融点36.5℃(前)
「あの子に触ってはいけないよ」
物心ついてから、何度も大人たちにそう言われてきた。
あの子というのはつまり、私のいとこのことで、名前はユキだと聞いている。
両親はすでにいない。
ばあさまの屋敷の一室から出てこないその子の姿は、不思議な色彩をしていた。
青の混じった灰色の髪に同じ色の目、肌は混じりけのない白で、唇は少し紫色。
小学校までの私は「なんてひ弱そうな子なんだろう」と思っていた。
中学校の私は「美白を極めてるけど不健康そうだ」と思っていた。
高校生のときにやっと「なんかおかしいな」と思い始めた。
その、周りのだれにも似ていない容姿。
親戚で集まっても、子どもたちに「触れてはならない」と言う時にしか話題に上らない存在感。
今はもういないユキの父親だけは、よくその子の部屋の前に座っていた。
そして、多分生まれてからずっといるのであろう空間が鉄格子で囲われていること。
気になりだしてからは、なぜ今まで気にしていなかったのか不思議なくらいおかしなことばかりだった。
大学生になりそこなった四月、私はばあさまに呼ばれて屋敷へ行った。
「あの子の話し相手になってやってくれ。どうせ暇なんだろう?」
暇だと決めつけるような言葉にカチンと来たが、事実そうであったので、私は従うことにした。
ユキの部屋の隣の隣に自分の部屋を与えられて、私はそこで暮らし始めた。
そして、初めてユキと言葉を交わした。
「ねえ、君の平均の体温は?」とユキが問い、私は「35℃」と答えた。
ユキが笑うのも初めて見た。
一日のほとんどをユキの部屋と私の部屋の間の部屋で過ごし、時折ユキと言葉を交わしながら勉強をする。
ユキは学校には行っていないが、大層頭がよかった。
私はわからない問題は何度解説を読んでもわからない人間だったが、ユキに説明されると理解できた。
そんな日々が続いたある日、私はとあることに気がついた。
家の外は夏が近づき、日々気温が上がっているというのに、家の中の気温はほとんど変わっていないのだ。
ずっと冬と春の境目のような空気が流れている。
ばあさまの屋敷には空調設備はエアコンはおろか扇風機すらない。
家中歩いて、ユキの部屋に向かうにつれて涼しくなっていることが分かった。
それを言うと、ばあさまは応えた。
「ユキの部屋を中心に涼しいわけじゃあない。ユキを中心に涼しいんだ」
わけがわからず、ユキにも訊いた。
ユキはその不思議な色彩の顔に綺麗に笑みを浮かべて、教えてくれた。
「ユキには雪の血が流れているから、冷たいんだよ」
「雪の血?」
「そう、君のおじさんと、雪の間にできた子供だから」
おじさん、いったい何者だったんだ。と思った。




