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私の星見草【下】  作者: ざこぴぃ
青の星見草
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青の星見草【2】


 私は小吉狸に言われるがまま、後に着いて行く。狸の話はこうだった。

「――わしはこの小娘の夢の入り口を知っておる。着いてまいれ」

「え?どこへ行くんですか!ちょっと!陽子を置いて、どこに――!」

 そもそも狸と話をしている時点で、だいぶ頭の痛い子に見えるだろう。

 深夜……月明かりを頼りに山を下り、ふもとの児童養護施設を越えると、町の明かりが見えてくる。

「まっ……ちょっと待てよ!ぜぇぜぇ……」

「ん?何か言うたか?」

「い、いえ!ちょっと息が……ぜぇぜぇ……」

「なんじゃ!弱っちいのぉ!これだから人間は……ぶつぶつ」

「はぁはぁ……滅してやろうか、この狸」

「ん?何か言うたか?」

「い、いえ!」

 狸は少し速度を落とし、私も小走りで着いて行く。深夜に狸を追いかける女性……動画をネットで拡散すればバズるかもしれない……。いや、今はそれどころではない。追いかけるので精一杯だ。


 10分程路地裏を走ると、大型スーパー前の交差点に着いた。深夜、信号は赤信号が点滅しており、車も人通りもない。

「着いたぞ、ここじゃ」

「ぜぇぜぇ……ここ……?」

「そうじゃ、ここが夢の……いや、あの世とこの世を繋ぐ、地獄門……」

 狸にそう言われ、辺りを見渡すが、これと言って変わりはない。不気味ではあるが、妖怪や霊の気配はない。

「おい、娘。わしが案内出来るのはここまでじゃ、交差点の真ん中に立てば全てわかるじゃろう。それとこれを持って行くが良い」

「交差点の真ん中……?と、菊の花?」

「そうじゃ。その花は邪気を払い、手助けとなるはずじゃ」

 狸に言われた通り、菊の花をポケットに差し、車が来ないのを確認すると、交差点の中央へと向かう。狸は私の背後で、ガードレールの下からこちらを窺っていた。

「そこの空間が歪んでおるじゃろ!そこが出入り口……通称、地獄門(ヘルズゲート)じゃ」

「ヘルズゲート……」

 私は目の前の歪んだ空間に手を伸ばす。空間の近くは異様に寒く、長袖が欲しいと思ったくらいだ。

「よしっ!行く――」

「幾三!」

 狸が遠くのガードレールから何か言っていたが、聞こえないフリをし、私はゲートの中へと入って行った。


 ――ゲートを通り、大きな黒い扉を開けると、目の前には海岸が見えた。しかし、先程と違うのはやたらと寒い……体感で10度前後といったところか。

 そしてこの空間には色が……無い。白黒の映画の中へと入った様な感覚に襲われる。

『〽一つ積んでは父の為……二つ積んでは母の為……』

 海岸には数人の人達がおり、歌を歌いながら河原の小石を積んでいる。小石を積んでは崩れ、小石を積んでは崩れ……狸が見てきたかの様に話をしてくれた世界がそこにはあった。

「ここが佐葦の河原……?」

 目の前には灰色の海が広がり、右手には切り立った崖がある。崖の中腹にはお墓が見える。海岸には一か所船着き場があり、何人かの人が列をなしていた。辺りには薄っすらと霧がかかり、海の先は真っ白で何も見えない。

「うぅ……寒い!早く陽子の夢の原因を……」

 そう思った矢先、一人の髪の長い女性に目が止まる。小石を積むでもなく、ただただ海を眺めていた。

「あの人は確か……」

 声をかけようと近づくと、女性が振り向いて先に話しかけられる。

「アァ……アナ……タハ……」

「やはり……私が祓った地縛霊……」

 そう、彼女の身なりは湖のほとりで見た時と同じく、入院着だったのだ。

 陽子の夢の原因かもしれない彼女に理由を聞こうとした時、彼女は両手で顔を覆い、泣き始めた。

 彼女は深い恨みと怨念で、周囲の霊を呼び寄せ、おたたり様になろうとしていたのだろう。滅した私が言うのも何なんだが、少しだけ可哀想に思えてくる。

「あの……あなたはいったいどうして地縛霊に……」

「ウゥ……ウゥ……ウゥ……」

 タイミングを逃したと言うか、彼女は一向に泣き止まない。そう言えば狸に言われていた。佐葦の河原にいる魂にはなるべく触れるなと。彼女の肩に手を置こうとして、狸の話を思い出し、手が止まる。


 それからしばらく様子を見ていたが、一向に泣き止む気配もなく、どうしたものかと思案していた時だった。突然、背後から声を掛けられる。

「お主、どこから湧いて出てきたのじゃ」

「はひっ!」

「ん?何じゃおなご、お主……その菊の花は、もしかして生きておるのか?」

「ははははひっ……!」

 振り返ると、紅白の巫女装束を着た少女が立っており、色の薄いこの世界で何ともそこだけ異様な感じに見える。目は赤く、黒く長い髪が印象的だ。

 少女が動く度に、装束に付いている鈴の音が鳴る。

「あなたは……?」

「わしか?わしの名前は霧川ゆいかちゃんじゃ」

「霧川ゆいか……ちゃん!?」

「何じゃ、わしの事を知っておるのか。そうじゃ、わしがこの佐葦之河原(さいのかわら)の守り人――」

「自分で自分の事を『ちゃん』付け呼びするタイプ……」

「守り人を……なんじゃ、お主、文句があるのなら正々堂々と言え」

 急に少女から異様な殺気を感じる。それは一瞬でも選択肢を間違えれば、死んでしまうかもしれない程の殺気だ。

「い、いえ!滅相もございません!私、神野小春と言いまして、友人を助ける為に――」

「ほほぅ……神野の末裔かぇ。まだ存在しておったのじゃの」

「は、はい!ありがとうございます!」

 私は少女の顔色を伺いながら、近くでまだ泣いている女性がおたたり様に飲まれる寸前だった事を話し、そして陽子を救う為に、狸に導かれここまで来た事も説明した。

「なるほどの。それでこやつの思いが具現化し、呪気夢(じゅげむ)を生み、その化け狐を呪っておるのじゃな?」

「たぶんそうだと思います。この女性の苦しみを解放すれば陽子……友人の呪いは解けると思っています。ですが、ずっと泣いたままでして……」

「ふむ。こやつはまだ来たばかりで処理しておらんかったの、どれ……」

「処理?」

 そう言うと少女は泣いている女性の頭に触れた。

「え!触れて大丈夫なんですか!」

「大丈夫じゃ、少し静かにするがえぇ」

「は、はい」

 しばらく女性の頭に手を置いたまま、動かなくなる少女。時々頷く様な仕草をする。

「……なるほどの。分かったわい、わしの力で何とかしてやろうかの。確か最近……」

 そう独り言を言うと、懐から手帳を取り出し、ペラペラと手帳をめくり始める少女。

「うむ、こやつが良いな」

「霧川さん、何か分かったのですか?」

 まだ泣き止まない女性を見ながら、少女に話しかける。

「うむ、こやつは幼子と心中を計ろうとして失敗し、幼子を思うあまり地縛霊になった様じゃな。幼子だけを残し死んでしまった強い後悔と、恨みを感じる……。しかし、またそれも自業自得……よし、そろそろかの」

「そろそろ?」

 ゾクッ!!背筋に悪寒が走り、少女の視線の先に目をやる。

 そこには5歳位だろうか?幼子であろう子供が立っている。そしてあるはずの物が無いのだ。そこにあろうはずの顔が半分……潰れてない。

「あわわ……!」

「神野の小娘よ、怯えるでない。さ、(ひなた)よ。今から、こやつがお前の母親じゃ。こっちへ来い」

「……」

 (ひなた)と呼ばれた幼子は砂利の上をよろよろしながら、近づいて来る。たぶん……前が見えていない。そして案の定、石につまずき転んだ。あっ!と思い、助けに行こうとするが霧川に止められ、そのまま様子を見ていると、さっきまで泣いていた女性が砂利の上を這いつくばり、ほふく前進の様な動きで幼子を助けに行く。

「アナタ……ダイジョウブ……?」

「ママ……イタイ……オカオ……イタイ……」

「ダイジョ……ウブ……?」

 それは事故に遭った子供の魂。魂になってまでも、現世での死んだ姿形は同じだった。

「うっ……!」

「神野の小娘よ。お主が祓ってきた霊達も、元を言えばあの様に人間共の怨念や恨み辛みが具現化したものじゃ……目を逸らさず見ておくが良い」

 髪の毛で見えなかったが女性も顔が潰れており、両足も動かない様子だった。

「さて、この2人を楽にさせてやるとするかの……」

 そう言うと少女が持っていた杖の先端に金の輪っかの付いた錫杖(しゃくじょう)を地面に突き立てる。

『ウォンッ!!』

 霧川が真言を唱え始めると、錫杖が光だし、金色の光が女性と子供を包み込む。

「――オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――」

「こ、これは薬師如来様の御真言!?」

 私も2人に手を合わせ、目を閉じ、少女の声に合わせ一心に真言を唱える。

『オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――』

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――」

 錫杖から伸びる光はさらに明るくなり、そしてその光は2人の体の中へと吸い込まれていった……。

 薬師如来様のお力は、怪我や病気、苦しみから救ってくれるとされる……2人の痛みと苦しみがどうか、どうか癒されますように……。


 しばらくして辺りに静けさと、色の無い世界が戻って来る。灰色の海は寄せては返し、寄せては返し……船着き場にはまた違う船が到着する……。

「終わったの……?」

 目を開けると先程までの明かりも、そこにいた女性も子供の姿も見えない。

「あぁ、無事に終えたわい。これでお主の知り合いの狐も大丈夫じゃろうて」

「本当ですか!良かった!」

 無事に成仏したのであろうか。ほっと胸をなでおろす反面、複雑な気持ちにもなった。

「さて、わしはそろそろ行くでの。お主もさっさと現世へ戻るが良い」

「は、はい!ありがとうございました!あっ!そうだ!この菊の花を……もし、私の友人が迷ってここに来たら渡して下さい!」

「……なぜじゃ?」

「お願いします!」

「……覚えておったらの。さらばじゃ」

 そう言い残すと巫女装束の少女は姿が徐々に薄れ、霧の中へと消えて行く。

 もしも、万が一にも陽子がここに来る事があれば、迷わず現世へ戻れる様にと少女に菊の花を託した。

 そして私は、河原へ手を合わせる。

「2人が成仏出来ます様に……」

 そう言い残し、元来た歪んだ空間へと向かう。

 何とも不思議な体験だった。後は陽子の呪いが解けたのを確認しなければ……。

 現世への黒い扉をくぐる時、船着き場に手を繋ぐ笑顔の女性と子供の姿が見えた気がした。

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