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第6.5話前編「セナと怜央」

セナを初めて見た日のことは、今でも鮮明に覚えている。


100人を超えるオーディション参加者の中で、一際目を集めていた。

会場に入ってきた、その瞬間から……もう勝負は決まっていた。

周りでオーディションの様子を眺めていた大人たちが一斉にヒソヒソと話し始めているのがわかった。

近くに立っていた少年が思わず一歩下がったほどだった。


すべての視線を一身に集めておきながら、その視線すら気にする素振りも見せない佇まい。


ただ、そこに“いる”だけ。

それだけで、空間ごと支配していた。

その場にいた全員が、あいつを引き立てるための背景になっていた。


目立とうとしていたわけじゃない。

ただ、在るだけで圧倒的だった。

……あんな存在感、後にも先にも見たことがない。


あのオーディションで合格したのは、翔くんと俺、そしてセナの3人だけだった。


正直、自分が合格したのはたまたまだと思っている。

俺も翔くんも、所詮“セナの引き立て役”だった。


「レオ!ツバキ!終わったらラーメン行きたい!!」


同じ日に合格したことが嬉しかったのか、セナはすぐに俺たちに懐いてきた。

見た目のせいで誤解されがちだけど、話してみれば、中身はごく普通の小学生だった。

あまり家庭環境は良くないらしく、「家に帰らずに済む方法を考えた結果、アイドルを選んだ」そんなことを、笑いながら話していたのを覚えてる。


まっすぐで、純粋で、どこか危なっかしい。

純粋に懐いてくるセナを見て、まるで弟ができたような気がした一方で、周囲の大人たちの目線には、警戒心が芽生えた。


ただ、周りがセナを見る目だけが子供ながらに心配だった。

このまま育てはどうなるかなんて俺でもわかる。

……あの目は、子供に向けるべきものじゃなかった。


好奇心と打算、期待と欲。


大人からの値踏みするような視線、こんな子供相手に良からぬ視線が向けられていることも、傍から見ててもわかるくらいだった。

そういうものが混ざった視線に囲まれながらも、セナはただ真っすぐに、レッスンに打ち込んでいた。

健気で、必死で、それでもどこか“無防備”だった。

だからこそ、目が離せなかった。


だから思ったんだ。

……まだ、子供のままでいさせてやってほしい。


2年が経った頃、ダンスの実力を見込まれた数人で「G∀ME」というユニットが結成された。

俺は選ばれなかったが、翔くんとセナはその8人の中に選ばれた。


まだ12歳。

それでも、セナは“完成されたビジュアル”で一気に注目を集めた。

露出が増えるにつれて、本人の中にも何かが変わり始めたのを感じていた。

“歪み”だった。

それを、セナは武器に変えていた。

少年らしさと危うさを同時に抱えたまま、それでも誰よりも、アイドルとして魅力を放っていた。


先輩のバックに呼ばれ、雑誌の仕事も増えた。

……でも、それは“成長”というには、あまりにも急すぎた。

まるで、大人たちがセナという才能に追い立てられてるようだった。


誰の目にも明らかだった。「使える」と。


照明の下、セナがふと大人びた表情を浮かべるたび、空気が変わった。会場全体が息を呑むのがわかった。

雑誌のグラビアでは最初、端にいたはずなのに、反響を受けて翌月にはセンターに配置されていた。

商品としての価値に、メディアが気づくのに時間はかからなかった。


気づけば、現場はセナを中心に回っていた。


楽屋でも、振りでも、歌割りでも。

誰かが指示したわけじゃないのに、皆が自然と“合わせていた”。

気づけば、G∀MEのセンターもいつの間にかセナになっていた。

話し合いも、発表もなかった。


それでも、誰も文句を言わなかった。

“そこにいるべきなのは、セナだ”……

そんな空気が、もう出来上がっていた。


それでも、俺は見ていた。


どんなに周囲の期待を背負っていても、セナが時折、寂しそうな目をしているのを。

“セナ像”が勝手に出来上がっていく中で、それに応えることが、あいつの“生き方”になっていた。


……いや、もしかしたら。

応えることでしか、自分の価値を感じられなかったのかもしれない。


俺が18歳で、セナが15歳になった頃。

撮影後に着替えながら、セナがぽつりと呟いた。


「……“かわいい”って、得なのかな」


……あの時、なんて返すべきだったのか、今でもわからない。


才能があるって、残酷だ。

「すごい」って褒めれば褒めるほど、

あいつがどこか遠くに行ってしまう気がした。


背中が、どんどん眩しくなって、気づけば目を逸らしていた。



ある日、「G∀ME」の単独公演中に、突然のデビュー発表があった。

でも……そこに、翔くんとセナの姿はなかった。

会場は歓声とどよめきに包まれたけれど、舞台袖では研究生たちがざわついていた。


「え、セナたちは?」「なんであの2人がいないの?」


人気、実力、ビジュアル。

すべて揃っていたはずの2人がいないという事実に、理解が追いつかないまま、誰もが奇妙な違和感だけを抱えていた。


それだけ、彼らの存在は“別格”だった。


“どうしてこのタイミングで?なんであの2人じゃないの?”

ざわつきの奥にある本音を、誰も口にしようとしないのが、かえってその空気を濃くしていた。


俺はただ静かに思った。


……ああ、やっぱり。

セナはもう、研究生って枠に収まる存在じゃないんだ。


……その日を境に、セナはレッスンに来なくなった。


グループLINEには軽く連絡があったし、SNSでは見かけた。

でも、肝心の練習にだけ、姿を見せない。

個別に何度も連絡した。

既読はつく。でも返事はない。

時間だけが、無為に過ぎていく。


“まさか、このまま辞める気じゃないだろうな”

いや、セナなら……何も言わずにフッといなくなっても、おかしくない。

焦りと苛立ちが、ぐるぐると回り続けた。


今日も来なかったら……さすがに電話しよう。

それでも駄目なら、聞いたことのある住所を頼りに、家まで行こうか。

そんなことを考えながら、レッスンスタジオのドアを開けた。


その瞬間……そこに、いた。

鏡張りのスタジオ。

たったひとり、黙々と踊っていた。

何度も、何度も。同じ振りを、繰り返し。


「……お前」


思わず漏れた声に、セナが振り返った。

Tシャツは汗でぐっしょりと濡れ、髪は額に張りついていた。


「レオ!わりーわりー、返事できなくて」


笑ったその顔は、どこか晴れやかだった。

何かあったんだな。そう思った。

だけど、どこか吹っ切れたようなその横顔に、もう、あの頃の“子供っぽさ”は見当たらなかった。


「すっげーー子供がいてさ!!!」


セナの口から飛び出した、唐突なひと言。


あまりに突然で、思わず笑いそうになった。

……いや、お前も十分子供だよ。

そう言いかけて、喉の奥で飲み込んだ。


「ピアノ!すっげーの。同じピアノ弾いてるとは思えなくてさ!」


息を弾ませながら夢中で語るセナの目が、信じられないほどキラキラしていた。

レッスンを抜けていた間、たまたま立ち寄ったピアノコンクールで、とんでもない演奏をする女の子を見たらしい。


「めちゃくちゃピアノをキラキラ輝かせて弾いててさ。

弾き終わったら、客席から拍手がバーッて起きて……スタンディングオベーションだったんだぜ?」


その光景が、どれほど深く心に焼きついたのか。

話す声の抑揚や、言葉の端々から、痛いほど伝わってくる。

こんなふうに目を輝かせるセナを見るのは、久しぶりだった。

背は伸びて、声も低くなったけど……

この瞬間だけは、ちゃんと“年相応”で。少し、安心した。


「あんなちっせーのに……

あれ見たら……うん……オレ、もっとがんばんねーとって、思わされた」


……いや、違うな。


この顔は、“憧れ”とか“刺激を受けた”なんてものじゃない。

ただ感動しただけでもない。


これは……きっと、初恋だ。


言葉にはしていない。

でも、あいつの瞳の奥には、もう“その子”の姿がはっきりと浮かんでいた。

セナが、誰かの話をあんなふうに楽しそうに語るのを見たのは、初めてだった。

そしてなぜか、そのとき不思議と……

「ああ、セナは大丈夫だ」って思えた。


恋してる顔をしていた。あいつが、誰かのことで笑ってた。

誰かに心を預けて、誰かのことで笑ってる。

その姿に、安心すら覚えた。


でも、それ以降。

ふとした瞬間に、どこか遠くを見るような、何かを探すような目をすることが増えた。


抜け殻みたいな虚しさではない。

ただ、今この場にいながら、意識だけが遥か先に向かってるような。

まるで、誰にも引き止められない速さで、どんどん先へ進んでいってしまうような……そんな目。


ちょうどその頃、俺も先輩の舞台やメディアの仕事に呼ばれることが増えて、日々が目まぐるしくなった。

セナのことを気にかける余裕が、少しずつ削られていった。


「ねー、あの雑誌のセナ君、ビジュやばくない?」

「ほんとほんと、あれすぐ上層部動く案件でしょ」


たまたま耳にしたスタッフ同士の会話に、背筋がぞわりとした。

嫌な予感が、体の奥を走る。


「セナ!」


気づけば咄嗟に肩を掴んでいた。

声を張って、振り向かせる。


「レオ?どした?」


……お前、誰だよ。


数ヶ月前、初恋を語ってたときの、あのキラキラした表情は、どこにもなかった。

笑いもせず、怒りもせず、ただ淡々と。

“研究生歴”なんて、もう何の意味も持たない。

この業界で何が起きて、何が与えられて、何が奪われてきたのか。

全部、あの顔が物語っていた。


俺はただ……守りたかった。


子供の頃から知ってる、弟みたいに思ってた。

不器用で、真っすぐで、だからこそ眩しかったあいつを。

でも、現実は残酷だ。

誰かの意思じゃなく、業界の流れとか都合とか、そんなものに巻き込まれて、知らないうちにセナが“作り変えられていく”ような気がして。


それが、どうしようもなく悔しかった。


けど同時に、確かにこのころから……

ずっと危うく感じていたセナの“本質”が、その資質と相まって、目を背けたくなるほど眩い輝きを放つようになっていた。

ただ眩しいだけじゃない。

触れるのが怖くなるほど、美しくて、危うい。

完全に“芸能界の光”だった。


スタッフの噂は、現実になった。


ある日、俺と翔くん、セナ。そして少し後に研究生になった信が、事務所に呼び出された。

そこには、俺たちよりもずっと年下の、3人の少年たちがいた。


「えっ、なんか……ちっさ!」


最初に声をあげたのはセナだった。


たしかに。

小学生か中学生かってくらいの身長差。

セナと並ぶと、まるで兄弟にすら見えなかった。


「これで本気でグループやるつもりなの……?」


信がぽつりと漏らしたそのとき……

後ろにいた1人が、ぷくっと頬を膨らませて前に出てきた。


「ねぇ、誰が“ちっさ”って言った?失礼じゃない?一生忘れないから!!」

「うるさ、声だけは一丁前だな」


セナが笑いながら返すと、すぐ隣から


「遊里、怒ってるわりにはめっちゃ前出てるし」

「真央は黙っててよ!」


ぽそっと呟いたのは、少し後ろにいたおっとりした男の子。


「……あれ?蓮、いたんだ?」

「ひどっ!最初からいたよ!?しかも、さっきからめっちゃ頷いてたよ!?!?」

「うんうん、って。ひとりだけ教育番組の妖精かよ」


わちゃわちゃ。

この言葉は、この時のためにあるんじゃないかと思うくらい。

突然、小学校の教室に放り込まれたような錯覚さえあった。


一気に、弟が3人できたような感じだった。


セナも、そんな彼らの様子を、何も言わずに見つめていた。

目を細めて、少しだけ笑って。

どこか、懐かしむような……そんな横顔だった。

この日が、すべての始まりだった。


まだ声変わりもしてない3人が、まんまるの目で立ってた。

「ちっさ……」と口にしたセナと信を、翔くんが軽くどついたのも、よく覚えてる。


その後、何度か合同レッスンが組まれるようになった。

最初は、年上の俺たちとどう接すればいいのかわからずにいたらしい。


遊里は目を泳がせてばかり。

真央はすぐ顔に出る。

蓮は、緊張しすぎて敬語が崩壊していた。


でも、不思議と空気は悪くなかった。


きっかけは、突然だった。

ある日、遊里が笑顔でこう言った。


「椿君!怜央君!信君!セナ君!!終わったらラーメン行きたい!!」


……その言葉、どこかで聞いたことがあった。

そうだ。あの日、セナが俺に言った、最初の言葉だった。

一番小さい遊里の後ろで、蓮と真央がこっちを伺っていた。

……ああ、この距離は、きっともうすぐ埋まる。


そう思えた。


もちろん、うまくいかない日もあった。

レッスンでは衝突も多かったし、気まずい空気になることもあった。


でも、それでも。


「この7人でやっていくんだ」


その覚悟だけは、全員の中に、少しずつ根を張っていった。

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