私の星見草【3】
――2018年8月5日
「それでは新郎新婦の入場です!」
「……さっ。陽子さん、行きましょう」
「はい……」
今日、2人はめでたく結婚する運びとなった。新郎の服部君弥、新婦の秋津陽子。私は友人の小春に誘われ、カメラマンとして2人の記念すべき日のワンシーンをカメラに収めていく。
小春に呼ばれた意味が最初は分からなかった。ただ単に、同級生でもあり、カメラマンというだけの事かと思っていた。しかし『星見草』を読み、その考え方が間違っていた事に気付く。小春もきっとそういう意味で言ったのだろう。
妖狐一族にはしきたりがある。女狐が人間と夫婦になる場合、新たな生命を宿し、男子ならば狐一族をまとめる主として生きる事を課せられる。女子ならば何事もなく暮らしていけるそうだ。小春もこの話は知っていた。しかし、この先の話を知っているかは聞いてはいない。
男子が生まれた場合、1歳の誕生日に儀式が行われる。それは人間を供物にし、その肉を食べる事が習わしとなっているそうだ。そしてその供物用の人間を、手当たり次第捕まえるわけにもいかず、父親を供物にする事こそ、安全で合理的とされてきた。何とも恐ろしいしきたりなのだ。
しかし今回の場合、陽子の母親は故郷を捨て、別の地で生きている。こういう場合はどうなるのだろうか。新たなまとめ役の主は必要が無さそうにも思える。
「――可哀想に」
「へ?どちら様ですか」
「わしは小吉だ……新婦の叔父さんみたいな者じゃ」
いつの間にか、私の席で酒を飲んでいるお爺さんがいる。
「師匠……ほどほどにして下さいね……。それに狸が狐の叔父さんだなんてそんな嘘を……」
その隣の席で、ため息をつく女性の姿があった。女性が師匠と呼ぶほどの偉いお爺さんらしい。
「あの……可哀想とは?」
「ん……あの新郎の寿命はもう長くはないという事じゃよ」
「え……?」
「し、師匠!!祝いの席でそれは駄目です!」
「なんじゃ早乙女……ヒック……」
「すいません!このお爺さんはもう酔ってまして――」
お爺さんの隣にいた女性が何度も頭を下げ謝ってくる。
「あっ……いえ……」
この時、星見草で読んだ妖狐のしきたりが頭を巡る。しかしあれは伝承というか、本に書かれた昔話……。この時代にそんな事があるはずがない。
そんな事を考えていると、小春の姿が見え、こちらに気付くと私の元へとやって来る。
「咲絵、ありがとう」
「小春、この方達は……?」
「(小吉狸さんだよ)」
小春が私の耳元で囁くと、お爺さんの方へと挨拶に向かう。
「小吉さん、来てくださりありがとうございます。早乙女さんもありがとうございます。陽子も後で来ると思いますので――」
「神野さん、その節はお世話になりました」
「いえいえ、早乙女さんのおかげで解決したんです」
「そんなそんな――」
「神野の小娘よ、もっと良い酒をじゃな……ヒック」
「はいはい、師匠は静かに飲んでて下さいね」
「紹介するわ。こちらは大学からの同級生で、夢乃咲絵さん。カメラマンとして今日は来てもらったんです」
「そうでしたか!初めまして、早乙女です。神野さんにはいつもお世話になってまして――」
「いえいえ!申し遅れました!夢乃咲絵です。よろしくお願いします!そうだ!早乙女さん、小吉さん、お写真を撮らせて下さい!」
「どうぞどうぞ!師匠!カメラを見て笑って下さい!」
「なんじゃ……写真を撮ると魂が抜け……ヒック」
「はい、撮りますよ!小春も入って入って――いきます!はい、チー……え?」
ファインダーを覗き込むと、カメラを持つ手が震えた。
「え?何……え?」
そこには早乙女と神野の姿はあるものの、小吉の姿が見えない。
「……嘘でしょ」
「咲絵?」
ファインダーには2人の女性と、顔を赤くした狸が映っている。ファインダーを見るのを止め、肉眼で確認すると、2人の女性と1人のお爺さんがいる。
「まさか妖狸――」
「――咲絵そこまで。それ以上は口に出してはいけません。はいチーズ!」
「小春……」
『カシャ!』
小春に静止され、そのままシャッターを切る。確認すると写真には2人の女性と、やはり顔を赤くした狸が写っていた。
「ふふ……ね?言ったでしょ?」
「小春……これって……」
結婚式に来る前に、小春とした会話を思い出す。
『それがね……?その陽子がもし本物の妖狐だったらどうする?』
『陽子が妖狐?ぷっ!あはは!もう!小春、大学生じゃないんだから、妖怪ごっこは――』
あの会話は本当だったのだろうか。私は新婦の陽子にカメラを向け……ファインダーを覗く――。
「初めまして、陽子のお友達?」
「へみ?」
ファインダーを覗いたまま、カメラを上へ向けるとタキシードを着た一人の男性がこちらを向き立っている。慌ててカメラを下ろし、挨拶をする。
「は、初めまして!夢乃咲絵と言います!この度はおめでとうございます!」
「ありがとうございます。陽子の兄の工藤哲也です。よろしくお願いしま――」
「きゅん!」
「え?咲絵さん?」
「あっ、工藤さんっ!紹介しますね、こちら大学の同級生の夢乃……咲絵?おぉい、咲絵、どうしたぁ?おぉい……」
あぁ……何だろう。香水?ではない、脳を貫く様なこの甘い香り。体中に電気が走り、この男性に全てをさらけ出したい衝動に駆られる……。
「工藤さん……まさかまたフェロモン出して……」
「えっ!?小春さん!そんなつもりは無いんやけど!参ったなぁ……発情期で制御出来へん……」
「社長が言ってたじゃないですか!この時期は、独身女性の目を見ると力が発動するから気を付けなさいって!もう!」
「あぁ……すんまへん」
彼の目を見ていると、周りが見えなくなり、体の力が抜けていくのがわかる。
「しゅき♡」
「ちょ!ちょっと!咲絵!目がハートになっ……ちょっと!服を脱がないの!!おぉい!風磨さん!手伝って!工藤さんを向こう連れてって――」
「えぇ……俺ですか?工藤社長、向こうで飲みましょ……」
「あぁ……」
……その後、私は控え室へと運ばれまして……お恥ずかしい話ですが、カメラマンとして来たのに、こんな事になり面目もございません。
――小一時間ほどして熱が冷めると、私は用意してあったペットボトルの水を一口飲み、気を取り直して式場へと向かう。
「それでは続きまして、新郎のご友人の立花美弥さんと、娘さんの茜さん、美央さんに歌ってもらいます。曲は福山雅治さんで『家族になろうよ』です!どうぞ!」
「ご紹介に与りました、立花美弥です。本日はおめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
私が席に戻ると、カラオケが始まっていた。プログラムを見ると、披露宴も後半に差し掛かっている。気を取り直し、カメラの設定を確認し、歌を歌っている立花親子にシャッターを合わせる。
「あっ、咲絵。落ち着いた?」
「小春。うん、もう大丈夫。気を取り直して……はい?」
「どした?咲絵」
シャッターを向けた立花親子の後ろに、別の親子の姿が見える。一人は母親に似ていて、もう一人は娘に似ている。ただ他と違うのは……親子の後ろの壁が透けて見えた事ぐらいだ。
「ははは……もう驚かない。ここはそういう所……」
「咲絵?大丈夫?」
私は焦点が定まらないままシャッターを押す。この結婚式場はどこを撮影しても何かが写ってしまうのかもしれない。それが当たり前で、私の方の感覚がおかしくなりそうだった。
写真を一通り撮り終えると、席に着き、ようやく一息つく。
「ふぅ……」
しかしこれだけ目に見えない者が写ってしまうと、ほとんどの写真が使えない気もする。心霊という観点で見れば十分に興奮ものだが、今日はお祝いの席だ。そういうわけにもいかない。
撮った画像を見返してみると、唯一、新郎新婦の写真が綺麗に撮れており、これなら渡せそうだと思った。
「良かった。これなら大丈――ん?」
写真を拡大してみると、テーブルの隅に何か茶色い物が見える。他の写真も確認すると、どうやら狸の尻尾が写っている。
「なんでやねん」
思わず一人でツッコミを入れてしまった。この写真も使えない。会場に動物が紛れ込んでいるとなれば、式場側も衛生面を疑われてしまう。
「ねぇ、咲絵。夜は時間あるの?陽子達と2次会の予定してるのだけど」
「小春、ごめん!実は春子さんという車云生町の方とご飯の約束があって……その方は今はここ、大阪に住んでるんよ」
「そうなんだ。了解よ。帰る前にまた連絡して」
「はぁい」
白河春子……現在は結婚し、黒山春子に名字は変わっているが、元は車云生町の住民だ。大阪に来たら是非、ご飯をご一緒にと言われており、この機会に一度会う約束をしていた。
その後も結婚式が終わるまで写真を撮り続けた。3枚に1枚は狸が写る。もう嫌がらせをされているとしか思えない。
しかし100枚以上の写真を撮って、半分は何らかの心霊現象が写っている。ここまでくると信じてもらえないレベルだろう。そんな事を考えていると自然に口角が上がっていくのが自分でもわかる。結婚式も無事に終わり、新郎新婦に挨拶をし、会場を後にする。幹事の小春は忙しそうに走り回っていた為、後でお礼のメールを送っておこうと思った。
――結婚式の会場から宿泊先のホテルに行く際、タクシーに乗り、写真を確認しようとカメラの電源を入れた時だった。
『ブツッ!』
「え?」
カメラから異音が聞こえ、モニターの画面が消える。
「え?何?これ?えぇと……」
色々とカメラのスイッチを押してみるが動かない。SDカードを何とか取り出し、財布の中へとしまう。
「お客さん、トラブルですか?」
「あっ、いえ!ちょっとカメラの具合が悪くて……お気になさらず……」
「ほうでっか……こちら404号車ドウゾ――」
この時は気付かなかったが、後になって考えてみると、既にこの時私は……。
――タクシーに揺られ、うつらうつらと流れる景色を眺めていた。カメラは電源が入らなくなってしまい、帰ったら修理に出さないといけない……そう言えば、陽子に妖狐の話を聞くのを忘れ……。
………
……
…
『〽一つ積んでは父の為……二つ積んでは母の為……』
気がつくと、見覚えのある風景が見える。
「ここは……佐葦之浦……?」
崖の形から、ここが佐葦之浦だと気づく。なぜか風景に色は無く、目の前には灰色の海が広がり、どこからともなく、歌が聞こえ、あたりでは皆が小石を積んでいた。見慣れた崖の上にはいくつもの松明が掲げられ、その松明だけが赤く燃えている。
「夢……?」
夢にしては妙にリアルだ。
「お主は神野の知り合いかえ……?」
「はひ?」
急に声をかけられ、振り返る。
そこには、いつか見た黒髪の少女の姿があった。それは佐葦で初めて撮った心霊写真……月刊不思議7月号『狐の嫁入』に掲載した写真の少女だった。
「お主にこれを渡す様に頼まれておっての。ほれ」
「え?菊の花……?」
「ん?神野の知り合いでは無いのかえ?」
「い、いえ!神野小春は友人ですが……」
「なら良い。さっさと帰るが良い。ここは生ある者が長居する場所ではない」
「生ある者……」
そう言うと少女の周りに霧が現れ、そのまま深い霧の中へと吸い込まれる様に消えて行った。
「今の少女はいったい……?」
不思議に思っていると目まいがし、徐々に意識が遠くなっていく……。
私は……いったい……どうなって……しまった……の……?
―エピローグへ―




