12, 夏祭り
不穏な雰囲気は夏大会直前でも改善されることはなかった。部員減少を恐れて監督が新入生に対して優しく接しているうちに、昼休みのグラウンド整備も1年生は徐々に来なくなり、新入生がダラダラと準備するせいで練習開始時間も遅れて、設備は整っているはずなのに練習内容と成果は悪くなるばかりだった。
当時3年生だった主将は弱々しく、注意することも出来ない。それはなぜか。主将の弟が1年生で、野球部の新入生に主将が注意すると、弟がどうなるか分からないからだ。主将からコソッと聞いたが、1年生が調子に乗り始めた春先、一度練習時間全てが主将の説教になるという事態が起きた。その次の日、主将の弟は夜遅く帰ってきて、明らかな外傷はないが隠れているところに痣があったらしい。
ひどい話だと思い監督や他の顧問の先生に報告しようと思ったが、主将に止められた。もうすぐ夏の地区予選が始まる。せっかくここまで我慢して頑張ってきたのに、部内暴力が公になると出場できなくなるかもしれない。それだけでなく真面目にやっている2年生にも悪い噂が流れるかもしれない。それは避けたい。だからここは我慢するしかない。野球をするために。そういうことだった。
一年生の部活参加率が低いまま夏の大会を迎えようとしていたある日、綺麗なお姉さんとカメラマンの方がグラウンドの端の方から歩いてきた。共学校ではあるがそれでも浮いて見えるほどの美人。地方局の高校野球担当のアナウンサーだった。
いつも無精髭を生やしてぶすっとしている監督も、今日はしっかり髭をそっていて、表情も晴れやか。かと思うと練習中は高校生のように選手を鼓舞し、いつもなら捕って当たり前だと怒るほどの平凡な捕球や送球に拍手で応える。メンツで動いてるんだろうなとチームメイト全員が思っていたことだろう。
夏の地方大会に初出場するということで注目してくださったのか、俺も創部当時の思い出をいろいろとインタビューされた。草抜きや石ころ拾いからはじめ、まったく勝てずにここまで来たことが頭の中で走馬灯のように流れてくる。3年生の主将は無理やり笑顔でインタビューに答えている。1年生の中でも練習に来ているやつはちらほらいる。そいつらがいつ暴走するのか分からない中で、違った意味で緊張しているようだった。
後日、たった5分間の紹介VTRには爽やかな監督と笑顔の主将が映っており、俺がインタビューに答えた部分はあの美人が読み上げてくれた。来年は初出場じゃないから注目されないかもしれないが、映れるものなら映ってみたい。そう思いながら必死にバットを振った。
抽選日は晴れた日だった。主将は顧問と一緒に抽選会にでかけ、2年生主導で練習をした。主将がいないからとまた調子に乗る1年生達。注意したら”ここでわざと喧嘩のふりしてナツタイ台無しにしてもいいのか?”とタメ口で応戦してくる。もうやってるじゃないか、主将相手に。胸クソの悪さをぐっとこらえて自分のできる範囲で”2年生のために”練習を続けた。
帰ってきた主将は体が震えていた。
「集合!」
顧問が全員に集合をかける。2年生はもちろん走って集まったが、1年生は誰も駆け足にはならずダラダラと集まってきた。何も事情を知らない顧問がすかさず吠えたが、効果は今ひとつだった。
「初戦の相手は、県立商業に決まった」
その一言で全員が固まった。
創部100年を超える古豪、県立商業。あの練習風景をビデオで見た、高校野球のお手本となる学校である。初出場の俺らの相手が県商。いきなりずーんと重たいものを感じた。ヘラヘラしていた1年生は、必死に笑いをこらえていた。
集合が解かれて全員が元の練習に戻ったが、その日はなんだか身が入らなかった。




