴロに倒れ、二人目の打者はレフトフライ。俺らの応援団からあと一人コールがこだましてくるようになった。
公式戦初勝利まであと一人。深呼吸してジャンプして、体を動かしてとにかくリラックスしようとするも、やっぱり鼓動が収まらないし体幹が樹木のように固まって柔軟ではいられない。投手がセットポジションから投球するごとに大げさに動き回り、聞こえていないかもしれないけど大声で投手にエールを送る。ランナーがいないのにランナーが居るような緊張感。そして球場全体を上から圧迫するようなプレッシャー。投手の足が上がる。大きく弧を描く右腕が伸びて、一瞬にしてキャッチャーミットに収まる。最後の球は高めの直球。審判の”整列”の声に、やっと試合が終わったという実感が湧いた。
公式戦初勝利。礼の後、ホームベース前に一列になって、バックスクリーンの方を向いて校歌斉唱した。歌い終わり、礼をすると同時に応援団の目の前まで駆け寄り、応援団にも大声で礼をした。とにかく叫びながら全力疾走がしたい気分だった。やっと勝てたのだ。2年半の努力がやっと実を結んだのだ。途中でやめなくて本当に良かった。そう心から思った。それが終わってすぐ、審判から最後のアウトを取った記念のボールを手渡された。主審も俺達が公式戦初勝利だということを知っていたらしい。次の試合の準備があるので急いでベンチから道具を取り出し、球場外へ出ると、大きな拍手に包まれた。安川高校の応援団の他にも次の試合を行うために集まった他校の応援団からも祝福された。その方々にも挨拶し、やっと一息ついた。
次は地元のテレビ局や新聞社の取材。テレビの中で見るような大げさな囲み取材ではないが、去年、先輩が取材されているのを横目で見ているせいかあの光景が蘇ってきた。初めて注目してもらえている嬉しさを噛み締めながら質問に答えていった。インタビューの最後でウィニングボールを監督に手渡すという演出を行い、そのままボールは監督の元へいった。
その日を境に、校内ではまるで甲子園に出場することが決まったかのように応援されるようになった。それは多分きっと野球部の試合があるごとに公欠できるからというのもあるだろうが、あれだけ煙たがられていた時期が懐かしく感じるほどだった。次の試合はいつだ、絶対に応援に行くよ、そう言われる度に良い気分になった。途中退部した同級生やあの態度の悪かった後輩はどこか悔しそうにしているようにも見える。やめたことを後悔しているのだろうか。だとしたらますます続けてきたかいがある。
次の試合は約1週間後、初勝利と同じ球場で行われた。しかし相手は野球留学してきた野球エリート達。初勝利の勢いは静かな実力によって封じ込められた。何も出来なかった。はじめての秋大会を思わせるような完敗。23対0のコールド負け。コールド負けに始まり、コールド負けに終わった俺の高校野球。最後まで俺がマウンドに上がれることはなかった。
最後の夏は、こうしてあっさりと終わった。




