10, ノックアウトマーチ
試合は終始相手ペースで進んでいった。
僕は2番で先発メンバー入り。出塁が期待された。しかしあっけなく三振。自分たちが知っている世界の野球ではなかった。ボールの速さが違う。動きが違う。自信を持って、余裕で攻め込んでくる。打てそうだと思う球が一球もない。フルボッコという言葉がよく似合う試合展開だった。何一つ悪あがきできない実力差。惨めだった。
結果としては25対0で5回コールド負け。試合を成立させるだけでいっぱいいっぱいだった。疲れはスパイクの歯から足全体に伝わってきている。動き疲れたのではなく、立ち疲れたのだ。攻撃の時間は数分、守備の時間は毎回30分以上。観客は僕らを笑うどころか次の試合の準備をしている別のチームの方を見ていた。
チーム全体が負けるのに慣れている。こうなることは知っていた。だから何も悔しくなかった。ミーティングではそういった言葉が溢れ、ついに監督が激怒した。
「もうええ! お前ら全員走って帰れ! バスには乗せん!」
実は保護者が疲れているだろうからと小さなバスを用意してくれていた。実際、ミーティングのさなかにも目の前には保護者とバスが見えていた。それに乗って帰れるものだと思っていたから、走って帰ることになるとは思っていなかった。チームメイト全員が口はつぐんでいるが眉毛だけで驚きの表情を表現していた。
全員で歩いて登ってきた坂を、今度は全員で走って下る。保護者に向かって深々と頭を下げる監督をちらっとだけ見て、疲れた脚を引きずるようにして耐えた。歩くだけでもしんどいのに、走らなくてはならない。監督は神様であり絶対的な存在。サボることもできるはずだが、そういう考え方には何故かなれなかった。両足の骨が地面からの負荷をもろに受け止め、痛みが響いてくる。これも一種の体罰ではあるかもしれないが、だからといってやめるわけにもいかない。思考をする余裕がなくなっていた。学校までつく頃には、もうとっくに陽は暮れていた。
校門まできて次々に倒れて嘔吐する部員たち。水を求めて近くの小川に顔を突っ込むやつもいる。暗闇の方からイライラした表情で監督が出てきた。
「お前ら遅いんよ! サボっとったんか! 下校時刻とっくに過ぎとるぞ! はよ荷物片付けて下校せえ!」
ウザい、やかましい、だまれ、クソ……部員たちは声にならない声で、嘔吐物と一緒に愚痴をこぼした。
誰も次の日のことなど考えられる余裕がなかった。その次の日から、野球部の練習に現れる人数は一気に減った。僕を含めて5人程度。豊田との二枚看板は未だに維持できているが、数人の同級生が愛想を尽かして去ってしまった。監督は本当にやる気のあるやつだけ残るべきだと語っていたが、この秋大会以来、暫くの間練習試合を組むことができず、結果的に実戦感覚を失うことになってしまった。幸いにも気温は下がり続け、その後は冬の時期になり練習試合禁止の期間に差し掛かろうとしていたので、春先や夏前よりはマシだと無理やり自分を納得させた。
はじめての寒く辛い冬が目前に迫っていた。




