11, オブラディ・オブラダ
5人だけの厳しい冬を乗り越えた俺らの唯一の楽しみは、新入生の存在だった。最低でも4人以上入ってくれれば練習試合が組める。それだけしか楽しみがなかった。相変わらずの厳しい練習、監督からの叱責、昼休みはグラウンド整備、授業は唯一の休憩時間。自分はなんてマゾヒストなんだろうと思ったこともある。でも大好きな野球を続けるためには必要な犠牲だと思い、必死に耐えてきた。まだ高校野球を初めて1年も経っていないが、それなりにプライドがあった。この小さなプライドが、その後の野球部の中で大きな問題に発展する。
新入生が入ってきた。大量だ。5人だけの俺らの代に対して、新入生が15人。これで試合ができるようになる。そう思うと練習試合が待ち遠しかった。新入生が大量に入ってくると同時に、監督の前の学校のOBがバッティングマシンを寄贈して下さった。この監督がどれほど慕われているのかと実感した。そこまで慕われる良い監督だとは思わなかった。
初めてのマシンに興奮する。車輪のようなローラーが2つ付いていて、ストレートもカーブもなんだって練習できる。これによってやっと効率的な打撃練習が出来るようになる。入学してから1年、これまでの打撃練習は素振り、ネットに向かって打つティーバッティング、トスバッティング、ロングティーのみ。前から投げると防御用のネットすらないので危ないということで、前からくるボールを打つ機会は練習試合や公式戦しかない。だからこそこれまで打撃力が向上してこなかったのかもしれない。
そしてこのあとしばらくして、練習試合の中で初めて配球を読んだ安打を打つことができた。カーブ、カーブと外れたから、次は絶対真っ直ぐでストライクを取りに来ると思った。そこで本当にストレートがストライクゾーンに入ってきて、素直にバットを出してセンター前ヒット。こんなの当たり前なのかもしれないが、その程度で喜べるほどレベルはまだまだ低かった。
1年生が大量に入ってきたことで、練習内容はもちろん、練習の雰囲気も変わった。それまでの練習は少数精鋭で一人に対して多くの時間を割き、技術指導をみんなで行うことが多かった。しかし人数が増えて設備も充実してくると、徐々に”こなすだけの練習”が増えていった。確かに体で覚えるのは良いことだと思うが、どこが悪いのか何がどうなっているのかわからない中で闇雲にやっていても意味ないような気がしていた。でも、監督の命令は絶対なので、従うしかなかった。この頃から投球フォームが崩れだしてくる。
新入生が大量に入ってきてくれたのは良いが、どこか違和感があった。例えば練習中にエラーすると、新入生に対しては”新入生だから”と甘やかし、俺達2年生には”先輩らしくもっとちゃんとしろ”と怒りに任せて叱ってくる。理不尽な走り込みや3時間ずっと振り続けるような過度な素振りもなくなった。監督が決めた練習メニューは前年と打って変わって楽なものになっていた。それによって1年生は徐々に調子に乗りだし、怒られないことを良いことにコントロールが効かなくなる。秋大会の後に大量に辞めていったのをうけて、監督は明らかに新入生に対して甘く接するようになってしまっていた。
新チームのスタートは不安要素だらけだった。




