青の星見草【3】
――長く暗いトンネルがようやく終わる。ここは現世とあの世を繋ぐ地獄門と呼ばれる場所。
私はあの世の入り口とされる佐葦之河原で、陽子の呪いの元を断ち切って来た。これで陽子が無事に目覚めてくれれば……!
扉の出口に手をかけ、現世へと帰って来ると、辺りは少しだけ明るくなり始めていた。遠くに見える空は、薄っすら青くなり始め、朝が近い事を知らせてくれる。
「おぉ!戻ったか!小娘!」
「小吉狸さん!」
道路の向こうで、ぽっちゃりした狸が手を振っている。この動画を撮影してネットに上げればバズる事、間違いな……おっと、そんな事を考えてる場合ではない。
「小吉狸さん!たぶんですが、陽子の呪いは解けたと思います!急いで帰りましょう!」
「そうか!ようやったぞな!後で詳しく教えてけれ!」
「はいっ!」
小吉狸と大型スーパーの前の交差点で合流し、急いで狐狸田神社へと戻る。徹夜のまま走ったのと、色々な事がありすぎて、神社に着く頃にはもう体力の限界だった。
「ぐはっ……」
神社の階段を登り切った所で、ありきたりの言葉を発し、地面に突っ伏し私は目を閉じる。
「もう……限界……はぁはぁ……」
「小春、おかえり――」
「はぁはぁ……」
意識が朧ろとなり、目の前がぐるぐると回り始め、次第に強烈な眠気に襲われる……。
「小春、小春――」
「陽……子……」
――夢の中でなぜか私はコンタクトレンズを探し霧の中を歩いていた。今思うと、地面に這いつくばって探すのではなく、なぜ歩いて探していたのかと思うとおかしくなる。夢だからそんな細かい事はいいのだ。ただこの夢はきっと、誰かの夢……。
「よく会うのぉ」
「へ?」
霧の中に巫女装束の少女の姿が見える。
「霧川さん!?」
「わしか?わしの名前は、霧川ゆいかちゃんじゃ」
「いや、そのくだりはもう聞い……」
「ギロ」
「ひぃぃ……」
錫杖でぶたれる所だった。
「そ、それで霧川さんはどうしてここへ?」
「あれじゃよ」
錫杖で指された先には大型スーパーの交差点が見える。そしてカーブミラーを見て、なぜかコンタクトレンズがあった!と思った私がいたが、口には出さなかった。
「ここってサティオンの交差点……」
大型スーパーの前にある交差点だ。さっき地獄門から帰って来たばかりでまたここの夢を見る事になるとは思わなかった。
「来るぞよ」
「来る?」
一台の車が蛇行運転をしながら交差点へと入って行く。早朝の為か、信号はまだ赤の点滅をしている。
「え……何あの車……?女性?酔っているのかしら……?えっ!そのまま行ったら危な……っ!!」
蛇行運転をしながら交差点へ進入した車は信号を無視し、左折しようとしていた車の運転席側に突っ込んだ!!
『ガッシャーーーン!!』
「ひっ!」
その車がぶつかる音が耳に残ったまま、耳を塞いだ。
「神野の小娘よ、次はお主の番じゃ。そっちの世界のわだかまりはそっちで片付けるがよい」
「え?霧川さん!?どういう事?霧川さん!霧川さぁ――」
…
……
………
「……ん……霧川さん……霧川……さ……」
「小春!小春!大丈夫!」
「うっ……うん……?陽子?」
目が覚めると目の前に、陽子の顔があった。
「夢……?そうだよね……あのコンタクトレンズは入らない……」
「小春?大丈夫?」
「うん、独り言……」
体を起こすと、ボロい小屋の様な場所で安心する。そこは見慣れた狐狸田神社の本殿の中だった。
無事に呪いは解けたんだ、そう、陽子の元気そうな姿を見て悟った。小吉狸も疲れたのか、壁にもたれかかり、いびきをかいている。
「小春、何があったの?私、ここ数日の記憶が飛び飛びで……」
「陽子……おかえりなさい。全部話をするわ」
それから小一時間をかけて説明し、陽子も記憶と私の話を確認する様に何度も頷く。
「ほんで?その霧川さんという人がおった夢が最後なんね?」
「うん、あれはいったい何やったんか……」
「それは江川さん家族の事故の話ね、ごめんなさいね、途中からだけど聞いてたわ」
「早乙女さん!」
本殿の入り口にいつの間にか早乙女が立って話を聞いていたらしい。
「それは私が担当している事故なのよ」
「担当?」
「言ってなかったかしら……?」
早乙女がポケットから警察手帳を覗かせた。
「警察!?早乙女さん警察官だったんですか……!!」
「えぇ。私はこの事故がどうしても、ただの交通事故とは思えなくてね」
「どういう事で――」
『トルゥゥゥ!トルゥゥゥ!』
陽子のバックから着信音が聞こえる。
「ごめんなさい。ちょっと出ますね。――もしもし?お母……社長。うん、大丈夫やよ、いやそれがね……」
陽子は社長と電話をしながら、本殿を出て行った。
「それで神野さん、あなたが見た夢の話をもう一度聞かせてもらえないかしら?」
「あっ、はい。でも夢ですよ?何の証拠にもならないと思いますけど……」
「いいのよ。私の身体にはお師匠様が憑いてるの。情報さえあれば、人間以外の目を借りる事が出来るわ」
「目を借りる……」
「そう、人間の見聞きした話も大事だけど、人間ならざる者の話も聞けると言う事ね……」
「そうなんですね、わかりました。お話します」
「ありがとう」
私は陽子に話した内容をまた一から始める。
「――なるほどね。話はだいたいわかったわ。そうですわね?お師匠様」
「うむ、その様じゃな」
「あっ、小吉狸さん。おはようございます」
いつの間にか、小吉狸が後ろで話を聞いていた。
「あの日の事故には不審な点がいくつかありました。早朝、左折しようとしていた車の運転席側に一台の車が突っ込み、運転手の男性が死亡。追うようにして助手席の女性が自殺。そして残された子供が松江児童養護施設へ引き取られた。目撃者は少なく、交差点に進入の際、亡くなった女性の話では信号は赤の点滅だったと聞いています」
「早乙女さん、その亡くなった女性とは江川静香さん……ですか?」
「はい。亡くなる数日前に病院でお話を聞きました」
「……その加害者の車が蛇行運転をしていたというのは?」
「いえ、小春さんから聞くまで知りませんでした。車内はアルコールの匂いがわずかにしたそうですが、加害者の男性からはアルコールは検出されず、居眠り運転だったと聞いています」
「加害者の男性……?え?いや……運転手は女性に見えた様な……」
「小春さん?」
「あっ、加害者の男性は今どこにおられますか」
「はい。警察署留置所で勾留中ですが、何か気になる事でも……?」
「……いえ。例えばですが、男性とは別に誰かがいて、その日は車に2人乗っていた。何か事情があり……そう姉が運転していて、事故をした際に弟と運転を変わり、自分は歩いて帰った……」
「小春さん、その姉はなぜ弟と運転を変わる必要があったんですか?」
「私……聞いてしまったんです。松江児童養護施設の方が電話を切った後に……『あれは弟が飲酒をしてたの、そうよ。私じゃないわ』って……。それが自分に言い聞かせると言うか、自分に思い込ませるというか……」
「なるほどね」
「それにあの夢で見たカーブミラーに、一瞬だけ肩を押さえながら走っていく女性が見えて……」
「ふむ。もしやその女性は麓の児童養護施設の施設長ではないかの」
「師匠様、どうしてそれを?」
「いや、何。わしが酒を拝借している相手がそやつの部屋じゃからな。本棚の裏に隠し扉があっての、酒瓶がようけあるんじゃ」
「師匠様、それじゃまるで泥棒じゃないですか……」
「何を言うとる!わしがあの施設を守っておらねば……ぶつぶつ」
「……はぁ。でもこれで真犯人がわかりましたわ。裏付けの証拠も師匠様のおかげで見つかりそうですし。小春さんご協力感謝いたします」
軽く敬礼をする早乙女が何だか頼もしくもあり、味方で良かったとも思った。
それから数日のうちに、松江養護施設の施設長が逮捕され、この事故はようやく終わりを見せる。
これで彼女も報われるだろう。私はあの交差点のカーブミラーの根元に、ガラス瓶を置くと青色の菊の花を供え、手を合わせた。
「江川さんが成仏出来ます様に……」
――ふと、視界が暗くなり、顔を上げるとコンタクトレンズの袋を持った女性が背後に立ち、私がお供えした菊の花に手を合わせていた。
「江川さん、今度は事故のない星のもとに生まれ変われますように……」
「え?あなたは確か……微睡さん……?」
「神野さん。青い菊の花には、永遠の愛、誠実、あなたを支える……という花言葉があるんですよ」
「へぇ……そうなんだ……。ところで、微睡さんはどうしてここへ?」
「あっ!神野さんの姿が道路の向こうから見えて、慌てて買ってきました!約束のコンタクトレンズです!」
「え?あっ……忘れてましたよ。ありがとうございます」
「いえいえ!それに江川さんの娘さんの日和ちゃんは……私の子供みたいなものですから」
「江川さんをご存知……だったんですね」
「はいっ!詳しくはサティオンでお茶でもしながらにしませんか?」
「……そうですね。娘さんの話を教えてください」
「はいっ!その前に、このカーブミラーは昔から呼び名がありましてね」
「呼び名?このただのカーブミラーに?」
「はい、通称コンタクトレンズって言うんです。ほら、あそこに見えるカーブミラーが割れて、こっちに付け替えたからだそうですよ」
「へぇ……それでコンタクトレンズか……」
「はい!それでコンタクトレンズを早朝に覗くと、そこにはいないはずの怪我をした女性が見えるとか!あはは!怖いでしょ?あっ!信号変わりますよ!行きましょ!」
「……え?今、何て……え?」
夢で見たカーブミラーに写っていた女性は施設長だったのか?はたまた別の何かだったのか……?わからないまま、私は微睡の後を追いかけた。
―私の星見草へ続く―




