エピローグ
――2018年8月5日。
大阪市立病院。
「――絵さん!夢乃咲絵さん!意識がありません!黒山先生!」
「君、CT準備して――」
「はいっ!」
「咲絵さん!大丈夫よ!頑張って!あなた!お願いね!」
「あぁ、春子の友人だ。後は任せてくれ」
夫から連絡があり、咲絵さんが病院へ運ばれて来ると聞き、慌てて向かった。
結婚式が行われていたホテルに連絡すると、何でも式の途中で気分が悪くなり控え室へと運ばれたそうだ。付き添いの人の話では、ろれつが回らない状態だったらしい。
「――もしかして脳梗塞……」
嫌な予感がしてならない。それはあの時に感じた感覚……母が亡くなり、しばらくして父が倒れた。病名は脳梗塞……。父は寝たきりになり、そのまま帰らぬ人となった。
――しばらくしてCT室から夫が出てきた。
「あなた!咲絵さんは!?」
夫は持っていたレントゲン写真をしばらく見てこう言った。
「脳梗塞……で間違いないと思う」
「え……」
嫌な予感が当たってしまった。
「脳梗塞……」
「あぁ……春子。今日は泊まりになるかもしれへん、春樹と留守を頼んだよ」
「……え?えぇ……」
ベッドに寝かされたままの咲絵が、CT室から出て、私の横を通過して行く。医師の夫も、看護師も慌ただしく通過して行く。
私はまた何も出来ない……父の時も私は無力だった。今回もまた……。
そう思うと自然と涙が流れ、彼女を見送る事しか出来ない自分が情けなくなる。
そんなタイミングで、後ろから声をかけられた。
「黒山春子さんですか?」
「は、はい」
「私、咲絵の付き添いの神野と言います」
「あっ、付き添いの方でしたか!すみません気付きませんで!ここにいたら邪魔ですよね。咲絵さんなら今、向こうに――」
私は涙を拭き取ながら彼女の顔を見る。
「いえ、春子さんに用事があって……咲絵から春子さんのお話は聞いています。少しお時間良いですか?」
「は、はい……」
凛とした態度で私を見る彼女の目は、全てを見透かしている様に見えた。
待合室で缶コーヒーを買い、彼女の隣に座ると、彼女は話始める。
「春子さんがどう解釈するかはお任せしますが、今の咲絵のありのままをお伝えしておきます」
「え?はい……」
「咲絵は今、死の淵をさまよっています。しかしそれは現世での話。本を正せば、咲絵はある古本が引き金となり今に至っています……。それは――」
「え?まさか……星見草!?それって文雄さんが書かれた……!!」
「ご存知でしたか。それなら話が早いです。その星見草の翻訳を私は頼まれました。そして咲絵には伝えていない最後の一文があります」
「……最後の一文?」
聞きたい様な聞いてはいけない様な気持ちが入り交じる。
『――もし叶うなら一度で良い……死ぬまでに狐の嫁入りをこの目で見てみたい。もしこの目で見られたのなら本望だ。そうなればもう未練はないだろう。もし見る事が叶わなかった時は、この本を見た者にこの思いを引き継ぎたい――』
「――そう書いてありました。そしてこの本を全部読み、その思いにふさわしいのが咲絵……と解釈しました。まさか本当にこんな事になるなんて思いもしませんでしたが……」
「狐の嫁入り……そう言えば咲絵さんに聞いた話の中でも、特に妖狐については、文雄さんは非常に興味を持っておられました……」
「えぇ。そして狐の嫁入りを見た者は一生涯の幸せを得るか、死ぬか……の二択だそうです……」
「死……。狐の嫁入り……ですか」
「はい。今日の結婚式がまさにそれ……まあ、その話はいいとして、結婚式を見た咲絵が影響を受け、自身の生涯を閉じようとしている可能性があります」
「神野さん。言っている意味が飛躍しすぎていて、私にはよくわかりません……」
「春子さん。すいません、時間が無いので話だけ最後まで聞いて下さい」
「は、はい……」
「星見草の話を咲絵から直接聞いたあなたなら、もしかしたら咲絵を救う事が出来るかもしれないと考え、お声がけしました」
「でもどうやって……?」
「咲絵と文雄さんをつなぐものや場所に心当たりはありませんか?翻訳のほとんどを叔母がしたもので、私には見当がつきません。しかし共通する物があれば、あるいは共通する場所に咲絵を連れて行ければ……」
「繋ぐ場所……?あぁ、そう言う事でしたら、たぶん――」
…
……
………
――1年後。
「こんにちは!春子さんはおられますか」
「おっ!噂をすれば何とやらだ!咲絵さんが来たみたいだ。はぁい!今、行きます!」
今日は母、靖子の23回忌。輪廻寺で法要が執り行われる。参列者は身内の叔父さんの住職と私の2人……いや、23回忌の話を聞き、参列に来てくれた咲絵さんと3人で、仏壇に手を合わせ祈る。
「摩訶般若波羅蜜多心経――」
仏壇には綺麗な菊の花と、星見草と書かれた古い本が供えてあった。
狐の嫁入り……誰が言い出したのか、それはこの車云生町で見られるという古くからの言い伝え。
後で聞いた話だが、脳梗塞で倒れ、目覚めない咲絵さんを神野さんが無理やり、輪廻寺まで連れてきたそうだ。
そして数日後……本堂に飾られた『狐の嫁入り』の絵と同じ様に、車云生町の山頂が見事なまでに赤く染まり、狐の嫁入りが現れたとか……。
咲絵さんは翌日には何事も無かった様に目を覚まし、そしてなぜかポケットに入れていた財布が無くなり、一輪の菊の花が入っていたと聞いた。
――この町では昔から常識では考えられない事が起こると、小さい頃から聞いて育った。
事の発端はいつも、一輪の花……。
そしてその花を境内に最初に植えたとされるのが、黒木文雄……。
代々黒木家の血筋には、邪を払い、病を治す力があったとか、なかったとか。
本当の事は誰も知らない……。
彼岸花、佐葦花、星見草……季節の移り変わりと不思議な花のお話。
次はあなたの番かもしれませんね……。
―おしまい―




