白い結婚の夫が悪態をつくので毒舌妻はツンデレと知ってまぁ許してあげようではないかと百倍にして返しながらやれやれと頬を緩めた
ために溜めた溜め息を吐き出して頭を振る。
「はあ……また噂になってる。『冷酷公爵の愛人、今日も屋敷に出入り』とか」
新聞を放り投げた。ふるふると体を震わせる。この世に生まれて過去最高に人類を滅ぼしたいまでも頭の中に、描かれていく。
「別にいい。どうせ、あの人、私のことなんて眼中にないんでしょうし?」
(だって、結婚してもう半年も経つのに、まともに会話したのなんて片手で数えるほど。いつも冷たい視線でたまにチラッと見るだけ。あれが噂の愛人を見る目なの?全然違う。絶対甘い顔してお高いネックレスでも買ってるんだ)
異世界転籍して人生失敗中。
「今日も晩餐、一緒じゃなさそう。どうせ自室にこもって、誰かと楽しんでそう」
コンコン
「奥様、失礼いたします」
「何かあった?」
イラついてこの世の人類に挨拶してみる。
「旦那様が、奥様にも晩餐にご参加いただきたいと」
「え……?あの人が、私を?嘘でしょっ」
信じられない気持ちでドキドキしながら食堂へ向かうステリア。そこにいたのはいつもと変わらず、冷たい表情で椅子に座る公爵だった。やっぱり変わらん。
「……遅かったな」
「すみません……チッ」
(やっぱり、いつもの冷たい感じだ……期待した私がバカだった)
ステリアがしょんぼりしていると、公爵が低い声で言った。
「……別にお前と食事したいわけではない。それと、今舌打ちしなかったか?」
「やっぱり……してませーん。お年で空耳なのではありません?」
「そうか。ただ、あまりにも痩せている。ちゃんと食事を摂っているのかと、心配になっただけだ。ん?お年?」
「……え?」
ステリアは目を丸くした。心配?あの冷たい公爵が?
「……別に、勘違いするな。公爵家の体面がある。それに、お前が倒れたら、それはそれで面倒だ」
公爵はそう言いながら少しだけ顔を赤らめているように見えた。
(え、何?この人……もしかして、ちょっとだけ心配してくれてる?)
なんだか恥ずかしそう。それからというもの、公爵は相変わらずぶっきらぼうな態度ではあるもののステリアに声をかける回数が増えた。目を丸くする。
「今日の花はなんだ?」
「……庭に咲いていた、白いバラです」
「ふん……悪くない」
たまに、ステリアが作ったお菓子を無言で受け取ったり。
「……これは、なんだ?」
「えっと、果物を使ったタルトです。よかったらどうぞ」
公爵は少し躊躇してから、一口食べ。
「……まあまあだな」
と、そっぽを向いた。
(全然、まあまあじゃない顔してる!絶対おいしいって思ってる!)
「チッ。はぁー。この世界にツンデレの概念がないから、わかり難いなこの人」
公爵のそんな態度に最初は戸惑っていたけれど、だんだんと気づき始めた。
(もしかして……この人、不器用なだけ?噂の愛人なんて、絶対いない。ただの……ツンデレ?)
そう気づいた時、ステリアの心には今まで感じたことのないものがじんわりと、広がっていった。腹が立っていたはずの公爵のことがなんだか少し可愛らしく思えてきたのだ。
「ふーん。可愛いじゃん」
だが、小憎たらしい部分を見せる時は怒りでムッとなる。
「あの……旦那様」
「なんだ?」
「その……今日のタルト、もしよかったらもう一ついかがですか?」
公爵はまた少しだけ顔を赤らめて、そっぽを向いたまま。震え声で呟いた。
「……まあ、気が向いたら、もらってやってもいい」
「もらってやってもいいという発言はいいとして、ほんとムカつくなぁ言い捨て方」
ステリアはその声を聞き逃さなかった。心の中で小さく笑う。
「やっぱり、ツンデレだ」
ということで。二人の関係はゆっくりと新しい方向へと動き始めていた。ただ、やっぱり素直に言ってほしいときもあるもので。
それから数日後。
「奥様、旦那様がお庭でお待ちです」
「え?あの人が私を?直接誘えばいいのに」
またしても後だしなお誘いに、ステリアはちょっぴり戸惑いながら庭へ向かった。そこにはいつもぼっちな執務室にいる公爵が、庭の前で直立不動で立っている。
「……なんだ、お前は」
いつものゴミ発言だがどこかぎこちない。
「はぁ?今日はいい天気ですねー。殴りたい」
ステリアが返すと公爵は視線を空に向けたまま、ぶっきらぼうに言った。
「え、あ……ああ。晴天なのは別にどうでもいい。あと、今殴りたいと聞こえたような?」
(やっぱり、変だ……)
ステリアが少しがっかりしていると、公爵は庭の中に視線を移し、ためらいながら言った。
「……この間の、白い花だが」
「白いバラ、ですか?」
「ああ。あれは、どう手入れをすれば、長く咲くんだ?」
ステリアは目を丸くした。あの素直でない態度な公爵が、花の手入れに興味を持つなんて。明日は氷の雨でも降ってくるかもしれない。
この庭がベタベタになればこの人は悲壮感たっぷりに、立ちそう。
「水は、土の表面が乾いたらたっぷりと。陽の光を当ててあげてください。あと、 肥料もあげるともっと元気に育ちますよ。公爵より」
ステリアが熱心に説明すると公爵は黙って聞いていた。時折、真剣な表情で花を見つめている。
「……そうか。最後だけ何故か聞こえなかったが」
「えー、なんのことか、わかりませんわー」
それだけ言うと公爵は花の中に入っていき、白いバラの花に触れる。横顔はいつもよりもずっと柔和に見えた。
(本当に花が好きなんだ……意外。でもない?)
それから、公爵がたまに庭の手入れについてステリアに尋ねるようになった。
「この草は、抜いてもいいのか?」
「この木には、どんな肥料がいいんだ?」
その度に、ステリアは仕方ないなと嬉しくなって自分の知っていることをたくさん教えた。
ある夜のこと。晩餐の後、ステリアが自室で本を読んでいるとコンコンとドアがノックされる。
「……どちら様ですか?」
「わ……私だ」
公爵の声にステリアは慌ててドアを開けた。立っていた公爵は気まずそうに目を逸らし、手に箱を持っている。
「これ……これは、お前にやる」
「え?私に?おお」
「ああ……この間、淡い色のものを探していただろう」
箱の中にはオレンジやピンク、明るい黄色などの美しい色の化粧品が並んでいた。
「わあ……!ありがとうございます!」
感激していると公爵はまたしても目を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「……別に、感謝されるようなことではない。たまたま見かけただけだ」
「へぇ」
(また雑な言い訳を。でも、私の探していたものを覚えていてくれたんだ……優しさあるね)
ステリアは、胸の奥がきゅるるんとなるのを感じた。子供のような公爵は愛人がいるわけじゃない。ただ、不器用でバカツンデレなだけなのだ。
「あの……旦那様」
ステリアが感謝を伝えようとすると、公爵は唐突に声を荒げて言った。
「こほん!……もう遅い。私は自室に戻る」
公爵は慌てて背を向け、足早に廊下を歩いて行く後ろ姿はどこか耳が赤いように見えた。ステリアはぽかんとしてから入った箱を大切に抱きしめる。
(本当に、愛すべきアホだ……でも、なんだか……)
今まで感じていた腹立たしさはいつの間にか消え去り、代わりに出来の悪いものを見守る気持ちが心を満たしていた。
白い結婚から始まった二人の関係は不安定ではあるけれど。確かに変化し始めているのかも。彼のことを知りたいと思うようになっていた。
「うーん。でもバカであることは、変わらないんだよなぁ」
ツンデレはこの世界にはまだ早いのだと頷いた。あの人は早く生まれすぎたのだ。
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