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私の星見草【下】  作者: ざこぴぃ
白の星見草
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白の星見草【3】


 ――2017年8月15日。

 お盆3日目。夕方になると、玄関の前で母がアサガラを燃やし、ご先祖様が無事に帰れる様にと祈る。

 パチパチっと音を立て燃える炎と風に揺られた煙が海の方へと流れていく。

「ねぇ、母さん。母さんにとって私はどんな存在……?」

「何を言ってるの?大事な娘に決まってるじゃない」

「こんな引きこもりで、うじうじして、死にたいと思ってる娘でも?」

「……はぁ。良い?優子。ひなたちゃんの事を考えると、私もしんどいよ。だけど……ひなたちゃんは戻って来ない。あなたがそれを一番わかってるじゃないの。それならせめて、あの子が心配しない様に……見送ってあげなさい」

「……うん」

 パチパチっとアサガラが燃え尽き、黒い炭から煙が立ち上がると、母が燃えカスに水をかけ、火の後始末をする。

「さ、晩御飯にしましょう。夜には船を流して来るからね」

「……私も行く」

「……そう、ならご飯食べたらちょっと寝ておきなさい」

 そう言うと母は晩御飯の支度をしに、家へと入って行った。

 そして私は手づかみでアサガラの灰を一握り拾う。

「これで準備は出来た……。母さんごめんね。私はどうしてもひなたに会いたい……」

 私は仏間に戻り、古本に書かれていた通りに、アサガラの灰を船の底に敷き、西方丸の文字を遷方丸へと書き換える。部屋の電気を常夜灯にすると、仏壇の盆灯だけが部屋を巡りながら照らす。

 これだけ暗ければ母も細工には気付かないだろう。そして枕元に一本の白い菊の花を置き、全ての準備は整った。


……

………


「……うぅ……ん。あれ?私、いつの間にか寝て……」

 晩御飯が出来るのを横になって待っていると、そのままウトウトと眠ってしまっていた様だ。体を起こすと、畳からほっぺたが剥がれる。時計を見ると、深夜2時……。いつの間にか日付は変わっていた。

「うそ……!船を流しに行かないと……船……船……!」

 慌てて仏壇の横を見るが段ボールで作った船が見当たらない。たぶん母が持って行ったのだろう。

「何やってんだ、私……」

 この2日間、走り回った末に、最後に寝落ちするなんて、自分でも嫌になる。

 電灯を点けようと、立ち上がり紐に手を伸ばして、私はそのまま硬直した。

「え……?」

 カーテンの閉まっていない窓ガラスに青白い光が反射して見える。それは屋外ではなく、明らかに室内からの明かりが反射していた。

 そしてゆっくりと仏壇の方に目をやると、先ほどまでいなかった女の子が仏壇に向かい座っている。

「!!?」

 声は出なかった。一目でそれが娘とわかり、居たたまれない気持ちと恐怖と歓喜が一度に私に襲いかかり、背中と額から汗が吹き出る。

 望んでいた。娘が戻ってくるのを心から望んだ。この気持ちは間違いじゃない。

「ど、どうして……!!」

 私の声に反応して娘がゆっくりとこっちを振り返る。

 が……。

「イダイ……ィィ……」

 娘の口からは聞いた事のない苦しそうな擬音が聞こえ、振り向いた顔半分はあの日見た、忘れもしない……押し潰された顔だった。

「うぅっ……!!」

 吐き気がし、思わず目をそらす。

 娘を生き返らせたかった!もう一度会いたかった!しかしそれは私の中で想像するかわいい娘の像であり、目の前に現れたのは、事故直後の……痛々しい姿の娘だった。

 口も開けず、何かを伝えようとする娘は擬音を発し、潰れた半身を引きずる様に私へと手を伸ばす。

「ひっ……!ごめんね!ごめんね!ひなた!ごめんね!!」

 あの日言えなかった言葉と、娘でありながら、目の前の変わり果てた娘の姿への恐怖で手を握る事が出来ず、いくつもの謝罪の言葉が交ざる……。

 娘はそれを察してか、伸ばしていた手を下げると、無事だった顔半分で必死に笑顔を作ろうとしている様に見えた。

「バイ……バイ……ママ……」

「ひなた……!ママはっ!ママはっ――!」

 私はその後、何を言おうとしたのだろう?

 消えていく青白い光に包まれ、娘の姿が見えなくなると、私もそこで意識が無くなった……。


 ――気が付くと、涙が溢れ……母の膝の上で号泣していた。


「おはよう、優子」

「か、母さん……」

「優子、ひなたちゃんには会えたの?」

「……うん」

「母さんが言いたかった意味がわかる?」

「……うん」

「もう十分苦しんだのよ。行かせてあげましょう。あなたが引き留めれば引き留められる程、あの子はこの世で苦しむの……ね?わかるでしょ?」

「……うん……うん……うぅ……うわぁぁぁぁぁ!!ひなたぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁん!!」

「よし、よし……たくさんお泣き……」

 また涙が流れ、母の服を濡らす。

 娘はあの日……亡くなった日のまま、成仏出来ず、ずっと苦しんでいた。それを私が引き留め、さらに苦しめていた事に気が付いた。




 もう……ひなたはいないんだ。




 ようやく私の中で何かが吹っ切れた気がした。

 母が私の頭を撫でながら、話をしてくれる。

「あなた、おじいちゃんの古本を真似したんでしょ……?実はね、あの古本には続きがあってね――」

 そう言えば、お寺から持ち出した『遷方巻(せんほうまき)』には其之二と書かれた二冊目があった。

「続きにはおじいちゃんの日記が綴ってあるのよ。私もね、ひなたちゃんが亡くなったと聞いた時に真っ先にその話が思い浮かんだわ。でもね――」

 そう言われてみれば、蔵にあった段ボールの中身だけは綺麗だった様な……?

「でもね、あの日記にはおじいちゃんの悲しみしか書いてなかったのよ。病気で亡くなったおばあちゃんに一目会いたくて、星見家に代々伝わる儀式を行った……そして苦しむおばあちゃんを見て、後悔した……てね」

「後悔……」

「そう、今のあなたならわかるでしょ?」

「うん……あんな苦しそうな姿でずっといるとは思わなかった……」

「現世の私達があまりに引き留めると、魂は亡くなった時のまま、成仏出来ずにその場から離れられなくなる……」

「……うん」

 それから母に付き添われ、事故のあった現場とお墓に参った。あの日から目を背けて来た日に別れを告げる様に祈る。


 どうか、どうか、安らかに眠って下さい……そしてまた生まれ変わって、今度は幸せな人生を歩んで下さいと……。


 ――数日後。

 私の家に夢乃が訪ねて来た。

「――そうだったんですね。娘さんが事故で……それはお辛いでしょう」

「えぇ……。でも、それを踏まえてお願いしたいのです」

「分かりました。私で力になれるなら協力させて下さい」

「ありがとうございます……」

 それから私は、娘が亡くなった日から今日までの苦しみ、悲しみを語った。彼女はそれを録音し、メモし、写真を撮る。

 そう、この悲しい出来事を彼女に頼み、記事にしてもらうのだ。この悲惨な事故をもう起こさない為に……。


「優子さん。初めてお会いしたあの日、白い菊の花をお持ちでしたよね?」

「えぇ、この仏壇に母が生けていた花なんですが……」

「白い菊の花の花言葉をご存知ですか?」

「いえ……」

「気になって調べたんですよ。白い菊の花の花言葉は『真実、慕う』と言う意味があるそうです。そしてそれは……故人に対する誠実な気持ち、嘘偽りのない気持ちを表す言葉として使われるそうですよ」

「嘘偽りのない気持ち……」

「はい」

「そうですか……。私がしてきた事は間違ってたのかもしれませんね。帰って来ては欲しい、でもいなくなった現実は覆らない……。無意識にあの子を苦しめていたのですもの……」

「優子さん。あなただけじゃないですよ。今この時、同じ気持ちの人はたくさんいると思います。亡くなった方を送ってあげるのも、残った者の役目だと思います」

「……そうですね。娘がまた生まれ変われる様、これからはきちんとお祈りしないとですね」

「はい」

 彼女の取材を受けながら、次第に心が軽くなるのがわかった。娘の事を忘れたわけではない。辛い気持ちは今でもある。だけどこの気持ちをきっと、誰かに聞いてほしかったんだと思った。

 頬を流れる涙をハンカチで拭うと、取材はそこで終わった。

「優子さん、今度一緒にご飯でも行きましょう。私、この町に引っ越して来て、友達もあまりいないので、いつもぼっち飯なんです」

「そうなんですか?こんなに綺麗な方なのにもったいない!」

「容姿は関係ないですよ!ただミステリーオタクが過ぎて誰も話について来れず……」

「夢乃さんはミステリーオタクなんですか!知ってます?以前、月刊不思議に佐葦之浦(さいのうら)の特集があって、あそこには女の子の亡霊が出るとかなんとか――」

「あっ……それ書いたの私です……」

「えっ……?」


 ――お盆も過ぎ、朝晩が涼しくなる頃。盆灯は片付けられ、仏壇には真新しい菊の花が生けてあった。

 そこには笑顔の娘の写真が飾られ、たくさんのお菓子とドーナツがお供えしてある。

「――観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時……」

 あの日から毎朝、お仏壇に手を合わせ、般若心経を唱えてから一日が始まる。苦しみからの解放を念仏として唱え、それが娘に届く様にと願い……。

 そして今日も変わらず、手を合わせる。


 幾日か経ち、その知らせは突然やってきた。

「ごめんくださいっ!朝からすみません!すみません!」

「……はぁい!あれ?夢乃さん、どうしたんですか?こんな朝早くから――」

「はいっ!実は私の所にこんなお手紙が来まして――!!」

「手紙?」

 それは9月中旬の事。家の花壇に植えた白い菊の花が咲き始める頃だったと思う。9月だと言うのに、まだ陽射しも強く、彼女は汗を拭きながら話しをしてくれた。

「実は――」



―黄の星見草へ続く―

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