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スターライトパレード5巻~Prisoner~  作者: 木風


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9/15

第6.5話後編「セナと奏」

その間にも、セナは変わっていった。

あれだけ楽しそうに話していた“ピアノの女の子”の話は、自然としなくなった。


楽屋に女性が訪れることが増えた。

年上の、大人びた雰囲気の女性。

しかも毎回違う相手だった。

スマホも、仕事用、プライベート用、そしてもう一台。

“何か”を分けるように、使い分けていた。


いつの間にか……

手を伸ばすことすら、ためらうようになっていた。


……それから、2年。


ダンス、歌、芝居、バラエティ。

できることをひとつずつ増やし、現場で揉まれながら、

俺たちは少しずつ、“グループ”として形になっていった。


ある日、ついに正式なデビューが告げられた。


グループ名は……「スターライトパレード」。

初めて出会った、あの日からちょうど2年。

あのときの“ちびっ子たち”は、今やセナの真ん中を本気で狙いに行く存在になっていた。


……きっと、ここからが本番だ。


デビューしても、すぐには売れなかった。

個々の活動は順調だった。

舞台、ドラマ、モデル。

ありがたい話は少しずつ増えていった。


でも、“グループ”としては、なかなか芽が出なかった。

音楽番組への出演も、遠いままだった。


セナの夜遊びは、どんどん酷くなっていった。


「お前、そろそろいい加減にしろよ。事務所も庇うの、限界きてるぞ」


何度か翔くんと一緒に釘を刺した。

けれど、セナはそのたびに、ますます何かに渇いていくようだった。

皮肉なことに、その“渇き”と比例するように、セナの人気は上がっていった。

まるで、何もかもを燃やすような色気を纏って。


しばらく経ったある日だった。


「見つけたんだよ!!」


何の前触れもなく、セナがそう言った。


「ずーっと前にさ、めちゃくちゃピアノをキラキラ輝かせて弾いてた子がいて!それが、偶然いたの!!!」


久しぶりに見る、昔のままのセナだった。

はしゃいでいて、目を輝かせていて。

まるで、ガキの頃のあいつが、一瞬だけ戻ってきたみたいだった。


その数日後。

まさか、本当にステージに連れてくるとは思わなかった。


一目で“普通の女の子”だとわかった。

線が細くて、でもどこか育ちの良さを感じさせる雰囲気で、セナの後ろにそっと隠れるように立っていた。


「この子が、セナが言ってた子?」

「レオ!そうそう!オレらに曲作ってくれんだよ!」


最初は、またセナの思いつきかと思った。

けれど……奏の“音”を聴いた瞬間、全身に震えが走った。


これは、グループを変える“音”だ。


セナは、わかっていたんだ。

俺たちが、何を渇望していたのか。

何が足りなくて、何があれば前へ進めるのか。

ずっと黙っていても、全部、見抜いていた。


その日を境に、グループの歯車が動き出した。

音楽番組の出演が決まり、ファンも増えていった。


“誰かの付き添い”ではなく、“グループ”としてステージに立つ時間が、ようやく増え始めた。


セナが昔、ピアノの子の話をしていたのを思い出した。

それが彼女だということは、すぐにわかった。

……たぶん、セナはあれが初恋だったとは気が付いていない。

当時はランドセルを背負っていたような女の子だ。

無理もない。


セナはきっと、彼女を忘れるために“早く”大人になろうとしたんだ。

そして今、ようやく巡り合えた。

セナが奏ちゃんを見る目は、まるで宝物を見つめるようで。

あいつが、そんな顔をすることすら、もう久しく見ていなかった。


それなのに……本人は、自分の気持ちに気づいていないようだった。

……驚いたけど、でも、それがセナらしかった。


彼女を連れてくる少し前、セナには珍しく一年も続いた彼女がいた。

今になって思えば、あの子はどこか……奏ちゃんに似ていた。

きっと、無意識のうちに探していたんだ。

ずっと、あの子を。


最初は、ただ興味だった。

セナが大切にしている“誰か”に、自然と目が向いた。

でも、すぐに気づいた。

この子は、ただの“可愛い”でも“才能ある”でも片づけられない。

本物だった。

それなのに、彼女はその才能をひけらかすこともなく、媚びるわけでもなく、ただ音楽に真っすぐだった。

真っすぐすぎて、見ているこちらが心配になるくらいに。


セナが見つけたのは、“唯一無二の本物”だった。

そして……気づけば、俺も救われていた。

奏ちゃんの曲でステージに立ったとき、心から思った。


……俺たち、まだやれるかもしれない。

……それと同時に、強く思った。


「この子を、誰にも壊されたくない」って。


2人が惹かれ合っていることなんて、俺だけじゃなく、きっとメンバー全員が気づいていた。

それでも。

初めて……本当に初めて、セナの“もの”が欲しいと思った。

それが“恋”なのか、“愛”なのか。

そんな名前をつける前に、もう、彼女に手を伸ばしていた。


「ふーん……ね、時間あるならドライブでも行かない?」


自分でも呆れるほど自然に、そう誘っていた。

セナは遅かれ早かれ、自分の気持ちに気づくだろう。

でも……彼女がまだ気づいていないのなら、ワンチャンあるかもしれない。

そんな、ずるい考えがよぎったのは事実だった。


「疲れたり、寄りかかりたくなったら、頼ってよ」


抱きしめたとき、彼女の身体は思った以上に華奢だった。

けれど、その胸の奥に灯った熱は、自分でも驚くほど強かった。

……何かが、始まってしまう気がした。


それ以降、セナが俺をやたらと警戒するようになった。

……隠せてなかったんだろうな。

こっちの気持ちなんて。


お前が本気を出したら、手に入らないものなんて、ないくせに。


「ナイスアシスト、だろ?」

「だからさーー、お前なんでそんなカッケーんだよ……クソッ」


奏ちゃんのことになると、感情がぐちゃぐちゃになってムキになる。

そんな姿が、どこか懐かしくて、ちょっとだけ嬉しかった。

格好良くなんてない。

お前の前で、余裕なんて持てるわけがない。

それでも、余裕のあるふりだけは続けた。


「……俺、奏ちゃんのことが好きだから」

「俺は……次の曲は、君のことだけを想って歌うよ」


なぜか、不思議と涙が出そうになった。

悔しさとも違う。諦めとも違う。

もっと深くて、どうしようもなく根の張った感情だった。


彼女が作るラブソング。

俺のために作ってくれる、俺がセンターの曲。

コンペがこれからなのはわかってる。

でも、彼女の曲が選ばれないはずがない。

そう信じられるほど、彼女の音楽はいつだって“本物”だった。


初めて彼女のピアノの前で歌ったとき。

その音に包まれながら、どうしようもなく抱きしめたくなった。

それが、曲の力なのか。

彼女自身の力なのか。

……もう、わからなかった。


彼女のために、歌おう。

彼女だけのために。

俺がセナに勝てるものなんて、たぶんもう他にはない。

だからせめて……この歌だけは、譲れなかった。


冬が過ぎる頃。

少しずつ、空気が春めいてくるころ。

セナと奏ちゃんの間に、“変化”が見え始めた。


ふとした視線の交差。

触れ合いそうな手の距離。

名前を呼ぶときの声のトーン。

沈黙の意味。

明らかに、2人の間に流れる空気が変わっていた。


奏ちゃんは、以前より少しだけ大人びた顔をするようになった。


唇の端に浮かぶ、柔らかな笑み。

伏せたまつげの奥に、陰影が差す。

そのどれもが艶やかで、でもきっと……本人は気づいていない。


セナは、以前のように“宝物を見る眼差し”で彼女を見ていた。

けれど今は、そこに“愛しさ”という名の温度が、確かに宿っていた。

……そして、それをもう、隠す気すらなかった。


『Prisoner』の曲と歌詞を見た瞬間、確信した。


……この2人は、もう戻れないところにいる。


とんでもない世界観の曲だった。

誰かの感情を閉じ込めた、檻みたいな曲。

ただの恋愛じゃない。

もっと深くて、痛くて、それでも……

どうしようもなく、美しい想いが詰まっていた。

周囲の絶賛の声に、奏ちゃんはいつも通り、丁寧に頭を下げていた。

でも、その目は……まったく、笑っていなかった。


レコーディングスタジオの片隅で、張りついたような笑顔を浮かべながら、誰にも心を開かずに、黙々と作業をする彼女の背中が、苦しくてたまらなかった。


……あんな顔をさせるのは、セナしかいない。


その確信が、悔しくて、苦しかった。

俺なら、彼女をあんな顔にはさせなかったのに。

それでも、俺は、彼女の気持ちを第一に考えたかった。

待ちたかった。

選ばせたかった。

だから、ずっと黙っていた。

でも、もう……限界だった。

これはきっと、最後のタイミングだ。


「ちょっと様子が気になってさ……たまには気分転換しよっか。

ドライブ、付き合ってくれる?」


ほんの少しでいい。

少しだけでいい。

彼女の時間を、オレにもらいたかった。


でも……


「……ごめ……んなさい……」


たった一言。

それだけで、すべてを悟った。


彼女はもう、自分の気持ちに気づいている。

俺じゃない誰かを、心の奥で選んだということに……

いや、きっと本当は、ずっと前からわかっていた。

本当はずっと前から、間に合ってなんていなかった。

あの二人が再会した、その瞬間から。

俺の“順番”は、もう回ってこなかったんだ。


「私……もう怜央さんの車に乗ることはできないです……」

「……そっか。決めたんだね」


きっと今も、彼女は俺に対して、どこか罪悪感を抱いているんだと思う。

でも、本当はそんな必要なんてない。

何ひとつ、彼女が悪いわけじゃない。


悪いのは……俺だよ。


もっと早く、もっと真っ直ぐに、想いを伝えていれば。

……そんなの、今さらすぎるけど。

もし、俺のほうが先に彼女を見つけていたら……

違う未来があったのかなって、ふと思ってしまう。


……考えても、仕方ないのに。

どうしても、その“もしも”が頭から離れてくれなかった。


でもね、奏ちゃん。

君がくれた『Only』という曲。

あの曲を、俺のセンターで歌わせてくれたこと。

それだけで……

俺が君を好きになった意味が、ちゃんとあったと思えるんだ。


「……ただ、まだ、しばらくは好きなままでいさせて?」


この言葉も、きっとまた君を苦しめるかもしれない。

でも、それでも……

これは俺の、せめてもの“希望”だった。

もし、どうしても辛くなったとき。

迷って、どこかに逃げたくなったとき。

その時は、少しでもいい。

ほんの一瞬でもいい。

俺のことを、頭の片隅で思い出してくれたらいいなって。

そう願わずにはいられなかった。


それから、彼女の隣にいるセナを見るたびに、不思議と胸の奥が、少しあたたかくなるのを感じた。

眩しいライトの下で、何かを守るような表情をするセナ。

以前のように突っ張ることもなく、まっすぐにステージに立ち、堂々としたパフォーマンスを見せる姿。


けれど……

何よりも、奏ちゃんを見つめるその眼差しが。

あまりにも優しくて、あまりにも幸せそうで。

……こんなセナ、見たことなかった。


舞台袖でふと笑った横顔が、まだ幼かった頃と重なる。


レッスン終わり、汗まみれのTシャツのまま話しかけてきたあの日。

初恋を無邪気に語っていた、あの日。

家に帰りたくなくて、夜まで事務所に残っていた、あの頃。


……そうだ。

オレはずっと、セナのことが心配だった。


最初にあいつを見たあの日から、なんとなく放っておけなかった。

弟みたいに思ってた。

でも気づけば、隣に並ばれることが悔しくなっていて。

それでも、本当はただただ、大事に思っていただけだった。


「……奏ちゃんがいたら、セナは大丈夫だな」


口にしなくても、確信めいた気持ちが、胸に静かに広がっていた。


10歳のセナはいつもどこか不安そうで、でも達観していて。

どれだけ周りが気を使っても、どこかで「信じる」ことを避けていたような子だった。


あの頃のセナに、今の表情を見せたら、どう思うだろう。


笑うかな。

戸惑うかな。

それとも……やっぱり羨ましがるのかな。


でも……今はもう、それだけで、充分だった。

そう思った瞬間、ふと気づいた。

オレは、ずっと前から……

ただただ、セナが大切で、心配で。

少し離れた場所から、見守っていたかったんだ。


近くにいても、手を伸ばすことは少なかった。

それはきっと、彼にとっての“特別”が、自分じゃないと、どこかで気づいていたから。


でも、いいんだ。


奏ちゃんがいるなら、きっと大丈夫だ。

セナの人生に、彼女が加わったという事実。

それだけで……

オレはもう、充分すぎるほど報われてる。


ありがとう、奏ちゃん。

出会ってくれて。

俺たちの音楽を、信じてくれて。


そして……セナを、見つけてくれて。

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