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15, コパカバーナ

 夏の大会が終わって代替わりも終わり、チームは秋大会に向けて練習をし続けた。といっても実際には1年生の中でも比較的真面目に練習する奴らと一緒に少人数で野球にならない野球をしていた。

 

 豊田がいなくなった今、このチームで投手をまともに務められるのは俺だけだった。厳密に言えば態度の悪い1年生の中には”野球がうまいからこそ”偉そうに振る舞うやつが多く、その中には何人も投手が出来るやつはいる。しかし彼らには期待できないししたくもない。彼らが投げて勝っても全く嬉しくないからだ。そのために俺は練習試合も公式戦も全部自分ひとりで投げきらなくてはならなかった。


 監督は一応俺のそんな気持ちも理解しているつもりだったようだ。新チームになってからはそれまで豊田にしていたように、積極的にアドバイスしてくれるようになった。


「もっと腹筋に力を入れて、振りかぶるときはしっかり後ろに体重を乗せてから蹴り上げて、その反動で足を上げてぐっと力を込める。今のフォームには力感がないのが問題だ。大きく体を使って、腕をもっと前に伸ばして、指先で押し込め。常にキャッチャーを見て、投げた後は守備の準備をすぐにしろ」


 初出場の夏の大会で見せた俺の好返球のイメージが強く残ったのだろう。あの投げ方をするように指導してきたのだ。俺は投球時と守備時は投げ方を分けている。当然だ。短い距離を助走なしで投げ込まなくてはならない投球と、勢いをつけて遠くの距離を投げ込む外野からの送球は意味が違うからだ。

 しかしなかなか結果のでない俺にイライラしていた監督は、なんとかあのときの体を大きく使う外野返球のような投げ方を投球中にしてほしいようだった。試合中でもすぐにベンチから大声を張り出して、その度にタイムを取って脱帽し直立不動で相手にコソコソ言われながらその場で指導を受ける。辱め以外の何者でもないと思った。

 その結果、俺は自分の投球を失った。過度な矯正と理不尽な叱責によって。今の投球フォームは違和感だらけだが、今までのままだと怒られるから変えるしか無い。監督の言うことは絶対の世界だからこそ、自分というものを失ってしまった。ストライクも入らないし、球が軽くなって、それまで一度も打たれたことがなかったホームランを練習試合では何本も打たれるようになった。

 常にキャッチャーを見て、腕を前に伸ばそうとするのですぐに体が開いて手投げになってしまう。そのうちキャッチャーまでの18.44mがどんどんどんどん遠くに感じるようになり、どうボールを握っていたのかもどういうフォームだったのかもわからなくなり、それでも練習試合は続くので手先でコントロールしなければならなくなり悪循環。手が縮こまり、動作が途中で止まり、試合のことを考える余裕はなく、自分のフォームだけに意識が行くようになった。例えるなら、肩までしか無い神経を最大限意識して、関節なんて無い硬めのスポンジと化した腕の先に乗っている硬式球をどうキャッチャーまで届かせるかという状態に悩んでいた。典型的なイップスだった。


 何試合投げても勝てない。ストライクが入らない。ボールが届かない。だから監督からの矯正回数がどんどん増えていく。そのうち監督も諦めたようで、左投げだからと部家を投手として指導していくようになった。その間、俺は外野ノックを受けたり打撃練習をしたり。完全に野手として扱われることになった。


 俺はこうして、投手をクビになった。監督に壊されたも同然だったが、逆らうことは出来なかった。

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