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私の星見草【下】  作者: ざこぴぃ
私の星見草
18/21

私の星見草【2】


 『星見草』と表紙に書かれた日記が輪廻寺の蔵から見つかった。それは現住職、寺井早慶の祖父の書いた本……明治から大正、昭和まで生きた人生がそこにはあった。

 古文で書かれた本をそのまま読むのは難しく、友人の神野小春にお願いし、訳してもらった。

 『星見草』の原本と、小春が訳してくれた原稿用紙を交互に読み、少しずつ翻訳していく。


 黒木文雄……名は違うがこの方が住職の祖父なのだろう。

 明治初期、島根県の隠岐の島の黒木村と言う場所で生まれ育った様だ。文雄の両親が、離島の竹島で戦死……幼くして孤児となる。その後、隠岐の島から船で松江市へと移住。しばらくは狐狗狸(こっくり)という名の人と暮らしていたみたいだが、その後文雄は松江の戦争孤児達が集まる施設へと収容されている……。この時、文雄はまだ10歳。それから数年間施設で育ち、16歳の時にお寺の住職に引き取られる……。

「島根孤児院……か。文雄さんは子供の頃から大変な人生を歩んでたんだなぁ……」

 思わず声に出して感心してしまう。明治のその世界は彼の目にはどう映っていたのだろうか。

 その頃から、彼には不思議なモノが見える様になったみたいだ。文章の端々に、幽霊や霊と言った言葉が出てくる。特に気になるのは妖狐という言葉……。小春が言っていた妖狐とは違う類のモノなのだろうか。

 お寺に引き取られた文雄はその後、東京の大学に行き、寺院の勉強をしたそうだ。そこでは人の死後の世界や、輪廻転生について、くる日もくる日も本を読み漁っていたと記されている。

 東京での大学生活を終えると、松江のお寺へと帰郷し、その後車云生町(くるいしまち)のお寺へと転籍した様だ。そこで古くから伝わる不思議な童歌を聞く。


『〽星見草を摘んだら狐がコン♪月見草が咲いたら狸がポン♪山を燃やして~門出を祝う~♪綺麗な綺麗なお嫁さん――』


 それは文雄が探し求めていた狐の嫁入りを彷彿とさせる童歌……この日から文雄は、山を眺めては手を合わせたとある。

「でも、結局見る事は出来なかった……か。ふぅ~今日はこのくらいにしとこ」

 時計が深夜2時を回った所で、ペンを置き、古文書を机の上へと閉じると、私の体が勝手に布団へと潜り込む。

「そう言えば現像した写真が届いてた……明日にでも(ひなた)ちゃんに届けて……あげ……すぅすぅ……」

 布団で横になると、電気は点けたままあっという間に眠りに就く。そして……夢を見た。


 ――それは小さな木造の船の上で、誰かに手を握られる自分の姿だった。

「ええだか?文雄。お前の両親はもうおらんだけん。これかぁは、なんがあっても自分の力で生きていかないけんけん」

「わかっちょうよ……」

 上を見上げると、一人の女性が自分を見ている。

「しばらくは私がお前の親の代わりに面倒を見るけん」

「……ととと、かかに頼まれたけん?」

「……それもあるが、黒木の血を絶やすわけにはいかんけんな」

「黒木の血……?」

「あげだ。文雄、お前には新しい名前を付けるけん。これからは――」

「……うん、分かった」

 そう言うと私は大事に持っていた骨壺らしき物を、小さな手でおもむろに海へと投げ入れた。思い返せば、あれは両親の遺骨だったのかもしれない。頬に涙が流れる感じがすると、女性が私の頬を着物の裾で拭き取る。

 それから幾度か、女性と会話を重ねたが、次第に意識が遠くなり、ついには何も聞こえなくなった……。


「……う、うぅん」

 目が覚めると、耳にはセミの声が響き、辺りは既に明るく、朝を迎えていた。

「あれ……もう、朝……」

 夢を見ていた気もするが、思い出せない。

「何だっけ……夢を見ていた気がするんだけど……」

 ふと、手の中に一冊の本がある事に気付く。

「星見草……?あれ?読んだまま寝ちゃったのか……」

 寝る前の記憶があやふやで覚えてはいない。読みながら寝たのか、机の上に置いて寝た気もするが……?

「ん?これ、何だろ……裏表紙が膨らんで……」

『ピピピピピピッ――』

「あっ……もう7時過ぎ……可燃ゴミ捨てないと……」

 私は携帯のアラームを止めると、ごそごそと布団から抜け出し、パジャマ姿のまま可燃ゴミをまとめ、近所のゴミ集積場へと向かう。今日は曇り空で、日陰は少し肌寒く、空からは今にも雨が降りそうだ。

「うぅ……さぶっ!何か羽織ってくれば良かっ――」

「夢乃先生、おはようございます」

「あっ、春川さんおはようございます!」

「今日は肌寒いねぇ。こげに寒いと手がしばれぇやなわ」

「しばれぇや……あはは、そうですねぇ」

 意味はわからないが愛想笑いをして誤魔化す。私にはまだまだ方言の勉強が必要な様だ。

「そげいや、孫の花がね。先生のサインが欲しいって昨夜電話で言っちょって、今度、時間のある時にでも――」

「もちろんです!恭子さんにも花ちゃんにもその節はお世話になったので、書きますよ!」

「あげかね、助かるわ」

 そんな立ち話をしてから、帰宅する。

「へっくしょん!」

 パジャマにサンダル姿でゴミ捨てに行ったのを少し後悔した朝だった。


 ――それから数週間後。

 一通り翻訳を終えると、輪廻寺の住職と日程を調整し、お寺へと向かう。

「ごめんください――」

「はいはい、夢乃先生お待ちしてましたよ」

「あの連絡は着きましたか――」

「はい、なにぶん機械には疎くて……星見さんの娘さんに先程、設定をしてもらいました」

「わざわざすみません、どうしても一緒に聞いて頂きたいお話がありまして」

「いえいえ。さっ、上がって下さい」

「はい、失礼します」

 玄関を上がってすぐの書院へと通され、私は預かっていた古書を住職へとお返しする。

 テーブルの上には1台のノートパソコンが用意してあり、画面の向こうには一人の女性が待っていた。

「初めまして、夢乃と言います。春子さん」

「初めまして、夢乃先生。春子です。よろしくお願いします」

 画面の向こうの女性が頭を下げ、私も頭を下げた。

「早速ですが、この『星見草』の内容を簡単に説明させて頂きますね」

 私は順を追って、著者、黒木文雄の生い立ちを話をしていく。

「――と言うわけで、この星見草は著者の生い立ちと幽霊や霊といった見えないものの、身近に存在していると言う内容の本でした。ただ最後の部分だけ翻訳にも無くて読めませんでしたが、最後はあとがきの様な内容だと思います」

「はぁぁ……そげな本だったかね……。祖父の事はほとんど知らんかったけど、そげかね……。夢乃先生、だんだんねぇ」

「あの――」

 画面の向こうの春子が、不思議そうな顔をして私を見ている。

「え?あの……住職さんのお爺さんの貴重なお話を聞かせていただいて、何なんですが……。私には関わりが無かった気がして……」

「そげだねぇ、何で春子ちゃんまで呼んだんかはわからんねぇ」

「それを今から説明しますね」

「はい……」

 なぜなぜ、と言った顔の春子が不思議そうに首を傾げる。

「実はこの星見草の裏表紙に少しだけ膨らみがあるのに気付きまして、申し訳ないですが、カッターで開封させてもらいました」

「え?そげな所に何かあったんかいね?」

「はい。一通の手紙が折り込まれてありました」

 それは文雄が書き残して読まれる事のなかった手紙。宛名は……無い。

「読ませていただきます。なにぶん古書なので翻訳出来た部分しかわかりませんが……」

 私は手帳を取り出し、翻訳出来た部分を読んでいく。


『私は過ちを犯した。誰にも言っていない秘密がある――』


 手紙はそんな書き出しだった。文雄には妻との間に3人の子供がいた。その長男が寺井吾郎の父親だ。

 そして妻とは別の女性との間に1人の子供が生まれた。しかしその女性は子供が10歳にも満たないうちに病死し、子供は誰にも知られず、島根孤児院へと収容される。その子は父親も知らぬまま育ち、10数年後、文雄の孫に当たる子供が出来たと風の噂で聞いた。

 その子の名は、靖子……。


「え?今、何て……?」

 画面の向こうで春子が戸惑った表情を覗かせる。

「……名前は靖子さん。春子さん、あなたのお母さんよ」

「嘘でしょ……。同姓同名の人なんてたくさん――」

「手紙の最後になるけど、孫の吾郎と靖子は義理の姉弟になるのだろう……と綴られているわ」

「春子ちゃんが……?いや、靖子さんが僕の叔母さん……?」

「え……住職さんが、私の叔父さん……?」

 吾郎と春子はお互いの顔を見て固まってしまう。

「住職さん、春子さん。私はこの手紙が偶然この本に隠してあったとは思えません。私を通して、文雄さんが2人を呼んだ様に思えてならないんです」

「確かにね……ただ証拠はその手紙にしかないけん……。島根孤児院、今は松江児童養護施設だったかいね。一回調べてみらかね……」

「そうですね。この港町で、ご自分の身を挺して海に飛び込んで亡くなった靖子さんの話は私も重々承知しております。冗談でこんな話はしません」

「住職さんが……叔父さん……?」

「春子ちゃん?」

「私……もう身内の人は誰もいないと思ってました……」

「春子さん、大丈夫ですか?」

「いえ……ひっく……はい……ひっく……」

 パソコンの画面の向こうで涙を拭きながら返事をする春子。

 約20年前……春子は母親の靖子が、防波堤から海へ身投げをしたと話を聞いた。しかしその後、靖子が身投げをしたのではなく、妊婦の女性が身投げをし、それを見つけた靖子が海へ飛び込み救助を試みた……。しかし2人共、生きては帰って来れなかったと……。

 当時18歳の春子にとって、それは胸を引き裂かれる様な思いだっただろう。

 そんな過去が春子の中で蘇り、そしてそれは涙となって溢れ出したのだ。

「は、春子さん……!ぐす……」

「ちょ、ちょっと!咲絵さんまで泣かれたら私はどうしたらいいかわからんけん!」

「ははは……ぐす。住職さん、すみません……なんかもらい泣きしちゃって……ぐす」

 しばらくして春子が泣き止むと、住職が口を開いた。

「咲絵さん。今回の件、改めてお礼を言います。だんだんねぇ」

 深々と頭を下げる住職、だんだん(ありがとう)と言う言葉からは深い思いが伝わってきた。

「いえ、こちらこそまた勉強させていただきました。これをまた執筆したいのですが許可をいただければと――」

「もちろんです。春子ちゃんもいいかいね?」

「はい、お願いします!」

 画面の向こうでは笑みを浮かべて涙を拭く春子の姿があった……。


……

………


『……それもあるが、黒木の血を絶やすわけにはいかんけんな』

『黒木の血……?』

『あげだ。文雄、お前には新しい名前を付けるけん。これからは寺井靖吾郎と名を変えて生きなさい――』

『……うん、分かった』


 ――靖子と吾郎の名前の由来を夢で見ていた事を思い出したのはそれからしばらく経っての事だった。


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