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第5話「恋と執着」

映像が始まった瞬間、空気が変わった。


画面いっぱいに映るのは……黒髪のセナ君。

まるで別人のように静かで、冷たくて。

それでいて、目だけが異様に熱を帯びている。


誰かと話すシーン。

抱きしめるシーン。

微笑んだかと思えば、次の瞬間には怒鳴りつけていた。


……怖いくらい、魅力的だった。


声も、仕草も、私が知っている“セナ君”じゃない。

でも……目だけは、どこか同じで。

画面越しに見つめられているような気がして、何度も呼吸を忘れそうになる。


「……こんな顔、私……知らない……」


淡い照明の下、黒髪のセナ君が、女優さんに顔を寄せて、何かを囁き……

そして、そっと唇を重ねる。

演技だって、わかってる。

本気じゃないって、ちゃんと頭では理解してる。


でも……心が追いつかない。


その女優さんの表情が、まるで本当に恋をしてるように見えて。

胸が、きゅうっと締めつけられた。


「……ずるい、そんなの……」


彼は、誰にでも“好きにさせる”顔をする。

きっと本人は、仕事だからって割り切ってる。

でもそれでも……

「私以外にそういう顔しないで」なんて、そんなこと思ってしまう私は、ただのわがままなの?

画面の中で、彼は“誰かの恋人”を演じていた。

それだけで、こんなにも苦しくなるなんて。


「……私、こんなに……」


気づけば、胸の奥に“嫉妬”が芽を出していた。

誰にも見せたことのない、自分でも気づきたくなかった感情。


中学のとき。

休み時間、友達が噂していた。


「昨日、彼氏の家に泊まったんだって」

「えー……中学生で?やば……」


私は聞こえないふりをして、ノートを取っていた。

……“ああいうのはちょっと……”

そう思ってた。いや、そう“思ってたつもり”だった。

でも。

今の私、あの子たちと同じだ。

もっと言えば、名前すら知らない、笑ってた誰かと同じ……


……むしろ、それ以下?


あの子たちを軽蔑する資格なんて、最初からなかった。

今ならわかる。

だって私も、また呼ばれたらほいほい彼の家に行ってしまう気がする。

断れる自信なんて……ない。


だって、もし断ったら……

画面に映る女優さんのところへ、セナ君が行ってしまいそうで。

そんなわけないって信じたいのに……

それでも、私の“身体ひとつ”で引き留められるならって、思ってしまう。


会ってるときは、幸せで。

こんな気持ちにならないのに。

ひとりになると、全部が膨れ上がって、押しつぶされそうになる。


今も……どこかで、キレイな人があなたの瞳に映ってるの……?


「“会いたい”って思ってる時点で、それもう恋の初期症状だよ?」

「“知りたい”って思って、“ドキッとしたエピソード”があるなら、それってもう、感情の濃度的に恋なんよ」


前に友達と話したときは、あんなに楽しかったのに。

今は……何も言えない。


ねぇ、セナ君。

あなたは私を、とても綺麗なもののように扱ってくれるけど……

本当は全然違うんだよ。

こんなにどうしようもない、醜い感情でぐちゃぐちゃになってる。

とてもじゃないけど、誰にも話せない。

本当にどうしようもない……なんて腹黒い気持ちを私は持っていたんだろう。


2年生最後のテスト。

自分でも集中できてないのがわかっていて……

案の定、平均点も、学年順位も大きく落とした。


それでも、作曲の課題とピアノの練習だけは、絶対に欠かさなかった。

これを手放したら、自分の価値が完全に消えてしまいそうで。


深夜。

リビングの灯りは落としたまま。

小さなデスクライトだけが、机の上を照らしていた。

思考も整理できてないまま、指が勝手に動く。

感情だけが暴走していく。


……なんで、あんなふうに笑ってたの。

……なんで、平気な顔して見送れたの。

……なんで、こんなに、苦しいの。


頭の中で鳴ってるのは、冷たいベース。

打ちつけるようなストリングス。

無機質なピアノのリフ。

スネアをタイトに刻み、ずらしたシンコペーションを重ねていく。

心拍とズレたリズムが、かえって落ち着く。


……こんなの、先生に見せたら「感情に引っ張られすぎ」って絶対に怒られる。


でも、止まらない。止めたくない。

不安定なコード。重たい和音。

さっき浮かんだフレーズが、頭から離れない。

心臓の裏がざわつくような、不協和な響き。


「……この響き、合ってるのかな……でも……」


一瞬、頭に浮かんだ和声の理論がよぎる。

でも、指は止まらなかった。


もっと苦しくていい。もっと濁っていてほしい。

そんな気持ちのまま、音を選ぶ。コードを重ねる。


「ドミナント……じゃない、違う。これじゃ綺麗すぎる……」


わかってる。

こんなの、課題に出したら一発で落ちる。

でも今は、“正解”じゃない。

“今の私”を吐き出したくて仕方なかった。


鍵盤を叩くたびに、嫉妬、不安、自己嫌悪がぶわっとこぼれて、音に染み込んでいく。


「……気持ち悪い曲……」


呟いたあと、パソコンを立ち上げて、DAWを開いた。


和声課題でやった進行も、練習したカデンツも、全部どこかにある。

でも、その正解の「先」にあるものを……自分の中にしかないこのノイズを……

音にしなきゃって、今はそれだけしか考えられなかった。


Bメロに転調を入れて、あえて違和感のあるコードを重ねる。

ピアノで弾いたメロディラインに、シンセで不協和音を重ねる。


恋じゃなくて、執着。

愛じゃなくて、呪い。


気づけばアレンジまで突き進み、歪んだエレキのワンフレーズが、延々とループしていた。


「……できた、けど……」


自分でも、自分の音に息が詰まりそうだった。


音が怖い。

こんな曲を“今の自分”が作ったってことが、怖い。


……これ、誰が歌うんだろう。

……こんな歌、誰かに聴かせていいんだろうか。


自分でも嫌になるくらい、ぐちゃぐちゃで、どうしようもない。

でも、いちばん嘘のない曲だと思った。


「……自分が、嫌になる……」


スマホを見る。


『テスト終わった?会いたい』


とっくに0時を回ってるのに。

それだけの言葉で、もう、行こうとしてる自分がいる。

制服と、明日の教科書とノートを鞄に詰めて。

窓に映った自分の顔が、ひどく醜く見えて、どうしようもなく情けなくなった。



「外、寒くなかったか?」

「セナ君……」


扉が開いた瞬間、10日ぶりに、彼に抱きしめられる。

その瞬間、全部がどうでもよくなって、ゆっくり脳が溶けていくような錯覚に陥る。

私はまた、セナ君に身を委ねてしまうんだ。




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音羽 奏 様


お世話になっております。

株式会社RiseTone Management 制作部の城田と申します。


このたびは、先日ご提出いただきました楽曲につきまして、

弊社所属アーティスト「スターライトパレード」が歌唱予定の

テレビドラマ挿入歌候補として、正式に採用が決定いたしましたことをご報告申し上げます。


ご提出いただいたデモ音源は、メンバー・プロデューサー・関係スタッフ一同より高い評価を得ており、

特にメロディラインの切実さと、楽曲全体に漂う“焦燥感”や“嫉妬心”の表現が非常に印象的で、

映画の重要な感情転換シーンとの親和性が極めて高いとの意見が多数寄せられました。


今後の制作に向け、下記の点につきご相談させていただければと存じます。


楽曲アレンジについて、演出との整合性を踏まえた細部ブラッシュアップを予定しております。


仮歌音源につきましては、ご自身での対応が難しい場合、弊社にて仮歌シンガーを手配可能です。


使用に伴う契約書類(譲渡契約・クレジット表記など)につきましては、追って別途ご案内いたします。


また、楽曲の歌詞につきましては現在作詞家と調整を進めており、

後日、初稿が完成次第ご確認をお願いする予定です。

メロディとの整合性やイメージに齟齬がございましたら、遠慮なくお申し付けください。


まずは取り急ぎ、採用決定のご報告と、素晴らしい楽曲をご提出いただいた御礼を申し上げます。

引き続き、何卒よろしくお願いいたします。


———

株式会社RiseTone Management

制作部 A&Rセクション

城田しろた 直也なおや

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