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私の星見草【下】  作者: ざこぴぃ
黄の星見草
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黄の星見草


「松江児童養護施設様!松江児童養護施設様!」

「あっ!はいっ」

「ご出金終わりました。こちらが通帳と――」

「ありがとうございました。それとこの手紙を出したいのですが――」

 私は通帳をしまい、手紙をバッグから取り出すと、車に乗り込んで施設へと帰る。

 その手紙を書いたのは一週間前の事。ある一冊の本がきっかけだった。

 

 ――2017年9月5日。

 松江市にある児童養護施設で働く私はいつもの様に数冊の雑誌を買って来ると、待合室の古い雑誌と入れ替える。

礼子(れいこ)先生っ!ご本読んで!」

日和(ひより)ちゃん、少し待ってね!施設長に呼ばれてて――」

「はぁい!」

「良い子ね!ちょっと待っててね!」

 一年程前にこの施設にやってきたひよりは私によく懐いてくれ、言う事も良く聞き、まるで我が子の様に可愛がってきた。この歳まで独身の私が……子育てもした事のない私が言うのも変な話だが、そのくらい可愛がっていたのだ。

 しかしその日は様子が少し違った。施設長に呼ばれた後、日和ちゃんとの約束通り待合室に戻ると、神妙な顔をした日和ちゃんが待っていた。

「お待たせ、ひよりちゃん。さっ、今日はどのご本を読もうかしら――」

「礼子先生……ママがいる……」

「え?」

 最初は言っている意味がわからなかった。日和ちゃんの両親は一年前に交通事故で亡くなり、この施設に預けられたと聞いている。

「どう言う事?ママはもう……」

「違うの。ママなの……ここにママがいるの……」

「え……?」

 ゾクッと背筋が凍る気がした。やはり子供には大人に見えない何かが見えるのだろうか。私が見えないだけで、今、この場所に誰かがいるのだろうか?

 日が傾き始め、窓の外からは夕方18時を知らせる音楽が聞こえる……。

 しかし子供の言う事だ。全部真に受けてたら、仕事が片付かない。

「さっ!ひよりちゃん!晩御飯の音楽が流れたから、食堂に行きましょう!先生も一緒に行くか――」

「違うの……ここにママが……」

 日和ちゃんの持つ本を片付けると、抱っこをし、食堂へと向かう。子供と言えど6歳となると体重は20kg近くはある。これがなかなかの重労働だ。ひぃひぃ言いながら、日和ちゃんを食堂へと抱っこして向かった。

 今日の勤務は19時までの予定、何事も無ければ夜勤組と交代し終業となる。

 ここの施設では全部で20名の子供達が暮らす。

 親を亡くした子、虐待を受けた子、生活が困窮して預けられた子……。理由は様々だが、傷付き、心に少なからずダメージを受けた子供達だ。そんな子供達が自立出来るまでの生活を支援するのが私達の仕事だ。

「はぁぁ……疲れた」

「――それでは引き継ぎを始めます。9月5日、日勤者から――」

 いつもの様に夜勤者への引き継ぎの夕礼が行われ、私はようやく1日の勤務から解放される。

「礼子さん、これからご飯に行くんだけど一緒にどうですか?」

「あぁ……はい。行きます。ひよりちゃんがちょっと気になるので声かけてから追いかけますね」

「分かりました。それじゃいつもの店で」

 日和ちゃんのいる低学年用の子供部屋を覗くと、いつも通りの日和ちゃんに戻っていた為、声をかけずにそっと部屋を離れ、廊下を静かに歩き職員用の出入り口へと向かう。

 上履きから靴に履き替え、出入り口のガラス扉の取っ手に手をかけた時だった。

「ん?」

 ガラス扉に明かりが映っている。普段なら見落としているか、気にもしない些細な事なのだろう。この日はなぜかその明かりが気になり、廊下を振り返る。

 廊下の突き当たりからは、まっすぐ出入り口まで補助灯が設けられており、辺りが暗くなり人が通過すると足元がパッと光り、しばらくすると消えるタイプの照明だ。等間隔で5台程あるだろうか。私も今、その廊下を通り出入り口までやって来た。

 もちろん照明は点いたし、通り過ぎた後は全て消えていた……と思う。

「変ね……故障かしら?」

 誰もいない廊下の突き当たりの照明が一つだけ点いている。ドアの取っ手に手をかけたまま、その照明をしばらく見ていると、スッと明かりが消えた。

「あっ、良かった。接触が悪いのかしらね。明日にでも確認を――」

 そう思ったら、二つ目の照明が点いた……。

「え……?何で?誰もいないわよね?」

 そんな風に思うと急に怖くなってくる。今なら廊下に上がり、すぐ左手に行けばトイレを挟んで事務室がある。職員がまだいるだろうか?しかし子供達のお世話で夜勤者が事務室に残っているとは限らない。

 そうこうしていると二つ目の照明が消えた。正面の廊下はまた暗くなり、廊下左手、事務室からの明かりだけがうっすらと見える。

「か、帰ろっ!」

 私が帰ろうとすると、三つ目の照明が点いた。何が起こってるかはわからないが、見えない何かが近付いて来る感じがする。

 怖くなり、私は手にしていたドアの取っ手を強く押した。

『ガタッ!』

「え……?」

 おかしい。さっきまで開いていたはずだ。こんなに重くはなかった。

『ガタッガタガタ!』

 何度か押したり引いたりしてみるが、ドアが開かない。鍵もかかっておらず、外にも誰もいない。ガラスには自分の姿と、照明だけが反射し映っている。

「ちょ!ちょっと!何よこれ!」

『ガタッガタガタ!』

 開かない……。3つ目の照明が消え、しばらくすると4つ目の照明が点く。たぶん照明は残りあと1つ……。今から廊下に上がっても、事務室にたどり着けるだろうか。いや、そこに目に見えない何かが……いるかもしれない。

「……っ!!あぁっ……!!わっ……!」

 声が出なかった。怖いのだ。本能がそう言っている。足が震え、ドアの取っ手を持つ手からは汗がにじむのがわかる。

 そして、4つ目の照明が消えた……。残る照明はあと1つ……。

「はぁはぁはぁ……」

 いつしか呼吸が荒くなり、ドアを背にしてその暗闇の一点だけを見つめる。

 パッと5つ目の照明が点いた時だった……。


「……あれ?微睡(まどろみ)さん?」

「ぎゃ、ぎゃっちゃみぃぃぃぃ!!」

「ひひゃっ!」

「んぎゃぁぁぁぁ!!」

「ひゃぁぁぁぁぁ!!」

 廊下の左手から急に施設長が顔を出した。それに驚き、私は施設中に響き渡るくらい大きな声で叫んだ!

 叫び声に驚いた施設長も変な声を上げると、すぐにお互いが真顔になる。

「こほん。微睡さん、大声を出さないで下さい!びっくりしたじゃないですか!」

「し、施設長……!うぅ……」

「ちょ、ちょっとどうしたの!微睡さん!」

 私は施設長の顔を見て安心したのか、その場に尻もちをつくと、入り口のドアにもたれかかる。

「あ……れ……?」

 ドアは私がもたれかかった拍子にそのまま外を向いて開き、同時に支えがなくなった私は仰向けにひっくり返った。

「いで……」

「もう!微睡さん!何をしてるんですか!」

「す、すいません……」

 そう言いながら体を起こすと、照明が気になり、施設長の足の間から、廊下を注視してみたが照明は全部消えてしまっていた。もしあのまま5つ目の照明が消えていたらどうなったのだろう?何か起きたのだろうか。施設長に救われたのかもしれないし、あるいは恐怖で幻覚を見ていただけなのかもしれない。

「さ、今日はもう帰りなさい。お疲れ様でした」

「は、はい!施設長!お疲れ様でした!」

 ジーパンのお尻を叩き、私は施設を後にする。


 駐車場は施設の裏にあり、施設の入り口からぐるりと建物を回ると、駐車場まで足早に歩き、車に乗り込んだ。

「はぁ……疲れた……さっきのは何だったのかしら……」

 エンジンをかけライトを点け、シフトレバーをドライブに入れ、車を発進させると、前方が暗くて見えにくい為、ライトをハイビームに切り替える。見えにくいのもあり、前傾姿勢のまま駐車場を左折し、そして体を座席に戻そうとした時だった。

『カッチカッチカッチ――』

「ん……?」

 今日はやたらと普段気にならない事が気になる。駐車場から出ようとすると、施設の屋上に人影が見えた気がした。辺りは外灯という外灯がない。施設から漏れた部屋の明かりだけで、今日は月明かりも無く、辺りは真っ暗闇だ。そんな中、屋上に人影が見えるわけもなく、私は頭を横に振る。

「気のせい、気のせい……」

 先程の事もある。関わらずに帰りたい……。そんな思いからハンドルを握り直し、そして……見なくてもいいのに、車内からもう一度……屋上を見上げた。


 ――なぜ見てしまったのだろう?そのまま帰ればいいのに……。


「は……?」

 見た瞬間、屋上から人影らしき黒い塊が飛び降りた。一瞬の事で何が起きたか分からない。いや、分かってはいるが、頭が拒否しようとする。

『カッチカッチカッチ――』

 ウィンカーの音が車内に鳴り、車のライトは草むらを照らしている。私はそのまま硬直し、人影が落ちたところから目が離せなくなった。

「え……?今、何か落ち……」

 背中に冷や汗が流れる。車内から辺りを見渡すが自分以外に、近くに人影も見当たらない。私が確認しに行った方がいいのだろうか……?それともこの場合、見間違いで済ませた方がいいだろうか……?

 私は一度深呼吸をし、車を路肩に停めると……覚悟を決めた。

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