詠唱第三節 秘密 ~secret~
「お前、リリス・バングか。って事は、お前がカナを洗脳したのか」
「・・・証拠がないじゃない。」
「お前が使用する自然魔術は炎。その学科でSランクをもっているのはお前だけだ。」
「Aランクのイオリ・オルガナとかの可能性は考えなかったの??」
「Aランク程度がこの魔術を使えるはずがない。それに・・・これは創作魔術だ。個人が作成し、本人のみが使える門外不出の魔術だ。創作魔術で、しかもこれだけの実用性を誇るものはなかなか作れない」
ちなみに、俺の創作魔術はいくつかある。『具現化』と『聖域』等、まぁいろいろあるわけだが、その説明はいずれ。
「何で俺を狙った??それと、何故わざわざカナを使った??」
俺を狙った理由はまだ分からない。でも、もし殺すために差し向けたとするなら、カナは実力不足だ。俺を除けば学園最弱の生徒じゃ、俺にゃあ勝てねぇ。自然魔術なら勝てるだろうけどな
「・・・カナちゃんを使ったのはちょうど近くにいたからよ。あなたを狙ったのは・・・・・・・
・・・・・・試すためよ」
・・・え?今こいつ、なんて・・・・・??
「俺を・・・試す??」
「ええ、あなたも知っているでしょう??二年になったら、チームを組まなくてはいけない」
この学園には、2年になると、それぞれ3人~8人ほどのチームを作る義務が生じる。
それというのも、世界初の魔術学園であることから、生徒たちは個々の能力を過信せず、弱点を補い合う必要がある。モンスターの中にも魔術を使うものもいるし、魔術の先、真祖の『魔法』を使うものもいる。そういった相手と戦闘する際、チームで討伐に当たる必要があるためだ。
「それは知ってるが・・・」
それとこれとに何の関係がある??
「ここまで来て、意図に気付かないなんて、中々に頭の回転が悪いのね」
「ほっとけ。まさかとは思うが俺をチームに入れようなんて魂胆じゃねぇだろうな」
「あら、分かってるじゃない。」
「・・・冗談だろ。俺は最低ランクの人間だぞ!!」
それに、こいつには相棒ともいうべき人間がいたはずだ。本人も明言している。
「ええ、私には相棒がいるわ。正しくは、相棒になりうる人間、と言ったほうが正しいけど」
「ならそいつと組めばいいだろうに、わざわざ・・・」
「あなたよ」
「・・・・は??」
思考が停止する。は??なんつった??
「ってまて、俺がいつお前の相棒になったんだよ」
「いま」
「俺の意見は??」
「聞かないわ」
「吹っ飛べ馬鹿野郎」
待機させといたPIKO★PIKOハンマーをリリスに向けて放つ。
ピコオォォォォォォォォン!!!
「・・・あっぶないわね」
見ると、右手を起点にして魔法の盾を張る『│拒絶する瞳』で苦も無くガードしていた
「・・・『燃える抱擁』」
「きかねぇよ、『嘆きの風』」
さっきから俺の周りを熱風が取り囲んでいたのを肌で感じていた。なので、エルと力を共有し、自分の体の周りに風を竜巻のように発生させ、相手の魔術を防御する魔術で打ち消す。
【・・・ル!!リ・・ル!!】
・・・?何だ、今の??
不意に、頭の中をノイズが駆けた。聞き覚えのない声、しかし、どこかなつかしい
「っと!!拡散する薔薇!!」
疑念はひとまずおいておき、具現化の魔術で作り出した薔薇を投擲する。花弁の一つ一つが鋭い刃となっているこの薔薇は、俺のある言葉で辺りに死を撒き散らす兵器となる。その言葉とは
「開放!!」
瞬間、薔薇の花弁が拡散し、辺り一面に降り注ぐ。壁を抉り、床を切り裂き、辺り一面を蹂躙する。
・・・やり過ぎたかな。そう思うくらい、廊下は悲惨な状態になっていた。当然、リリスの姿も見えない
「・・・跡形もなくしちゃったか??」
「大丈夫じゃない??Sクラスなら切り抜けられるはずよ」
「そうそう。良い攻撃だったけど、炎の魔術師に鉄の攻撃はダメよ、鉄なんて私たちにとっては氷みたいなものだから」
目の前の空気が揺らぎ、リリスが姿を見せる。その体はおろか、服にすら花弁の攻撃が当たっていない
「・・・灼熱の陽炎。クラウス、あなた自然魔術は使えないの??」
「・・・さっき使ったろ。嘆きの・・・「その、隠れている精霊の力を使わずに」・・・ああ、だから俺は落ちこぼれなんだ」
まさか、油断していたとはいえ、エルの存在はともかく、俺がエルと力を共有していることすら気づかれるとは。こいつ、伊達にSランクじゃないな
「・・・試しに、私に風の槍をうってみなさい」
「馬鹿言え、できるわけないだろ。だいたい・・・「良いから打ちなさい」・・・どうなってもしらねぇぞ」
嘆息し、構える。弓を引くような体勢で、引き絞った右手に風が集まる感覚・・・それが安定した瞬間、右手を突き出す!!
「風の槍」
右手の風は槍となり、リリスに向けて放たれる・・・ふつうなら
「・・・え??」
リリスは唖然としている。無理もない
リリスの立っている場所の左右の壁、足の間、頭の上、その四か所を、反応できないスピードで何かが通過したのだ。
「今のが・・・風の槍??」
「失敗作だけどな」
普通なら、風は手の延長線上にまっすぐ飛んで行く。しかし、俺のは一度目の前で停止した後、四方八方に拡散する。槍ではなく散弾。しかし、そんな魔術は存在しない。だから俺は風の槍ができないのだ
「今の・・・明らかに術が自分の力に耐えられていなかったわ・・・それに威力だけならS・・・いや、S以上」
リリスが俺の魔術を分析し始める
「これでわかったかよ、俺にはお前とチームを組む力なんてない」
「うん、分かったわ」
どうやら納得してくれたらしい
「クラウス・リヴル。あなたを鍛えてあげる」
リリスは小柄な体を偉そうにふんぞり返らせ、俺を指差し、そう告げる。・・・は??
「え??」
とっさに理解できなかった俺は、ただただ面喰らっていた。
「だから・・・」
それからしばらくして、俺は病室の前にいた。
フィートは大怪我こそしたものの、命に別状はなく、数日もすれば回復する。と先生に告げられた。
そして、今ようやく落ち着いたところだから、そっとしておいてほしいということを言われ、閉じたドアの前に立ち尽くしているのだ。
「フィート・・・」
「あの子、あなたの友達??」
・・・なぜか、俺の隣にはリリスがいる。
「・・・なんでお前がいるんだ。ついてくるな。俺はお前とは組まない。お前の評価が下がるだけだ。」
あの後。フィートのところに行く道すがら、ずっとチームの勧誘を受け続けていたのだ。しつこい。
「・・・君、ちょっといいかな」
病室の前でリリスと視線のいがみ合いをしていると、後ろから声をかけられる。
「あ、すいません。リリス、とりあえず邪魔になるから・・・「邪魔なのは君だけだよ。最弱君」・・・!?」
突然、リリスと俺の間の空気が膨張し、俺のみが弾き飛ばされる。
「最弱ごときが、僕のパートナーの隣に立つなんて、恥を知りたまえ。」
見ると、さっき声をかけてきた男が、虫を見るかのような目でこちらを見ていた。
その顔には見覚えがある。
「炎のB+ランク・・・名前は忘れた」
「心の声が漏れてるぞ。最弱。僕の名前は「ああごめん、興味ない。」・・・立場というものを知らないようだね・・・」
煽り耐性低いな・・・テンプレみたいなやつだ
「何か用?サスティ」
リリスが嫌そうに声をかける。そうか、思い出した。サスティ・グローザー。魔術は人よりちょっとましな程度。でも家柄が大富豪という事でその態度は傲慢不遜。自分以外を見下し、認めたものは勝手に自分のものにする、そんなやつだ。
つまり、いわゆるかませ犬ね。
「リリス。二年になったらチームを「断る」・・・せめて最後まで言わせてくれないか」
リリスは適当にサスティをあしらうと、俺に手を伸ばす
「大丈夫?」
「叩きつけられたのがただの風だからな。風属性に熱風は意味ない。」
そういってリリスの手を取ろうとすると、サスティは俺の手を蹴り飛ばす。
「最弱の分際でリリスに手を触れるな」
「・・・おい、てめぇ」
ここまでされたらさすがに俺だってキレる。いきなり出てきて、勝手に見下してるんだものな。
《・・・せ・・・》
「クラウス・・・?」
リリスは戸惑いを隠せないといった様子でこちらを見ている。
「サスティだかなんだかしらねぇが、いい加減にしやがれ」
エルと力を共有しているわけでもないのに、風が俺の周りに吹き荒れる。いや、操っているわけではない。たぶん、怒りという感情の高ぶりに、魔術が反応しているだけだ。
「クラウス・・・落ち着いて、怒っちゃだめだよ」
《殺せ・・・!!》
「エルフィー、安心しろ。ちょっとこいつを・・・」
『消し飛ばすだけだから』
「・・・え?」
その一言は、クラウスの口から放たれてはいたが、クラウスの声ともう一人、とても邪悪な声が混ざったようだった
「消し飛ばす?基本魔術も使えない君が、僕を?笑わせるな最弱が!!」
サスティは感情をそのままに、巨大な火球をクラウスに向けて放つ。ここは狭い廊下、どこにも逃げ場は無い。
勝利を確信し、表情をゆがませたサスティは、その直後、別次元の衝撃に貫かれた。
「この程度か。今のB+は」
クラウスは手刀で火球を切り裂き、引き絞った右の拳をサスティの腹に叩き込む。そして
「│暴風の炸裂弾」
先程の風の槍を、そのまま発動した。
発動された魔術は拳の前で、つまりサスティの体内で停止し、次の瞬間。
四方に暴れ狂う暴風が、サスティを吹き飛ばした。
「ぐっ・・・!なぜだ!!貴様は自然魔術を使えないはず!!」
「はっ。んなこと俺が知るはずねぇだろうが」
吹き飛ばされ、地面を転がるサスティ。それを見下ろすクラウスの周りに、黒い風が吹き荒れる。
「あれは・・・?」
黒い魔術など存在しないため、リリスはその魔術を理解できない。
「嘘・・・あれは・・・」
リリスの隣、肩にとまっていたエルフィーがおびえた表情でつぶやく
「エルフィーちゃん・・・?」
「リリス、今すぐクラウスを止めて!!じゃないと・・・クラウスが『魔法』に取り込まれる!!」
「・・・『魔法』・・・?」
魔術。それはもともとは魔法と呼ばれていた。
今でこそ精霊と契約することでしか人が魔術を使うことができないが、遠い昔の人々は契約なしで魔法を扱えた。
だが、『魔法』は意思を持っている。
使用者の体を少しずつ蝕み、やがては体をのっとり、好き勝手に暴れまわっていた。
それを重く見た魔導師たちは、自らその力を封じ、魔法を封じた。
それから現在まで、魔法を扱える人間は存在しなかった。
ただ一人、風と闇を持って生まれた少年。
かつての魔王、リンドヴルム。その血を引き、最もその血の影響を受けた、クラウス・リヴルという少年を除いては。
「・・・って今の解説誰!?」
突然頭の中に聞こえてきた声に突っ込みを入れるが、声はそれきり聞こえてこなかった。
「魔法・・・じゃあクラウスが魔術を使えないのって・・・」
「そう。魔術は魔法を弱めて、影響力をなくしたもの。いわば魔術式は魔方陣の劣化版ってこと。それに沿って魔法を放てば、相互干渉を引き起こし、演算にエラーが生じる。だからクラウスは魔術が使えないの。私と魔力を共有することで、魔術式にとどまる範囲の魔力に抑えているのよ。」
エルフィーの説明に、リリスは納得させられる。風の槍は魔術式だ。そして先程の暴風の炸裂弾。あれは術の発動自体は変わらないが、式を組み替えて、さらに演算を複雑化させていた。
「さっき、俺のこと最弱って言ってたよな・・・?じゃあ、その最弱に手も足も出ないお前は何だってんだ??」
クラウスの周囲に吹き荒れる闇風の色が深さを増していく。まるで黒いマントをたなびかせているように、徐々に姿が見えなくなっていく。
「クラウス!!」
リリスの声も、もう届いてはいない。